第7話
結局、あしびばには寄らず、そのまま帰路についた。
路地を東にむかい、大通りを渡った少し先が下宿している叔父の家だった。家の手前の交差点を曲がると、そこに見慣れたポニーテールの制服姿があった。
「ナナ?」
「ごめん。急に来て。今日はいつもと様子が違っていたから、いい出す機会がなくて……実は、伝えたいことがあるの」
七海がためらいがちにいう。
「あのね、やっぱりリコは島唄グランプリに出るべきだと思う。リコはシマ唄から距離を置きたいっていうけど、それって単に人付き合いを避けてただけだよ。以前のリコは、もっと無邪気に笑って、誰とでもすぐ仲良くなれて。わたしは、そんな李心が羨ましかった。でも、あの日以来、リコは自分の殻に閉じこもって誰にも心を許さなくなった」
七海の長いまつ毛が、何度も上下する。その大きな目は潤んで艶やかに光っていた。
「わたし、リコのそばにいたのに、支えられてなかった」
「そんなこと……」
否定しようとする李心の言葉を制して、七海が首を振る。
「リコが沙織とのことで傷ついたことは知ってる。それでも、リコは唄をうたうべきだよ。島人のためでも、清次郎オジのためでも、まして、沙織のためでもない。リコがリコらしくあるために、シマ唄は絶対に必要なの!」
「でも……みんながききたいのは、じいちゃんの唄だから」
「違う! わたしは大好きだから……リコの唄も、唄をうたうリコも。ずっと大好きだったから!」
李心の手をぎゅっと握り、七海が声を張る。
「昨日ね、里先輩にきいたの。グランプリ本選に出場するには予選を勝ち抜かなきゃダメだって。わたしが今からシマ唄を習ったところで、予選通過できるほど甘くはないってことも。でも、お囃子なら本選出場者じゃなくても舞台に立てる。だったら、今度はわたしがリコのお囃子をする。リコのそばで、リコを支える。だから……一緒にシマ唄をうたおう」
馬鹿だな。少し考えればわかることなのに。
ナナはあたしのために、わざわざ部活のない日にエリ姉と会って、島唄グランプリに出るための情報をきいただけだったんだ。
それを勝手にエリ姉にシマ唄を習おうとしていると決めつけて、ひとりで苛立って……
シマ唄はひとりでは唄えない。唄と三味線とお囃子とが三位一体になって初めて完成される。
自分の殻に閉じこもって、本当の唄がうたえるはずもない。
清次郎の孫ではなく、南李心としての唄をうたいたいなら、変わらなきゃダメなのは自分自身だ。
李心は小さく息をつく。
「ナナ、商店街に素敵なカフェを見つけたんだ。これから一緒に行かない?」
いつかのインタビューの時みたいに、心から嬉しそうな笑顔だった。
しばらく七海とあの店に通おう。そうすればいつか七海にライバルを紹介できるだろう。
薄曇りの空の裂け目に、白い光が滲んでいた。その淡い光に李心は目を細める。
祖父の笑う声が聞こえたような気がした。
島唄ガールズ ~絹縄の縁~ 麓清 @6shin
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