僕と三好とタマコの死体
僕は、タマコが拾ったものをどうするか知っていた。不思議そうな顔をする三好に僕は言葉を続ける。
「まあ見てて、タマコはいつも同じことをするんだ」
「同じこと……?」
元の場所に戻ったタマコはいつものように勢いよく穴を掘り始めた。
「もしかして、埋めるの?」
察しのいい三好は目をキラキラとさせながらタマコが次にする行動を口にする。
「なんでも埋めちゃうんだ」
「なんでも?」
「僕が持ってきたご飯も、途中で埋めちゃう」
興味深そうに、へえ。と呟いた三好は次の時からたくさんのおもちゃをタマコに持ってくるようになった。
最初の数分はおもちゃで遊ぶものの、すぐに穴を掘り始めてしまう。きっとこのあたりの地面を掘り返したら、みんなが不思議に思うに違いない。
三好とはタマコをきっかけに仲良くなって、学校でもよく話すようになった。休み時間も一緒にいて、放課後も他の友達の誘いを断ってまで一緒に過ごすから先生には、二人は親友なのね、なんて言われたりもする。
夏休みに入っても、僕らはよく遊んだ。
「いいの? せっかくおもちゃ持ってきてるのに」
早速穴を掘り出したタマコを指さすと、三好は大きく頷いた。
「お小遣いはまだたくさんあるし、いいんだよ」
「いいな、たくさん持ってるんだ」
僕がそう言うと、三好はランドセルからタマコのおやつを取り出しながらため息を吐いた。
「あるのはお金だけだよ。お父さんも、お母さんも忙しくてなかなか会えないし」
僕の家はお金もなければお父さんもいないし、お母さんだって夜に働いているから会えない。三好は少し贅沢なんじゃないかと思ったけれど、すごく寂しそうな顔をしていたから何も言わなかった。
「あ、タマコ、それも埋めちゃうの?」
三好の手からおやつを受け取ったタマコは、少し囓ってからすぐに穴を掘り始めた。
「きっと大事なものを埋めてるんだね」
「大事なものを?」
「うん、タマコってば安物のおやつはほとんど食べちゃうんだ。だから、大事なものだけ埋めてるのかなって」
「ふうん、そうなのかな」
「きっとそうだよ、大事なものは独り占めしたいんだ」
僕のお母さんがタマコだったら、きっと埋めるのは時々遊びに来る金髪のお兄さんだ。本当は、僕が真っ先に埋められちゃうなんて青ざめることができたら幸せだったのだろう。
僕は何を埋めるだろうかと考えながら三好を見ると、にこにこしながらタマコの様子を眺めていた。
それからしばらくして、タマコが死んだ。珍しく雪が降った日のことだ。
タマコはきっと大喜びして雪を埋めようとしているかもしれないね。三好が言った言葉を想像して僕が思わず吹き出した数分後に死体を見つけた。
「埋めなきゃ」
最初にそう言ったのは三好だった。スコップをとってくると言った三好を見送って、僕はタマコの背中を撫でた。毛はごわついていて、体は硬い。タマコの前足は土で汚れていて、埋めることが大好きだったタマコの生前の姿を思い出させた。
「はい、これ」
戻ってきた三好は大きなスコップの一本を僕に手渡した。穴を掘る間、僕たちは何も話さなかった。
悪いことをしたわけではない。僕らがタマコを殺したわけではない。けれども、早くしなければいけないという妙な焦りからとにかく手を動かした。穴を掘るのは意外と大変で、いつもなに食わぬ顔で掘っていたタマコを尊敬した。三好も同じことを考えていたようで、タマコを埋めてしまうと安心したように座り込んだ。
「なんか、疲れたな」
三好の言葉に頷くと、どちらともなく声を上げて笑った。
「これは、二人の秘密」
「タマコのこと?」
「あー、全部?」
曖昧なことをいう三好に小指を差し出すと、彼も意図を察したようで小指を絡めた。
タマコが死んでからも僕たちはタマコと過ごした川辺に集まった。三好が持ってきた大人の本で無駄な知識がついたりもしたけれど、その本は大切なものだからとタマコに習って埋めてしまった。
お互いが違うことをしていても、なんとなくここにいるのが居心地良かった。周りがバレンタインで浮き足立っている日も、三好は貰ったチョコを僕と分けようとした。
「恋とか、まだよくわかんなくて」
「僕も」
二人でチョコレートをかじりながらした話の内容は、くだらないものだったと思う。けれども、僕にとっては他の何にも変えられないような時間で、多分三好にとってもそうだった。
一時期、僕は女の子ではなく三好に恋をしているのではないかと思ったことがある。男同士の恋愛というのは聞いたことがないし、クラスの誰もそんな話はしていない。
お母さんの持っていた恋愛漫画を読んだり、ドラマを見たりしたけれど、三好に対する感情とはなんだか違う気がした。三好とキスをすることを考えたらちょっと気持ち悪いなと思ったし、三好が僕のことを好きだと言ったら友達でいられなくなることを悲しむだろう。一週間、寝不足になるくらい悩んだのに、僕の悩みはなんの意味もないものだった。
恋なんてわからないと言っていた三好に好きな人ができたのは、中学生になったときの春だった。その時の僕に沸いた感情は、恋というほど綺麗でもなくて、独占欲というほど汚れてもいなかったと思う。
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