三日間だけ祭りが行われる街

小欅 サムエ

三日間だけ祭りが行われる街

「生命活動を休止する時間となりました。住人の皆様は、速やかにシェルターへとお入りください。繰り返します。生命活動を————」


 けたたましいサイレンの音と共に、不穏なアナウンスが町中へと響き渡る。大通りを行く一人の旅人は、その報せを受け唖然としながらも周囲を見渡す。


 この街は、年に三日間だけ盛大な祭りが行われる街として有名であった。とにかくバカ騒ぎし放題で、あちこちには泥酔した人や食べ過ぎて動けなくなった人で溢れかえる、そんな異常な祭りが毎年開かれているのである。


 事実、昨日まではこの大通りも活気に溢れていた。道にはみ出さんほどに露店が立ち並び、それぞれに多くの客が訪れる。そして皆、惜しげもなく金を使いまくるため、異常な熱気に包まれていたのだ。


 しかし、今となっては人っ子一人いない。影といえば、建物と旅人が映す以外に見当たらない。一夜にして、すべての住人が消え去ってしまったかのようである。


「な、なにが起きたんだ?」


 ぽつりと呟き、旅人は耳を澄ませ、これから起こるであろう事態に備える。だが、その耳に響くのは相変わらず無機質なサイレンと機械音声だけであり、まるで生きた人間の住まう世界ではなかった。


 異常な気配に旅人は恐れをなし、耐えかねて手近な店へと入り込む。


 カランカラン


 客の来店を告げるベルが鳴る。それにも拘わらず、店の奥からは誰も出てこない。それどころか、物音ひとつ聞こえて来やしない。


棚には無防備にも商品が置き去りのままであった。食品類、酒類、骨董品に至るまで、何もかもが盗み放題だ。当然、防犯カメラの類など存在しない。その気になれば、自由に持ち出すことが出来るだろう。


 だが、旅人はまた一層顔色を青く変えて店を飛び出した。何も盗らず、入店したままの状態で。


 旅人が善人だった訳ではない。あまりにも無警戒であったため、逆に不信感を抱き盗む気になれなかったのだ。そうでなければ、今朝から飲まず食わずのままである旅人が、これほど大胆に放置されている食品類を前に、正気を保てるはずもない。


 また道に躍り出た旅人は、恐怖に顔を引きつらせつつも、改めて周囲を見渡す。暑いわけでもないのに、自然と汗が滴り落ちる。


 すると、旅人は一つの影を見つけた。街路樹が風に揺れているのではなく、それは明らかに人間の影であった。


 旅人は急いでその影の主を追う。この街に起きた異常事態について、詳しく知るためだ。不意に響いたサイレン、それにアナウンス。そして姿を消した住人たち……この謎を、解くために。


 旅人が辿り着いた先は、何の変哲もない一軒家であった。普段ならば通り過ぎていたであろう、普通の民家の前に旅人は佇む。


 そして、そっと耳を澄ます。相変わらず五月蠅く響くサイレンの中、僅かに民家の中から物音が聞こえた。扉を閉めるような、乾いた木の音である。


 躊躇うこともせず、旅人はゆっくりと民家の戸を開ける。シンとした空気が家中を包み込む中、また一つ、小さな物音が二階から聞こえる。


 シャン————


 それは鈴の音のような、奇妙な音色であった。それにも拘わらず、旅人は一目散に二階へと上がってゆく。バタバタと下品に足音を立てつつ、その音の在処へと向かう。


 そしてふと、旅人は足を止めた。そこで徐に、その場にいた人物へと声を掛ける。


「きみ、何をしているの?」

「えっ?」


 旅人の視線の先には、小さな男の子がいた。彼は床に落ちた人形を拾おうとするところであった。その人形の胸元には、小さな鈴が二個付いている。先ほど鳴った、奇妙な音色の正体はこれであった。


 旅人はポカンと口を開ける少年を前に、再度問い掛ける。


「きみ、一人でどうしたの。ご両親は、どこへ?」

「どこ? どこって、もちろんシェルターだよ」


 呆気にとられつつも、少年はさも当たり前のように返す。あまりにも素直な返答に、思わず旅人は聞き返した。


「シェルター?」

「うん、シェルター。おねえちゃん、しらないの?」

「えっと……私は旅をしてるから、この街のことについては良く知らないんだ。できれば、教えてくれると嬉しいんだけど」


 少し戸惑いつつも、少年はポリポリと頬を掻き、口を開く。


「いいよ。でも、ナイショだよ?」

「うん、内緒ね。分かった」


 旅人がそう答えると、彼は誇らしげに語り始める。


「シェルターはね、ぼくたちを『しあわせ』にしてくれるんだ」

「『しあわせ』に?」

「うん、そうだよ」


 そういうと、彼は窓へと近づき、街を見下ろす。


「にんげんには、いきられる『じかん』がきまってるんだって。いきられる『じかん』がながいと、それだけ『しあわせ』もすくなくなっちゃう。だから、シェルターをつかって『じかん』をちぢめるんだ」

「『時間』を縮める、って……どうやって?」

「カンタンだよ。みんな、しねばいいんだ」

「死ぬ?」

「そう」


 また一つ、サイレンが大きく鳴り響く。その音は少年の耳にも届いたようで、そわそわと体を細かく動かし始める。


「あのね、シェルターにはいると、ねむっちゃうんだ。ぜんぶうごかなくなって、しぬの。でも、しばらくすると、うごけるようになるんだ」

「次に目が覚めるのは、どのくらい先なの?」

「えっとね、いちねん、くらいかな」

「そんなに?」

「うん」


 驚愕する旅人の顔を、少年はまた落ち着かない様子で困り果てたように見上げる。


「おねえちゃん、そろそろぼくもいかないと。シェルターにはいらないと、ぼく、『しあわせ』になれないよ」

「ちょ、ちょっと待って。一年間、ずっと寝るんだよ? それって、怖くないの?」


 旅人の質問に、少年はきょとんとした顔で答える。


「なんで? ながい『じかん』をいきて、くるしかったり、かなしかったりするより、ぜんぜんこわくないよ。だったら、みじかい『じかん』を、たくさんたのしみたいじゃん。それに、ねてるあいだに、ほんとうにしんじゃっても、それならこわくないし」

「そんな……」


 純朴な少年の瞳にたじろぎ、旅人はその場に座り込む。


 つまり、この街の祭りとは、シェルターから目覚めた住人たちがバカ騒ぎをするために生まれたものであった。長い間、仮死状態となり過ごし、そして僅かな間だけ目を覚まし、楽しむ。人生という短い時間を、楽しむためだけに消費するのだ。


 その真実を知り、旅人は俯く。それは間違っている、と声を大にして言えなかった。『しあわせ』を定義できない以上、彼らの『時間』を否定できなかったのである。


 床にへたり込む旅人の横を、少年は足早に去ってゆく。このまま彼はシェルターへと向かい、そして、また訪れるであろう楽しい三日に向けて死ぬのだ。


 通り過ぎる少年へ、旅人は呆然としながらも、小さく問いかける。


「ねえ、きみにとって『しあわせ』って、なに?」

「え? たのしいことだよ。なんで?」


 躊躇うこともなく、即座にそう言い放つ彼へ、旅人は弱々しく微笑む。


「……そう、分かった。ありがとう、教えてくれて」

「ううん、どういたしまして。それじゃあ、またらいねん」

「うん」


 階段を降りる少年の足音が遠ざかり、やがて消えていった。旅人の耳には、今はもうサイレンの音だけが伝わるのみであった。


 三日間だけ祭りが行われる街————そこには確かに、『しあわせ』が存在していた。

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