僕と三好とタマコ

 犬を拾った。といっても、家で飼っているわけではない。


 人の目に注意しながら川辺の草むらの中に入っていく。僕の背よりいくらか高い草の間には、誰かが踏み分けたみたいに細い道があった。



「タマコ、ただいま」



 何回か道を曲がって橋の下にある広い場所にでると、白い尻尾をこれでもかとばかりに振ったタマコが僕を出迎えた。雑種、というやつだと思う。タマコに出会ってすぐに犬の図鑑を見たけれど、タマコに似た種類の犬はいなかった。



「こらこら、くすぐったいって」



 まとわりついてくるタマコを落ち着かせる。


 持ってきていたエサをやるとタマコはバカみたいにその場でくるくるまわった。実際に、少しバカなのかもしれない。エサを半分食べ終えたタマコは、その場に穴を掘ってそれを埋め始めた。



「それは、今食べていいんだよ」



 僕が声をかけても、タマコは嬉しそうにウワォンと鳴くだけだった。ランドセルを置いて読書をはじめると、タマコも僕のそばに寄り添ってくる。少し臭いけれど、ゴワゴワの毛を撫でてやると嬉しそうに鳴いた。


 突然すくっとタマコが立ち上がって、それと同時に背後から高い声が聞こえた。



「へえ、こんなところがあったんだ」



 驚いて振り返ると、興味深そうに周りを見渡す小学生がいた。いつも綺麗にした服を着て、爪の先まで整えられている。育ちの良さそうなクラスメイトとこの場所がひどく不釣り合いで混乱する。



「三好悠くん……」


「わっ!」



 タマコはバカだから、高そうな服にも気が付かず彼の足下でくるくると回った。



「君は葛西優くんだよね」



 僕が頷くと、彼は頭をかいてはにかんだ。



「三好でいいよ、同じ名前を呼ぶのって少し気持ち悪いでしょ?」



 僕は勝手に、彼のことをとっつきにくいやつだと思っていた。けれども、人なつっこい笑顔を浮かべて、ひとつも躊躇せずにタマコを撫でる様子を見ていると、そうではないかもしれないと思わされる。



「僕も、葛西でいいよ」


「そのつもりだった。この子はなんて名前? 葛西が飼ってるの?」


「名前はタマコだよ。飼ってるっていうか、ここで……えっと、うちんちペットは飼えなくて」


「なるほど、そっか。タマコ。おまえ、タマコっていうんだね」



 ランドセルをその辺に置いて、タマコに話しかける。三好はたしか頭が良かったから、僕の要領を得ない説明でも理解できたのだろう。



「ねえ、葛西。この子ちょっと臭いね」


「あ、やっぱり三好もそう思う?」


「洗ってあげようよ、そこは川だし」



 三好がそう言って立ち上がる。僕はすぐに頷けなかった。その様子を見て、彼が首をかしげる。



「どうしたの?」


「川って、危なくない?」


「溺れなかったら危なくないよ」



 そういうものか。と納得しかけて、溺れたら危ないじゃないかと気が付く。三好が自信満々に言うものだから、つい流されそうになった。



「え、ええ、でもさあ」


「じゃあ葛西はここにいる?」


「い、行くよ!」



 三好が溺れたら大変だ。彼はきっと川の怖さを知らないのだ。雨と風が強い日の川の映像というのを、僕は見たことがある。今日はすごく晴れているけれど、それでもなにか危険があるかもしれない。タマコと出会ってから一ヶ月くらい経つけれど、僕は川に近づいたことがなかった。


 可愛らしい見た目をしているのに、三好は大股でずんずん歩いて行く。タマコは今からどこに行くのかわかっているのか、嬉しそうに三好の後について、時々僕を振り返った。ちゃんと後ろにいるよという意味を込めてそのたびに手を振ってやった。すぐに水の音が聞こえてきて、草むらが消える。浅瀬に入ったタマコは何度も飛び跳ねた。



「ねえ、三好。もしかしてタマコに会ったことあるんじゃない?」


「……バレた?」



 誤魔化されることを覚悟してそう聞いたのに、三好はいたずらがバレたみたいに舌を出して簡単に認めた。



「川の方向、僕だって知らなかった。タマコも、なんか慣れてるし」 



 タマコが他の人に慣れている、そんな焼きもちをちょっとだけ込めたのが伝わったのか三好はおかしそうにクスクス笑った。



「前に偶然見つけたんだ。でも、誰か世話してるみたいだったし」


「放っておいたの?」


「だって、何かあったら怖いし。でも、今日はここに向かってる葛西を見つけたから」


「ついてきたんだね」


「そんな怖い顔しないでよ。わざと隠していたわけじゃないんだから」



 うかつだった。今後はもっと周りに気を配らないといけない。


 そんな緊張が背中を走るとともに、見つかったのが三好でよかったと安心した。

大人でもなくて、他のクラスメイトでもなくて、三好でよかった。どうしてそう思ったのかはわからないけれど、タマコの大きな鳴き声が響いて僕は考えるのをやめた。



「葛西、タマコが呼んでる」


「言われなくてもわかってるよ!」



 二人と一匹でびちゃびちゃになって遊んだ。川は思っていたよりも怖くなかった。三好の服は高そうだったから、濡らしたら怒られるのではないかと僕の方がビクビクしてしまった。



「あ、こら、タマコ、そんなの汚いよ」



 水で綺麗になったタマコが、小さな鳥の死体のようなものをくわえていた。離させようとする僕を制止して、三好が口角を上げる。



「どうするのか見てみようよ」


「そんなの決まってる」



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