ここが空の底ならば
入江弥彦
僕と三好
中学生になって、すぐに背が伸びた。
制服はあっというまに小さくなるんだからと勧められるままに大きめを買ったけれど、制服が縮むのではなく僕が大きくなったのだと気が付いたのは夏休みに入ってからだ。
日常的に制服に袖を通すことはなくなって、私服が入らないことに気が付く。お母さんにそれを書き置きで伝えると、翌朝机の上に一万円札が置いてあった。お礼を言おうにもお母さんはいつもの薬を飲んでぐっすり眠っている。一万円札を折れないように財布に入れて家を出た。
天気予報は夕方からの雨への注意を促していたけれど、太陽はもう真上にあって雲は少ない。耳障りな蝉の声が今日は一層大きく聞こえる。
「あ、もしもし、俺だけど」
蝉の声に負けないように声を張ると、電話口の三好が詐欺の電話かよと笑っていた。今年は三好と過ごす、四回目の夏だ。
「じゃあ、二時間後にいつもの場所で」
約束を取り付けて電話を切る。約束までの二時間の間に服を買いに行かなくてはならない。ピチピチのシャツを着た僕を見たら、三好は呼吸ができなくなるほど笑うに違いない。そういうところに遠慮のないやつだから。けれども、僕が服を買うせいでお金を無駄にしてしまうのは申し訳ないなと思った。
初めて三好悠という男に会ったのは、小学校の入学式。女みたいなやつだなというのが第一印象だったのを覚えている。外見に限って言えばその印象は今でもあまり変わっていなくて、相変わらずその辺の女子よりも可愛らしい。さらさらの黒髪は白い肌によく映えていて、中学に入ってからも女子に人気だという。けれども、中身は僕なんかよりもずっとかっこよくて、度胸のある男だった。
喧嘩も多分、強いと思う。大人になったら煙草を吸って、酒を飲んで、髪が長くて胸の大きい女の人を連れて歩くのだろう。これは、僕の勝手なイメージだけれど。
三好と僕が今のように仲良くなったのは、十歳になった歳の夏だった。まだ夏休みには入っていなかったけれど、あの年は夏が来るのがやたらと早くて、今日みたいに暑い日だったと思う。
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