44.催眠ごっこで結ばれたラブコメ

高級ホテルのディナーという事もあってか、店内には上品にドレスコードにあった服に身を包んだ男女が食事を楽しんでいる。大学を卒業して社会人二年目の俺は浮いていないだろうかなどと思いながら料理に口をつけた。なにこの肉柔らかすぎてやばいんだが。



「なぁ、里香この肉やばいな。フレンチとか初めてだけどこんなうまいんだな」

「ん、ああ……そうだね……」



 俺は正面にいる里香に声をかけたが彼女は心あらずとばかりの状態である。相も変わらぬ長い黒髪に、きめの細かい白い肌は高校のときから思っていたが美しい。そして年を重ねる事によって更に洗礼されている。具体的に言うと外見だけならすごいクールビューティーな美女になっていた。中身は相変わらずへっぽこなんだけどな。

 高校の時から付き合い始め、大学こそ別々だったものの、高校卒業を期に同棲をはじめたこともあり、俺達は色々喧嘩もしたが、無事、恋人関係を継続している。幼馴染から恋人へとクラスアップした俺達だったが、今日はさらに進んだ関係になりたいと彼女に伝える日である。なのに、こいつさっきから全然笑わないんだが……なんなら俺のおごりでこの日にフランス料理を食べに行こうって言ってから挙動不審なんだが……



「なあ、里香……」

「なあ、大和……」



 まずいな、タイミングがかぶった。せっかく里香が何かを言い出そうとしてくれてたというのに……俺は彼女に先に言うように促す。すると彼女はきょろきょろと挙動不審に視線を動かして、意を決しったようにようやく口を開いた。



「なあ、大和……私は君と違って両想いなのにグダグダと告白を先延ばしにするような鈍感クソ野郎じゃないからね、今日という日に大和が何を伝えようとしているか分かっているつもりだ。だが、その前にずっと秘密にしていたことがあるんだ……それを聞いても大和が私と一緒にいてくれるって言うならば私は答えようと思う」



 彼女は不安の色を目に宿しながら俺を見つめる。そりゃあ気づくよな。今日は俺が里香に告白をした日だ。なんで覚えてるかって? そりゃあ愛しの彼女が毎年この日のカレンダーにハートマークをつけてそのハートマークをみるたびに鼻歌をうたってるからな。忘れるはずがない。俺の彼女可愛すぎない?

 それともかく一体なんだというのだろうか……かつてないほどの真剣なまなざしで彼女は何かを訴えかけている。これは俺と里香の進学する大学が違う事が分かった時に同棲しようと提案された時の事を思い出させられる。



「その前に大和も私に何か隠していることはないかな? 今なら何でも許すよ。例えば……そうだな、浮気とかしていても今なら……ゆるして……ゆるしてやる……ぞ?」



 里香のやつ後半になるにつれてすっごい泣きそうな顔になっているんだが……ちょっと情緒不安定すぎない? これがマリッジブルーってやつなんだろうか? いや、まだプロポーズはしてないんだが……まあ、いい。俺はため息をしながら彼女の頭を撫でながら答えてやる。



「あのな、浮気なんてするはずないだろ。俺がそんな事をする奴だと思ってたのか? というか里香はどんだけやばい事を隠してるんだよ……」

「悪い、自分で言って想像していてすっごい悲しい気持ちになってた……引くとは思うけど最後まで聞いてくれるかな」

「ああ、言ってみろ。どんな秘密でも受け止めるぞ」



 俺の言葉に彼女は一瞬笑顔を浮かべて、再び緊張した表情に戻る。生唾を飲み込んだのはどちらだっただろうか? なんだよ、これ告白した時より緊張するんだが。しばらく沈黙が支配していたがやがて彼女が重い口を開いた。



「あのさ……実は私は大和に催眠術をかけていたんだ」

「は……?」



 里香は俺が怒るとおもっていたのかすごい申し訳なさそうな顔をしている。てかそんなことかよぉぉぉぉぉ。海外に転勤とか、会社がつぶれたとかだと思ったわ。



「あー、そんな事か……何を言われるかとドキドキして損したな……」

「いや、なんでそんな冷静なんだよ。催眠術だぞ!! 普通に考えてあり得ないだろう。もしかして、冗談だと思っているかもしれないが、私は大和にずっと催眠術をかけていたんだ。引いただろ。でも、これだけは信じてほしい。私は自分に都合のいい暗示とかはかけていないから!! 大和が私を好きな気持ちは本物だからな!! まあ、私の方が相手を好きな気持ちは勝ってるけど!!」

「いや、それは知ってるけどさ……」

「え……知ってる……?」



 俺の言葉に里香の顔が信じられないといわんばかりに眉をひそめる。あ、これは言わない方がよかったのだろうか、でもさ里香が今まで隠していた事を言ってくれるんだ。俺だけ黙っているわけにわけにはいかないだろう。



「ああ、実はその……里香が俺に催眠術をかけていることにはとっくにきづいていたんだ」

「まて……え……嘘だろ……いつから知ってるんだ? あれか……高校の卒業の時か……? それとも大学の時か? もしかしたら社会人になった時か?」



 里香が冷や汗を流し、わなわなと震えながら聞いてくる。確かにこの時期に催眠術で俺の本心はどうなんだと聞かれたな。ちなみに高校卒業の時は「私と同棲して大丈夫か? 強引に進めちゃったけど、本気で嫌だと思っていないか?」と聞かれて、大学の時は「浮気してないだろうな? 授業であまり会えなくて寂しいからもっとかまってほしいんだけど、迷惑かな」と聞かれ、就職の時は「私の方が給料高いけど気にしてないか? あと、仕事忙しくて家事あんまりできなくてごめん。怒ってないか?」というのを聞かれたんだったな……まあ、それ以外にもちょいちょい催眠術はかけられているが、一番大きいのはそれだろう。彼女はまるで死刑宣告をまつ罪人のような表情で俺を見つめているので満面の笑みで答えてあげる。



「高校の時からだな、俺が涼風ちゃんと告白の練習をしていた日だよ」

「最初からじゃないか!! ならもっと早く言えよぉぉぉぉぉぉ!! というかなんで大和には効かないんだよぉぉぉ 」



 里香の絶叫が店内に響く。ここ高級ホテルなんだが、無茶苦茶注目されているんだが……俺は目の前の里香が頭を抱えているのをみながら苦笑する。俺は恥ずかしさに悶えている彼女を見ながら言った。



「ああ、俺ルーティーンすると催眠術が解けるっぽいんだよな。ちなみに俺のルーティーンはこれな」



 そういって俺が眼鏡をくいっとする動作をすると彼女はまた頭を抱えて呻き始めた。



「それか!! こいつなんかエア眼鏡しててきもいなって思ってたけどさぁ。てか毎回じゃないかぁぁぁぁ!! うっそだろ……じゃあ、まさか……週に一回のあれも意識あるのか……」

「ああ、毎週木曜日に「充電ー」とかいって一時間くらい俺に抱き着いてるやつか、全部意識あるぞ」

「うぐぅ……」



 俺の言葉に彼女は涙目になりながら睨みつけてきた。そしてやがてはっとしたように俺に聞いてきた。



「まさか……この前の私の誕生日の夜も正気だったのか……」

「ああ……その……里香って結構甘えん坊だよな」



 俺は彼女の言っている意味を理解してちょっとにやける。まあ、俺たちも社会人なわけで……となるとそういうこともするわけで……里香が「誕生日だから許してくれよな」って言って催眠術を使った後に無茶苦茶甘えてきたのだ。



「うわぁぁぁぁぁぁぁ、もうお嫁にいけないぃぃぃぃぃ。大和の馬鹿!! 変態性欲!! メイド好きぃぃぃぃ!! 大和を殺して私も死んでやるぅぅぅぅ」

「待てって、落ち着けよ。俺はそんなところも含めて里香を好きになったんだよ。あと、里香には俺のお嫁さんになってもらいたいんだ。だからその点は安心しろって」



 そういって席を立って逃げだそうとする里香の手を俺は必死につかむ。彼女は手を振り払おうと抵抗するが、本気というわけでないのだろう。やがて大人しくなった。そして涙目で俺を睨むつけて言った。



「大和本気で言ってるのか……返品はできないんだぞ……」

「ああ、里香がいいんだ。ダメかな?」

「ダメじゃない……ダメじゃないけど……私ばっかり恥ずかしい想いをしてなんか悔しい……大体大和はいつもはクソみたいな事ばっかり言ってるくせに、私が言って欲しい時に欲しい言葉をいってくるんだからずるい……」

「そりゃあ、好きな人の事なんだから、里香が言って欲しい言葉くらいわかるさ。でも、そうか、里香ばかり恥ずかしいのはフェアじゃないよな。じゃあ、わかった」

「は?」



 キョトンとした里香を正面に、俺は深呼吸をしていった。そして店内に響くように宣言をする。



「赤城里香さん、小学生のころからずっと好きでしたぁぁぁぁぁ、恋人になってくれてありがとうございます。でも俺はもっと先に進みたいんだ。だから結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「大和馬鹿か……? やめろよ、恥ずかしいだろう」



 元々騒がしかった俺達に再び注目が集まった。お客さんや店員さんも俺達をみて苦笑している。でもそんなことはいいんだ。俺は顔を真っ赤にしている里香に、笑いかける。俺の気持ちが彼女に伝わるのが大事なのだから。



「里香にだけ恥ずかしい想いをさせないって言ったろ」

「大和は本当に馬鹿だな……でも嫌いじゃないな、そういうの。その……むしろ好きかな」

「で、答えは……?」



 彼女は俺の言葉に顔を手で覆い隠しながら呻くる。だけど、顔を真っ赤にして動揺している彼女はすごい嬉しそうで……そして沈黙の後にこういった。



「わかってるくせに……すごい、嬉しかった……その、大事にしてください」

「ああ、これからもよろしく。約束を守れてよかったよ」

「約束?」

「ああ、だって俺達はずっと一緒にいるって言ったろ」

「バカ……そんなの子供の頃の話じゃないか……でも、覚えてくれていたんだな」



 そうして俺は彼女の指に指輪を嵌める。彼女は本当に嬉しそうに指輪がはまった指を眺めていた。その後は店員さんににやにやした顔でおめでとうございますといわれてはずかしかったけど、最高の日になったと思う。

 これで俺達の催眠術ごっこではじまったラブコメは終わりだ。催眠術がきっかけで、素直になれなかった俺達は先に進めた。あれがなかったらどうなっていたかはわからない。きっかけ何て些細なものだったし、何だかんだ上手くいっていたかもしれない。でも、今は催眠術に感謝をしている。そしてこれからは催眠術に頼らないで生きていかなければいけないのだけど、俺達なら大丈夫だと思う。俺も里香もちゃんと伝える事の大事さを学んだのだから。



「じゃあ、二人の未来に乾杯」

「ありきたりだね、もっと気の利いたことを言えよな」

「顔を真っ赤にして何言ってんだよ。あ、催眠術で俺に気の利いたことでも言わせるか?」

「大和の馬鹿ーーーー!!」



 そうして俺は婚約者のとのディナーを楽しむのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋の幼馴染が催眠術を使ってグイグイと迫ってくるんだが~実は俺が催眠術にかかっていない事にカノジョは気づいていない~ 高野 ケイ @zerosaki1011

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画