セーブポイント

笹月美鶴

セーブポイント

 ある日僕は気が付いた。あらゆる所に、僕の人生のセーブポイントがあることに。

 それは、キラキラと光る玉だった。その玉は僕だけに見えるらしい。誰もその存在に気が付かない。

 僕がその玉に触れると、とたんに世界が真っ暗になる。そして、その暗い世界の空中に、光る文字が浮かび上がる。




 ここまでの人生をセーブしますか? はい いいえ




 僕はこまめにセーブを繰り返した。


 僕の人生に失敗や後悔なんてありはしない。だって、失敗した時はセーブポイントからやり直せばいいのだから。


 やり方は簡単だ。やり直したい時にその場で強く願えばいい。目をぎゅっとつむって、強く願う。



 ロード!



 すると、世界が真っ暗になる。そして、その暗い世界の空中に、光る文字が浮かび上がる。




 前回セーブしたところまで戻りますか? はい いいえ




 はいを選ぶと、最後にセーブした時間まで戻る。あとは同じ失敗をしないようにうまくやればいい。何がおこるかわかっているのだから、回避は簡単だ。

 セーブのタイミングは難しいが僕はうまくやった。ベストなタイミングでセーブする。なに、簡単だ。




 Thank you for playing Your life!




 とうとう、僕の人生が終わった。

 長いようで短い人生だった。

 良くもなく、悪くもなくといったところだろうか。




 エンドロール。これが走馬灯というやつなのか?

 母の名前がスクロールしていく。僕の人生のスタッフと言うわけか。

 なんだ? 分岐?

 やり直した出来事。それをやり直さなかった場合の分岐か。




 九歳

 自分の一言で親が離婚。母に連れられて行く。

 回避。家は貧乏で、両親の関係もぎくしゃくしていたけど、僕は両親といられて幸せだった。


 離婚していれば母は大金持ちと再婚していた。



 二十三歳

 会社で失敗。上司にクビを言い渡される。

 回避。なんとかクビは免れる。いやな会社だけど仕事がないよりはましだよね。


 クビになっていれば別の会社に入り、素敵な女性と大恋愛することになった。



 三十五歳

 事故で大怪我。

 回避。なにごともなく過ごしている。


 事故にあっていたら障害が残って会社を辞めざるをえなくなり、しばらくは苦しい生活をするが、その時書いた小説が大ヒット。小説家として生きる。



 エトセトラ エトセトラ




 僕の人生のイベントフラグ。

 失敗を乗り越えた後には、さまざまな別の人生が待っていたのに、僕はそのフラグをことごとく回避して生きてきた。ひたすら無難な道を歩んできた。

 自分の人生にはなんのイベントも起こらなかった。

 結局女性との出会いのなかった僕はお見合いをして結婚した。好きでも、嫌いでもない嫁。ただ世間体の為に結婚し、子供をもうけた。

 何事もなく穏やかに過ぎてゆく僕の人生。派手な出来事など何もないけれど、静かで、平凡な人生。ありきたりな、普通の、つまらない人生。

 自分が回避してきた失敗は、全て新たな人生がひらけたかもしれないフラグだったのだ。


 人生の転機となるフラグをことごとく折ってきた。

 だから、つまらない仕事、たいして愛してもいない妻、何事もない、平穏と言う名のつまらない人生。

 やり直したくてももう最後のセーブデータは自分の死の直前だけ。

 リセットさせてくれ!

 もう一度、ニューゲームから!




 人生をもういちどはじめからプレイしますか?

 はい いいえ




 やり直せるのか?

 僕は迷うことなく「はい」を選んだ。




 人生をNEW GAMEからはじめます。




 無機質な、アナウンス。




 ある日僕は気が付いた。あらゆる所に、僕の人生のセーブポイントがあることに。それは、キラキラと光る……。







「あれえ、こいつまたNEW GAMEでやり直してんの?」

「もう五百四十六周目だぜ。しかもいっつも無難な人生で終わりやがる。何度やりなおしたって生まれ持った性格はかわらないのにな」

「いいかげん生まれ変わって新しい人生やればいいのになんであの器にこだわってるのかね」

「まあ、記憶は継承できないからあいつにとっては再チャレンジって感じなんだろう」

「いいかげんこいつの人生も見飽きたな」

「担当でもないのにいっつも見に来て何言ってんだ。こいつが気に入ったのなら担当変わってやるぞ」

「それは、やだ」

「なんでだよ! こいつの人生見るのいいかげん飽きてんだよ。なあ変わってくれよー」

「やだね。こういうのは横から覗くのが楽しいんだ」

「神様もなんでこんなプロジェクトはじめたんかねー。人間にセーブポイントを与えるなんて」

「〝やり直しがきく人生でヒトはどんな人生を歩むのか プロジェクト〟だっけ。他の奴のものぞいてるけど、どれもぱっとしない人生で終わってるよ。やり直しがきくぶん、結局無難な選択をしてしまうのか、派手なエンディングを迎えた者はまだいないようだ。神様って、最近RPGゲームにはまってたよな。その影響でこんなプロジェクト思いついたのかな」

「ゲームのし過ぎでこんなくだらないこと考えたってのか? 勘弁して欲しいぜ」

「失敗や挫折。誰だって避けたいもの。だがそれによって得られるものもたくさんある。文化や進化した製品は失敗から生まれたものが多い。やり直せるということは、失敗や挫折の先にある可能性をつぶすということだ」

「失敗によって生まれる文化か。確かに、失敗から生まれる可能性は無限にある。それを潰すということは……。そう考えると、これって残酷な実験だな。さすが神様。性格悪い!」


 クスクス笑う友に苦々しい目を向け、ため息をつく。


「神の悪口なんてこの部屋で言うのはやめてくれ」

「はは、すまんすまん。まあそれはおいといて、当分赤ん坊でやり直しもないんだろ? 気分転換に飲みに行こうぜ、おごってやるからよ」

「そうだな。んじゃ、高い店行こうか!」

「おいおい、勘弁してくれよ」


 笑いながら二人の天使がふわりと飛び立つ。

 神のきまぐれの愚痴を肴に今日は飲み明かすのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

セーブポイント 笹月美鶴 @sasazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ