僕と三好とさよなら
三好が待ち合わせ時間より早く着いているのはいつものことだった。
買ったばかりの服に着替えた僕が草むらをかき分けて現れると、本を読んでいた三好は顔をあげて軽く手を上げた。
「いつからいたの?」
「さっき来たとこ」
「嘘だ、顔真っ赤じゃん」
「日焼けしやすいんだよ」
そう言った割に、道中で買ってきたアイスを見せるとタマコと同じような勢いで食いついてきた。
「暑いんじゃん」
「そりゃ暑いでしょ」
棒に刺さったアイスは少し溶け始めていて、耐えきれなくて零れたしずくが地面にどんどん吸い込まれていく。
その様子を眺めている僕を不思議そうに見た三好の顔がたまらなく好きだと思った。
「三好は、かっこいいよね」
「なんだよ突然」
「なんとなくだけど」
「告白、上手くいくと思う?」
調子に乗った三好が照れくさそうに自分の両頬を引っ張った。その瞬間、三好が僕の知らない人になった。タマコが臭いからと恐れも知らず川に近付いて、バレンタインには恋を知らないとはにかむのが三好だ。可愛らしい外見で、クラスの誰にもないような芯を持っているのが僕の親友だ。一人の女の子にデレデレとして、自分のものにしたいと望んでいる、どこにでもいるような男みたいになっているのは、三好の皮を被った何かだろう。
「ジュースも買ってきたよ。ちょっと飲んじゃったけど」
このペットボトルを渡してしまったら、僕はもう後には引けない。震える声を抑えてペットボトルを差し出すと、三好はなんの疑いもなくそれを受け取った。
「次は買ってくるな。こんな暑くなると思ってなくて」
グビグビと勢いよくオレンジジュースを飲んだ三好が一瞬首をかしげたので、疑問を持たせないように慌てて口を開く。
「天気予報見た?」
「天気予報? 見なくてもこんなに晴れてるし」
「だよなあ……。夏みたいだもん」
空は真っ青で、朝に見た天気予報が本当なのかどうか少し不安になってくる。
他愛もない話をしていると、三好の口数が少なくなって、やがて何も言わなくなった。電気毛布みたいに熱い地面に横たわった三好の頬を軽く叩いても、彼は目を開けない。遠くでゴロゴロと雷がなっていた。
穴を掘るのは、もう慣れていた。けれども、ここまで大きな穴を掘るのは初めてで、容赦なく垂れる汗が目にしみて痛い。時々寝転がって大きさを見てみるけれど、僕の体は思っているよりも縦に長いらしい。
雷と雲はどんどん近付いてきて、ザアッと雨が降り出した。手は滑るし、新品の服が汚れるけれど、そんなことはどうでも良かった。先ほどまで暑いと汗を垂らしていたのに、今は少し肌寒い。
三好の唇も紫色になっている。小学校の頃、寒い日にプールに入ったことを思い出した。先生は平気ですなんて言っていたけれど、クラスの中でも特に肌の白い三好はブルブル震えて、給食のブドウみたいに唇が紫色になっていた。
三好の脇を抱えて穴の中にいれた。布団はないけれど、土を被ったら少しはあたたかくなるかもしれない。三好の横に座ったが、横幅が少し狭かったかもしれない。三好の方にぎゅっと寄って僕たちの足に土をかけた。あまり、寒さは変わらないけれど、直接雨が当たらないだけましだろう。
横たわって見上げた空はとてつもなく高い気がして、思わずため息が漏れた。
ごうごうと川がうなる音が聞こえる。激しく打ち付ける雨は冷たいけれど、三好は起きる気配がない。こうして空が見えるのも、あと少しだろう。
ちょっとだけ、天気予報が外れてくれれば良かったのにと思った。
ここが空の底ならば 入江弥彦 @ir__yahiko_
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