バーチャル探偵 水兵ヘイスの水平推理

ヤマモトユウスケ

バーチャル探偵 水兵ヘイスの水平推理



「水平線の向こうから、あなたの心によーそろー!

 バーチャルアイドル、水兵ヘイスでありまーすっ!」

「今日も明日も漢方薬、打たれ弱さは日本一!

 胃痛系Vtuber、猪井たみだぜーっ!」


 ヘッドセットから流れる相方の声に、私も負けじと元気な声を返す。


 パソコンの画面には、世界一有名な動画投稿・配信サイト『DoTube』と、配信に使ういくつかのアプリが表示されていて。

 私たちが配信中の動画には、二人のアニメキャラが映っていた。

 いや、アニメキャラではない。

 たしかに動く絵アニメーションひとつの個性キャラクターではあるが、一般的なアニメキャラとは全く違う存在である。

 表情認識ソフトやモーションキャプチャーソフト等を用いて、リアルタイムで仮想の体アバターを動かし、動画投稿や配信を行うVirtualDoTuberバーチャルドゥチューバ―

 いわゆるVtuberブイチューバ―というやつ。


 淡い水色の髪をふわふわと波打たせた、水兵セーラー服の少女が水兵ヘイス。

 ギザギザしたパンクな髪型とファッションだが、どこか情けない表情の少女が猪井たみ……こっちが私。


 私もヘイスも中堅レベルのVtuber。

 ヘイスは癒し系、私はゲーム配信で売っている方向性が違うVtuberだけど、不思議と馬が合うため、頻繁にコラボ配信を行っている仲良しさんなのだ。


「たみ殿、今日はなにをするのでありますか?」

視聴者リスナーのみんなから募集した質問に答えていく、のんびり雑談配信だぜ」

「またでありますか?

 たみ殿、そろそろ『あいつ雑談ばっかりやってる』って叩かれたりするのでは?」

「やめろ! そういうこというとホントに言われちゃうんだぜぇ!」


 癒し系キャラで売っているくせに、隠すことなくけっこうな毒舌であり、特に仲の良い私には容赦しない。

 そこがかわいいのだけど。

 ちなみに私……つまり猪井たみというキャラクターは、一人称が"おれ"で語尾が"だぜ"なのだが、時折忘れて素で話してはリスナーに『キャラ剥がれてるぞ』とコメントを頂いたりする。

 ポンコツ扱いは、さすがに異論があるけれども。


「ともかく、最初のお便りを読んでいくぜぇ。

 ええと――」


『ヘイスちゃん、たみちゃん、こんにちは!

 さっそくですが質問です!

 ヘイスちゃんとたみちゃんはどっちが攻めでどっちが受けですか?』


「こういうセンシティブな質問をするんじゃないぜ、答えられるわけがないだろう」

「あ、これはわたしで攻めであります」

「答えちゃうんだぜ!?」


 びっくりした。

 猪井たみはパンクロックで攻め攻めなお姉さんなのだけど?


「たみ殿は総受けでありますから。

 どのコラボでも攻めてるとこ見たことないでありますな」

「いやいやいや、おれだって攻めるときは攻めるって」

「ふぅん。じゃ、わたしのこと攻めてみるであります」

「へぁッ!? そ、それは……ちょ、ちょっと待ってほしいんだぜ……?」


 画面の中でヘイスのアバターが半目になる。


「ヘタレー、であります」

「ぐ、むぅ……さ、さて、次の質問行ってみようか!」


 返す言葉もないので誤魔化しにかかる。

 コメント欄は『ごまかすな』『やっぱり受けじゃん』と湧いているが、実のところ、半分くらい演技だ。

 百合営業が出来そうな質問は積極的に拾っていく――私たちはこういう遣り取りが人気なのだ。


「次の質問、えーとだな――」


『赤ちゃんはどこから来るの?』


「わたしも聞きたいでありますなー、たみ殿。

 赤ちゃんはどこから来るのでありますか?」

「ははは、それはだなー、コウノトリさんが運んでくるんだぜ?」

「ヘタレが。子宮って言えや」

「ヘイスぅ!?

 い、いや、これってホラ、やっぱりアレじゃん。

 そういうお決まりの答えをする質問だぜぇ?」

「パンクロックの欠片もないでありますな。

 ほら、ちゃんとハッキリ声に出して言うであります。

 しーきゅーう。言えるでありますか?

 さん、はい」

「し、しし、しきゅ……ううう、ヘイスのばか!」

「やっぱり受けでありますなぁ」

「ぐむぅ……」


 悪戯っぽく言うヘイス。

 ……正直、ヘイスといちゃいちゃ出来るのは、私にとって悪いことではない。

 というか、大変に嬉しいことである。好きなので。へへへ。

 ニヤニヤしていると、カメラが私の表情を認識してアバターに反映した。


「あれぇ、たみ殿ぉ? なぜ笑っているのでありますか?」

「ハイ次! ええとだな――」


『ヘイスちゃん、たみちゃん、こんにちは!

 私はコンビニでバイトをしているのですが、最近ほぼ毎日、同じ時間に同じ女のひとが同じ雑誌を買っていきます。

 これって不思議じゃありませんか?

 彼女がなぜそんなことをするのか、ぜひとも考えてほしいです!』


「――とのことだぜ。

 うーん、たしかに不思議だぜ。

 なあ、ヘイス」


 百合営業が出来なさそうな質問以外は、こういうものを選ぶ。

 というか、こういう質問が多いのだ。私とヘイスの配信は。


「面白いでありますなぁ」


 ヘイスのアバターが、ふわふわした笑みを浮かべた。


「この質問、ちょっと長めに考えてもいいでありますか?」


 水兵ヘイス――ふんわりした少女は、しかし、その柔らかなイメージにそぐわない、ある異名を持っている。

 仮想バーチャル探偵、水平推理の水兵ヘイス、と。



 ●



「それでは、思考を並べていくでありますよ」

「いつも通りの水平思考ってやつだぜ?」

「で、あります」


 水平思考。

 心理学者エドワード・デ・ボノが提唱した、賛否両論ある――つまり、実のところなんら根拠があるわけではない――思考法である。

 『思考を深める』のではなく、『視点を増やす』ことを主軸においたこの思考法は、水平思考クイズの流行に伴って有名化した。

 ウミガメのスープというやつだ。

 たとえば。


『男がバーテンに入ってきて、バーテンダーに水を頼んだ。

 バーテンダーは拳銃を取り出し、男に突き付けて撃鉄を起こした。

 男は「ありがとう」と言って帰っていった。

 一体どういうことか』


 こうしたシチュエーションを問題文とし、回答者が出題者に『イエスかノーで答えられる質問』を繰り返すことで、正解を目指す遊びだ。

 正確にはシチュエーションパズル、水平思考パズルというらしく、厳密にはクイズではないらしい。

 なお、この例文の答えは『男はしゃっくりをしていた』である。

 バーテンダーは男をびっくりさせて、しゃっくりを止めたかったのだ。


「そう、たとえば」


 ヘイスが言う。

 水平思考のコツは、とにかく増やすこと。

 発想の視点を増やし、思考の始点を増やしていく。


「なにかの『企画』などは、どうでありますか。

 動画配信サイトでネタにするために、同じ雑誌が大量に必要とか。

 わたしたちも、たまにチョコとか魔剤とかを大量に買うのであります」

「でも、それならまとめて買えばいいんだぜ?

 毎日ちょっとずつ買う必要は、特にないはずだぜ」

「コンビニって転売対策で同じ商品大量に買えなかったりするでありすよね?」

「ああ、たしかに……」


 だけど、それでもまだ浅い。

 私の役割は、ヘイスの思考に相槌を打ちつつ、しかし、疑問はしっかりとぶつけることだ。


「でもヘイス。

 それならわざわざコンビニじゃなくて、本屋や通販で買えばいいんだぜ?

 コンビニ限定商品ならともかく、雑誌ならまとめ買いが出来るはず」

「そうでありますな。わたしもそう思うであります」


 あっさりと引き下がる。

 ひとつの意見を掘り下げず、とにかく浅く、広く、アイデアを重ねていくのがヘイス流だ。


「『毎日一冊ずつ買う企画』とかならともかくでありますが、この線は薄そうですな」

「だぜ」

「なら、次は……特定目的というのは?

 ほら、こうして質問しちゃうくらいでありますから、ついつい呟いちゃっても仕方ないであります」


 おや。

 興味深い意見が出て来た。


「なるほど、店員さんのアカウントを特定するためってことか。

 それはいかにもありそうだし、一気に犯罪臭がするぜ」


 こんな事件がある。

 SNSで、高額な玩具マニアのアカウントが、こんなつぶやきをした――「家の前にカブト虫が落ちていた、こんな都会で珍しい」と。

 数日後、その家に空き巣が入り、玩具のコレクションを丸ごと盗み去ったという。

 実はそのカブト虫は空き巣が置いたもので、SNSを通じて『本当にそのマニアの家か』と『家にいない時間帯はいつか』を割り出していたのだ。


 SNSを利用した、あくどい犯罪。

 今回の思考とはケースが違うけれど、珍しい出来事があればついつい呟いてしまう。

 だれかと共有してしまう。不特定多数に向けて発信してしまう――。

 私たちも、配信ではよく『こんな珍しいことがあった』なんて言ってしまうものだけれど、重々、気を付けていかねばなるまい。

 時代が時代なのだから、情報の取り扱いには慎重に。


「まあ、犯罪じゃなくて、らぶいやつかもしれませんが。

 ほら、『耳すま』で天沢聖司も似たようなことしてたでありますし

 仲良くなりたいだけなのかも……で、あります」

「図書カードの貸し出し履歴で名前を気づかせる甘酸っぱいやつの現代版、SNS特定になっちゃうのか……ショックだぜ」

「実際、あれが甘酸っぱいかどうかといえば、かなり妖しいと思うでありますが。

 わたしならドン引きしちゃうであります」


 ヘイスの意見もわかるけれど、それこそ、時代が時代なのだ。

 いまよりも個人情報がプロテクトされておらず、人間ひとりひとりの名前が相対的に軽かった時代というか。

 個人情報が、こんなに悪用されるようになる前の時代というか。

 今はだれもがハンドルネームを持っている時代だけれど、それこそ一昔前はそんな文化はなかったらしいし。

 そう告げると、ヘイスも「うーん」と唸って頷いた。


「時代が時代でありますかぁ。

 わたし、昔のことはわからないでありますから、その頃の感覚では理解できないことが多いであります」

「ああ……ヘイスみたいな若い子、それこそデジタルネイティブ世代って言われてる子たちは、一周回って本名でネットやってるらしいって、どっかで聞いたぜ。

 怖い話だぜ……と、思っちゃうのは、若くない証拠か?」

「たみ殿、たみ殿。わたしと一歳差の設定でありますよ」


 そしてコメント欄が『若い子……?』『若くない証拠……なるほどね』『設定? なるほどね』など、年齢イジリで溢れかえる。

 やかましい。若い方が好きだろ、みんな。


「ていうか、なぜ雑誌なのであります?

 雑誌である必要性は、なんなのでありましょうか」


 ヘイスが思考をさらに広げた。

 SNS特定説は、この程度で納めるつもりらしい。


「雑誌、なあ。……懸賞ハガキがいっぱい欲しい、とか?」

「でも、それならそれこそ最初の企画説と一緒で『まとめて買えばいい』で済むであります。

 そもそも、イマドキ懸賞ハガキがついている雑誌って、あるのでありますか?」

「意外とあるんだぜ、それが……。

 それこそインターネット世代、デジタルネイティブ世代じゃない年齢のひとたちは、ネット懸賞よりもハガキのほうが身近だったりするし、往々にして雑誌を買うのはその世代だっていうんだぜ」


 若い人が本を買わないから、出版業界は縮小し続けているとか言うし。

 電子も含めれば漫画だけは好調なんだっけ?

 ともあれ、新聞、論文、雑誌に小説……すべての文字媒体が電子のメディアに取って代わられつつあるのは、間違いがない。

 いや、文字媒体どころか、映像媒体も音声媒体もネットに取って代わられているのだろう。

 こうして私がアバターを纏って配信を行っているように、いまやテレビやラジオを見るよりも、動画配信サイトを見る時間のほうが長いというし。

 ゲームの攻略情報でも料理の作り方でも、なんでもかんでも動画で探すというのが一般化しつつある昨今、わざわざ雑誌を買うのであれば、それ相応の理由があるはずだ。


「わたしも、雑誌はぜんぶ電子派になっちゃっているであります。

 新聞を購読する世代の感覚は、やはり遠いでありますな。

 あえて雑誌を買うことがあるとすれば……ああ、今月のブイディープは買ったであります!」

「それは……ヘイスのインタビューが載ってるやつだぜ?」

「わたしのインタビューと書き下ろしイラストが載っているのはブイディープ一月号だけであります!

 好評発売中であります! 買ってね~!」

「急に宣伝をするな」


 ちなみに、もちろん私も買った。

 なんやかんや、ヘイスのことが大好きなので、ついつい買ってしまうのである。


「わたしは三冊も買っちゃったであります。

 オタクの嗜み、保存用、観賞用、布教用というやつでありますな」

「おれは五冊買ったぜ」

「えっ……こわ……」

「そこでハシゴを外すんじゃないんだぜ」

「いや、嬉しいでありますが、たみ殿のインタビューとかは載ってないであります。

 三冊ならまだわかるでありますが、五冊はどういう内訳でありますか」

「保存用、観賞用、布教用、使用用、使用用」

「使用用!?」

「ちなみにヘイス、オタクの嗜みである『保存用、観賞用、布教用』も、若いオタクには通じなくなりつつあるそうだぜ。

 時代ってのは、どんどん流れていくものなんな」

「いや、使用用ってなにでありますか!?

 説明! 説明を求めるであります!!」

「よくよく考えてみれば、使用用って謎の単語だぜ。

 二つの用が重なっていて、なんとも気持ち悪い単語だと思わないか?

 ヘイスの新規イラストを使用したあとは、そんなことを考えちゃうんだぜ」

「イラストを使用でありますか!?」

「思えば、他にも委員会会長とか株式会社社長とか、同じ漢字が重なっていて気持ちの悪い言葉って意外と多いんだぜ。

 口語であればそこまで気持ち悪くないけど、漢字で書いたとたんに『あれ、これ使い方あってる……?』と不安になるシリーズって、あるよな」

「わたしはいま、たみ殿がわたしの新規イラストをどう使用ぅしているのかが大変不安なのでありますが!?」

「あ、ちゃんとインタビューも読んで使用しているから、安心するんだぜ」

「安心できないであります!!」


 乙女の嗜みというやつだ。

 ヘイスも慌てているようで、まだ口調が崩れていないから……まあ、いつもの百合営業である。

 セーフセーフ。あとで個人チャットでめちゃくちゃ怒られる気はするが。

 コメント欄も盛り上がってるし――いや『たみ攻めは解釈違いです』ってなんだ。

 公式が解釈違いなら、それはもう違っているのはキミのほうだと思うのだけれど。

 それにしても。


「いまの遣り取りで気づいたけれど、たとえばおれは『推しのインタビューが載ってる雑誌』なら、ついつい見かけるたびに買っちゃうんだぜ。

 ヘイス、その可能性は考えられないか?」

「金遣いの荒い社会人がよ、であります。

 ……まあ、可能性として、その可能性は高い気がするでありますな。

 推しじゃなくて、たとえば身内だったり、友達だったり、とにかく応援したい相手であれば、あり得ない話ではないであります」


 あり得ない話じゃないでありますって、どっちだよって感じがする言葉遣いだ。


「娘のグラビアが載ってる雑誌を、コンビニに寄るたびに買っていた芸能人の話とか、聞いたことがあるであります」

「おれも知ってるぜ、それ。娘さんにガチギレされたやつ」

「恥ずかしいからやめて、というやつでありますな」


 構いすぎもよくないのだ。

 もっとも、その遣り取りもバラエティ番組の中で行われていたから、ある種の演技、いわば営業なのだろうけれど。

 私とヘイスの百合営業が、そうであるように。


「その考え方から派生して、でありますが。

 もしかして、この人たち、そもそも知り合いだったりするのかも……であります。

 バイト中の知り合いに会いに来て、売り上げ貢献のために毎回なにかを買っていく、とか」

「それなら缶コーヒーやコンビニスイーツでいいだろう。

 『雑誌である理由がなにか』という疑問から離れてしまっているぜ」

「で、ありますな。

 だいたい、知り合いなら直接『なんで毎回雑誌なの』って聞いてるでありましょうし」


 その通り。

 知り合いなら、直接聞けばいいのだ。


「これ以上、思考を広げるのは難しいでありますかな。

 たみ殿は、ほかになにか思うところはありますか?」


 そうだなぁ、と相槌を打つ。

 中途半端ではあるが、これもまた毎回のことだ。

 仮想探偵と言われるヘイスだけれど、謎を解いたことがあるわけではない。

 ただ、こうやって思考を並べ立て、仮定の話を繰り広げるだけ。

 ゆえに仮想探偵――仮想現実バーチャルの仮想とかかっているけれど、本来は仮定探偵とか妄想探偵とか言われる類のものでしかない。

 ガチでやりすぎても、どうしようもないし。


「正確なところはわからねえけど、相談者さん。

 危険を感じたらすぐに通報するんだぜ。

 相談者さんだけじゃなくて、リスナーのみんなもSNSに身元を特定されそうな情報はアップしないことが大事だぜ。

 身元を特定なんてされたら、たまったもんじゃないからな」

「で、ありますな。

 みなさんも気を付けてくださいね、というところで、次の質問いくでありますか」

「あいよー、キャプテン。

 それじゃ、次の質問だぜ――」



 ●



 夕方のコンビニで、一冊の雑誌を手に取る。

 ブイディープ一月号。

 推しであり、知り合いであるVtuberが載っている雑誌だ。

 それを手にレジに行くと、目つきの悪い女の子が、しましまの制服で待ち受けていた。

 髪が伸びてプリンになりつつある金髪と、じゃらじゃらと両耳につけた大量のピアスがいかにもパンクロックだ。

 相変わらずイカした容姿である。

 客数が少ない、辺鄙なところにあるコンビニだから、こんな格好の店員がいても怒られないのだとか。

 現に、いまも私とこの子以外、店内にヒトはいない。

 雑誌をカウンターに置くと、店員さんは見た目にそぐわない――という言い方は失礼だけれど――澄んだソプラノボイスで言った。


「毎日毎日、アタシがレジ番のときに来やがって。

 暇なのか、おめーは」


 苦笑する。

 口が悪いのだ、この子は。


「いいじゃない。

 仕事帰りに疲れたOLが癒しを求めて推しのインタビューを買って、なにか悪いことでもある?」

「スーツばちばちにキメたバリキャリが、推しだのなんだのとうつつを抜かしやがって。

 つーか、どこが疲れたOLだ、アンタ高給取りだろうが」

「ううん、辞めたいんだけどねぇ。

 仕事、つまんないもん」

「辞めんな、そんな理由で。

 自由人かよ、アンタは」


 ぴ、とレジが音を立てる。

 店員さんは、なにも言わずに袋に雑誌を突っ込んだ。

 毎回袋は貰っているから、ツーカーである。


「で、アンタ――猪井たみさんよう。

 どれが正解か、聞かせてもらおうじゃねえか」


 店員さんが、下から見上げるようにしてガンを飛ばしてくる。

 おお、こわ。

 彼女が言うところのバリキャリ――私は、猪井たみの中の人。

 パンクロックな猪井たみとは真逆の、お堅い社会人。

 笑っちゃうね。

 そして。


「どれが正解か、ね。

 あえて言えば、ぜんぶかな、ヘイス」


 このパンクロックでアバンギャルドなコンビニ店員の女の子こそが、水兵ヘイスの中の人なのである。


「ぜんぶ、だあ?」

「ヘイスの雑誌いっぱい買ったって言えば、配信でネタになるでしょう?」

「まあ実際、百合営業に役立ったのは否定しねえが」

「それから、私、ヘイスともっと仲良くなりたいもの。

 らぶいやつで、ね?

 百合営業やめて百合本業にしない?」

「ドン引きだけどな、こっちは。

 バリキャリな上にバリタチなんて、配信とキャラが違いすぎだぜ」

「それから、雑誌である理由は『知り合いが出てる』上に『推し』だから。

 ついつい買っちゃうの、わかるでしょう?」

「……あー、まあその、なんだ」


 ヘイスががしがしと頭を搔いて、半目になった。

 この顔を見ると、ああ、この子は水兵ヘイスの中の人なんだな、と実感する。

 とてもキュートで、ついついからかいたくなっちゃう子なのだ。


「明日、土曜だし仕事ねえよな?

 あと三十分で上がりだし、ウチ来るか?

 せっかくだ、オフコラボすっぺ」

「やった! へへ、お泊りだー」

「パジャマくらいなら貸してやる」

「下着も借りていい? 使用用に」

「ダメに決まってんだろ!」


 うーん。まあいいか。

 下着じゃなくて本体があるし。


「なにニヤニヤしてんだ、アンタ。

 指一本でも触れたら通報するからな。

 昨日、配信で『危険を感じたら通報しろ』って言ったのはアンタだし、文句は言わせねーぜ」

「ふふ、赤くなっちゃって。かーわいっ。

 そんなこと言われたら、おねーさん、なおさらたぎっちゃう。

 本当は私といちゃいちゃしたくて仕方ないくせにー」

「ああ? なんだ、それ。アタシがいつそんなそぶり見せた?」


 そう。

 私が猪井たみで、この子が水兵ヘイスである以上。

 あのお便りは、私かヘイスのどちらかが送ったことになる。

 そして私は送っていない――ならば、必然、あのお便りはヘイスの手によるものだ。


「素直じゃないんだから、あんな質問送っちゃってさ。

 私とねっちょりいちゃいちゃしたかったんでしょう?」


 聞くと、ヘイスは眉をひそめて首を傾げた。


「あ? なに言ってんだ、あの質問を送ったのはたみ、アンタだろ?

 アタシのフリして、悪趣味な――オイ、なんだその顔は」

「いや、いやいや、だって、私は送ってないし!

 ヘイスが送ったんでしょう!?」

「あァ? アタシがあんな質問で自演するわけねえだろうが!」

「だったら、だれが送ったって言うの……?」

「そりゃあ……」


 二人して顔を見合わせてから、周囲を見回す。

 誰もいない。

 これまでも、身バレを避けて二人きりの時を選んで雑誌を買っていたし。

 名前だって、オフの時は本名で呼び合っていたのに。

 なのに――なぜ?

 同じように雑誌を買っていた人がいて、私たちのコラボ雑談にお便りを送った?

 そんな偶然があり得るの?

 いや、いやいやいや、あり得ない。

 そんな偶然があり得てたまるか。


 スーツの内側で、どくどくと心臓が跳ねる。

 冷や汗が湧いて出て、背中がぞわぞわと震える。

 わからない。

 わからないけれど、ひとつだけわかることがある。


 こういうシチュエーションは――彼女の大好物だ。


「なあ、それじゃあ、たみさんよう」


 目つきの悪い少女は、澄み切ったソプラノボイスで、私同様、額に汗を浮かべながら――けれど、楽しそうに笑った。


「この問題――ちょっと長めに考えてもいいか?」

「もちろんだよ、ヘイス」


 水兵ヘイスの水平思考は、終わらない。



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バーチャル探偵 水兵ヘイスの水平推理 ヤマモトユウスケ @ryagiekuru

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