第18話『記憶』


 恋の記憶ほど都合のいいものはない。


 悲しくて辛いだけの思い出さえ美しいものとして心に刻まれる。

 だけど、その頃に戻れるとしても私はきっと拒否するだろう。

 二度と繰り返したくない別れの記憶はしばらく私を支配していた。

 それを忘れさせてくれたのが、奏くんだった。


「彩絵ちゃんと一緒に暮らしてみたい」

 付き合い始めて二ヶ月のある日に彼はそう言った。


 確かに、毎日のように一緒に過ごして朝を迎える。

 お互いのことも少しずつわかり始めてきたし、そうするのが自然なかたちなのかもしれない。


 今どきの恋人達は、お試しで同棲を始める。


 一緒に暮らして過ごす時間が多くなると、お互いの本音や、生活感覚の違いが分かる。

 生活が合わなければ、別れを選ぶこともある。けれど、より一層大切な何かを見つけることもある。

 そんなふうに私と奏くんは二人で暮らす事を決めた。


 実家にいる母にはその事を正直に話した。


「お父さんはきっと反対するだろうけど、お母さんは同棲って賛成。結婚してから初めて一緒に暮らし始めて、私は苦労したからね」




 父は真面目を形にしたら、そのフォルムになるだろうと言うくらいの真面目人間だ。

 もう少し楽に生きて欲しいと母さんはいつも言う。


 事後報告で済ましたけれど、父さんのちょっぴり寂しそうな苦笑いは、くすぐったくて申し訳ない気持ちだった。


「俺、ちゃんと挨拶に行かないと恨まれるよな」


 笑ってるけど、ほんとに心配している奏くんをみるのは初めてで嬉しい。



 奏くんは、見た目に依らず真面目で、美容師にしては話し下手だ。

 大手のヘアサロンでの仕事では、指名してくれるお客さんへのアプローチが必要だけど、それを苦手とする彼は一人でサロンを経営することにした。

そんな中でこのコロナ禍で営業は順調ではないが、精一杯頑張っているから私は心から応援している。


 彼の母親は遠い故郷で細々と美容院を経営している。


 美容院自体がその町に数軒しかないから、経営は成り立っているし、手に職を持つことをその母親から学んだのだと懐かしそうに話す。


 お互いの事を知ることが新鮮で、色んな話をして過ごす毎日は心地よい。



 初恋や失恋したこと、好きだった本や映画のこと。

 激しくはないけれど、確実に愛を確かめ合えることが私には嬉しかった。


 ここ暫くは旅行さえ行けないだろうけど、心配なウィルスが収まったら真っ先にお互いの故郷に行こう。


 💬「彩絵が同棲なんてびっくりしちゃったよ~」


 💬「楓だって彼氏がいるんでしょ!ならいいじゃん、ぼっちは私一人でございますよ(怒)」


 💬「そうだよ~会社にだって男性はいるよね……あっごめん!独身でマシな人いない……凛ちゃんドンマイ!」


 💬「私さぁ、通勤も自転車だし、知り合うきっかけなんてないのよ。せめて電車やバスならもしかしたら……って思うけど……今どきそんなので知り合うなんてないか~😢」


 💬「だから、マッチングアプリとか、SNSで知り合う人が多いんだろうね」


 💬「ところで、彩絵!奏くんの友達との合コンはどうなったの?」


 💬「それがさ~イケメンは多いんだけど、結婚してたり、彼女もちの人ばっかりらしいんだよ~だけど、奏くんの弟は今フリーらしいし、今度会ってみる?」


 💬「ウンウン!会う!会ってみる!」


 💬「でもね、年下だよ!今年25歳だって!年下彼氏はダメ?」


 💬「年下か~ちょっと苦い思い出があるんだけどな~、でもとにかく会ってみたい」


 💬「オッケ~!じゃ!そういうことで!」


 次回のお題は『通勤』

 さて……凛ちゃんのぼっち生活は解消されるのか?




 ━━五十嵐 彩絵さえ27歳

 ━━前田 かえで28歳

 ━━松林 りん26歳


 ━━長友奏29歳

(彩絵の彼氏)

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短編集💜大人の恋愛小説始めました💜 あいる @chiaki_1116

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