知らない骨

myz

ちょうど帰宅して一息吐いたところだった

 ちょうど帰宅して一息吐いたところだった。

 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。

「はぁい」

 仕事着から着替える間もなく、私が玄関に取って返すと、

「あ、絹塚さんのお宅ですかー? 郵便のお荷物なんですがー」

 と、ドア越しに威勢のいい声がする。

「はいはい」

 鍵とチェーンを外してドアを開けると、郵便局の配達の制服のおじさんが日に灼けた笑顔で会釈する。

 小脇に抱えていたダンボールを胸元に抱え直すと、ボールペンを私に差し出しながら伝票の隅を示す。

「お世話になりますー、あー、ここにサインだけもらえますかー?」

「あ、はい」

 おじさんにダンボールを抱えてもらったまま、私が雑な字で「絹塚」と記すと、おじさんは伝票の一番上の一枚を手慣れた手つきで剥がし取り、

「はい、ありがとうございますー、じゃ、これお願いしますねー」

「あ、はい」

 謎のダンボール箱がおじさんの元から私の元へと手渡される。おじさんが被っていたキャップの縁を軽く上げ、熟練のスマイルで颯爽と去っていく。

「どーもありがとうございましたー」

「あ、どうもー」

 ガチャンとドアが閉まる。私は元のように鍵とチェーンを掛け直す。

 さて、こいつである。

 私はとりあえず玄関のフローリングに下ろしたダンボールを見下ろして、思案する。

 なにしろ最近通販で物を頼んだ覚えも、母から何か送って寄越すと言われた記憶もない。

 私はそのまま玄関先にしゃがみ込み、伝票の送り主の欄を確認してみるが、まったく覚えのない住所と名前だ。

 しかし、受取人の欄には、たしかに私の住所と、私の名前が記入されている。誠に奇ッ怪である。

 品目はどうだろう?

 その欄には一文字、「壺」。

 ……「壺」?

 「壺」ってなんだっけ? と数瞬私の中で「壺」という概念が混乱をきたし、あー、あの、こう、陶器で出来てる、なんかいろいろな物とかを入れとくための、でも、いまはどっちかというと美術品とかのー、その、あれね、と雑に収束する。

 たしかに箱には「ワレモノ注意」の赤い札も貼ってある。

 それにしても「壺」?

 なにか、こう、特殊詐欺とか、そういう怪しい、こう、なんかの臭いがプンプンする。

 よくよく見れば箱自体もおかしい。

 ちょうど私が胸元に抱えてすっぽりくるぐらいの直方体。底面は縦横同じぐらいの正方形で、箱の天辺が首のあたりにちょうどくる。ジャストなサイズ感だ。

 みかん箱とか、通販会社の箱とかの定型のものではない。

 むしろそういう箱を中身のモノの大きさに合わせて切った貼ったして作っているようで、面の途中の変な位置をガムテープで留めてあったりしている。

 さて、どうすべえ?

 私はまたしばらくの間、腕組みして箱を見下ろして眉根に皺を寄せてみたりするが、かといってどうなるものでもない。

 仕方がない。

 とりあえず、開けるか。

 私は自室の抽斗からカッターを持ってくると、天面を留めてあるガムテープを差出票ごと果断に切り裂き、両側面の角を留めてあるガムテープも大胆に切り裂く。

 さて、ご開帳。と、パカ、パカ、と箱を開くと、すこし青みがかって白い、つるりとした面が覗いた。

 形はきれいな円形をしている。

 その円形と箱の隙間に、クシャクシャに丸めた新聞紙が適当に押し込まれた雑な梱包。

 私の背筋にツーっとなにか冷たいものが滑り落ちていく。

 私はこれと同じものを見たことがある。

 この「壺」の中に何が収まっているのかも、分かる。

 私はそっとその陶磁の円形の縁に手をかけると、爆弾を扱う慎重さで、ゆっくりとその蓋を開ける。

 中には、かさかさとして、真っ白に白い薄片が、ぎっしりと詰まっている。

 これは骨だ。

 私の知らない誰かの、遺骨だ。


 施設に勤めていると、年に二三回ほど、こういうことがある。

 入居者の方の死に際する、ということは、私たちの仕事にとって避けられないことだ。

 そして、「終の棲家」とは言うが、実際にはもうひとつその先がある。

 身寄りのある人なら問題ない。

 速やかにご家族か、または何らか身元を引き受ける方にご連絡し、葬儀の手筈を整えてもらう。

 指定された葬儀社の方々が私たちの施設からご遺体を運び出し、各々のお宅等にお届けし、式が執り行われ、ご遺体は荼毘に付される。

 それが普通だ。

 だが、身寄りの一切いない方の場合、どうなるのか。

 私が初めてそんな体験をしたのは、よりにもよって私が施設に勤め始めてから、たった三日目のことだった。

 その方(仮にAさんとする)は、元々すでに寝たきりのような状態で施設で過ごされていて、私に担当となる入居者さんを案内してくれた先輩の職員の方は、

「あまり手のかからない方だから、安心して」

 と、Aさんのことを紹介した。

 それは事実で、食事や清拭のとき以外、Aさんは一日中、頭側をすこし起こした介護ベッドにぐったりと身を預けて、ぼんやりと窓の外を眺めているだけだった。

 それが三日目の朝。

 私が部屋の窓のカーテンを開けて、Aさんの名前を呼んでも、返事がない。

 もう一度名前を呼びながら、Aさんの腕に触れると、ひやり、と人のものではない温度がした。

 すぐに主任に報告すると、私がただ動揺してへどもどしている間に、施設のかかりつけ医に連絡が飛び、おっとり刀で先生が駆けつける。

 先生は淡々とAさんのご遺体を検査すると、一言、

「老衰ですね」

 と述べ、やはり淡々とその場で「死体検案書」という書類を作成してくださった。

「それにしても困ったわね」

 慌ただしく先生が去って行ったあと、溜め息を吐きながら主任が呟いた。

「え」

「Aさん、身寄りがまったくないのよ」

 なんでも、Aさんは元々中四国のあたりから単身こちらに越してきていた人で、長年親族とは連絡を取っておらず、そもそも親兄弟、伯父叔母従兄弟、追える範囲はすべて皆すでに鬼籍に入っているのだ、ということだった。

「え……じゃあ、お葬式、とかは……?」

「それは当然」

 私の目をじっと見つめ返して、主任が言う。

「うちでやるのよ」

 言うなり、事務所の固定電話の受話器を取り上げ、淀みなくピポパポパとボタンを押下。プルルルル、としばしのコールのあと、通話が繋がり、

「ああ、もしもし、瀧田葬儀社さんですか、はい、※※の磯貝です、はい、いつもお世話になっております、はい、はい……はい、今朝、お一方お亡くなりになりまして……はい、いつもどおり……はい、よろしくお願いいたします、はい、失礼します」

 と、一切の滞りないツーカーのやりとりが行われ、

「はい」

 と、私の手元にさっき主任に渡したばかりの「死体検案書」がふたたび戻ってくる。

「はい?」

「あなたはそれを持って市役所で火葬の許可を取ってきて頂戴。私は瀧田さんの対応をするから」

「えっ……と、あの」

「市民課で書類を見せれば分かるから。段取りが着いたら連絡してね」

 あと、これ必要になると思うから、持って行って、と施設名と住所が一発で押せる細長いゴム判と施設印を私は主任から手渡されて、じゃ、という一言と共にそのまま放っぽり出され、施設の社用車の箱バンをおっかなびっくり運転し(免許取り立てのころだった)、十五分ほどで市役所に着く。

 庁舎に入ってすぐ正面が市民課の窓口で、私がつっかえつっかえ、あの、わたくし特別養護老人ホーム※※の絹塚と申しましてー、あっ、お世話になりますー、あのー、そのー、今日施設で亡くなった方がおりましてー、ですけどこれが身寄りのない方でー、とか言いながら「死体検案書」を差し出すと、窓口のいかにも事務職員といった風貌の黒縁眼鏡の男性職員の方が、

「ああ、はい、それはご愁傷さまです」

 と、慇懃に対応してくれる。

「火葬には「火葬許可証」が必要となりますので、こちらの書類にご記入をお願いします」

 差し出された書類に、その職員の方に教えられるまま必要事項の記入を済ますと、書類の一番下には、住所、氏名、そして印の欄。

 ああ、ここで要るのね、と私は主任から授かったゴム判をペッタンペッタンと住所氏名のところに押し、最後に施設印をよく湿った朱肉を使わせてもらって印のところに押すと、謎の爽快感があった。

「はい、こちらで結構です。いま書類をお出ししますね。それと、火葬場の空きを確認しますので、しばらくお待ちください」

 そう言われて、私は窓口から離れ、壁際のソファに腰を下ろすと、ぼけーっとさっきの職員さんが立ち働くのを眺める。

 私の書いた書類を見ながら、手早くパソコンでなにか操作すると、プリンタの前に。出力された書類になにか印鑑をグッと押すと、次はデスクの電話でどこかと手短に通話する。

「※※さん」

「はいっ」

 施設名で呼ばれて、私がふたたび窓口に戻ると、

「お待たせしました、こちら「火葬許可証」になります。火葬場で提出してください」

 と、うちの市の市長名でデンと「死体埋火葬許可証」と記された書類が私の手元に渡る。埋めるのにも許可がいるのか。

「それと、火葬場ですが、今日の三時に空きがありました」

「今日」

「はい」

「三時」

 あまりにスピーディーなタイム感に私はたじろぐが、

「はい、そこに入れておきましたので、よろしくお願いします」

 と、職員さんはあくまで丁重に、平然と言ってのける。

 私はなんだか軽く放心しながら席を立つと、施設に連絡を入れる。

『はい、お電話ありがとうございます、※※の磯貝です』

 出たのはちょうど主任だった。

「あ、主任、絹塚です。「火葬許可証」、もらえました」

『ああ、絹塚さん、おつかれさま。火葬場の方はどうだった?』

「今日の三時だそうです」

『三時ね。わかりました。まだ結構時間もあるし、じゃあ、あなたも一旦戻ってきて頂戴』

「あ、はい、わかりました」

 通話が切れる。

 私は思わず、ぷしゅー、と溜め息を吐き、気を取り直して、またえっちらおっちら車を運転して施設に戻る。

 施設では、すでに葬儀社の方々がご遺体を一旦引き取って行ってくれた後で、Aさんの部屋だった部屋はがらんとしていた。Aさんには私物と言える私物もなかったので、もうAさんがそこで過ごしていた痕跡はすっかりない。

 主任の言ったとおり、午後の三時まではまだしばらく時間があったので、私はそれまで上の空で施設の仕事をこなす。

「そろそろ行きましょうか、絹塚さん」

「あ、はい」

「「火葬許可証」、ちゃんと持ったわね?」

「あ、はい」

 適当な時間に主任に声をかけられ、二人で車に乗り込む。運転は主任がやってくれた。

 火葬場はうちの市と隣の町が合同で建設・運営している施設で、隣町との境の低い山の中腹にある。

 そういえば、おばあちゃんのお葬式で行って以来だな、とぼんやり私は思う。

 広々とした駐車場は、亡くなった人によっては満杯になることもあるだろうに、そのときは空っぽ。

 火葬場の入り口にはすでに葬儀社の黒いバンの霊柩車が到着していて、社員の方々が二人、ご遺体の入った白木の棺桶を、車の後部から運び下ろすところだった。

 そちらに一声かけて、私たちは火葬場の事務室に向かう。

 主任が職員の方とすっかり馴染みの風に挨拶を交わす後ろで、私はおどおどと頭を下げる。

「絹塚さん、「火葬許可証」を」

「あ、はい」

 私が主任に手渡した「死体埋火葬許可証」が、さらに火葬場の職員さんの手に渡る。

「はい、たしかに。承りました」

 禿頭のおじさんの職員は書類をざっと見てひとつ頷くと、

「じゃ、行きましょうか」

 私たちを火葬の窯の方へ促す。

 窯の前では実際に窯の中に入るキャリーの上に、葬儀社の方々と火葬場の係の方の手によってAさんの棺が移し替えられていて、

「じゃ、自分らはこれで」

 葬儀社のお二人がキャップを取って、こちらに一礼する。

「はい、お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします」

「あ、ありがとうございました」

 慣れた物腰で礼を返す主任の後ろで、私もぎこちなくお礼をする。

「それでは、窯に入ります」

 火葬場の係の人が、確認するように言い、キャリーに付いたバーをグイッと力を込めて操作しながら、窯の中に押し入れる。

 傍の壁にあるスイッチが操作されて、窯の扉がピッタリと閉まる。

「それでは、どちらの方か、点火のボタンを」

「絹塚さん」

「えっ」

「あなたが担当者でしょ」

「あっ、はい」

 さも当然のごとく主任に促され、私は窯の前に進む。

「こちらの赤いボタンになります」

「はい」

 係の人の指示を受け、私は操作盤の中でもとりわけ大きな赤いボタンを、すっと押す――

 生まれて初めて、私は知らない他人を燃やすスイッチを押した。

「はい、それでは、焼けるのに三十分ほどかかりますので、それまで待合でお待ちください」

 係の人が恭しく頭を下げる。

 待合スペースは、リノリウムの床にソファと観葉植物が点々と置かれた広々とした空間で、奥には上がれる座敷もある。

「はい、絹塚さん、おつかれさま」

 私がそのソファのひとつに腰掛けてぼけーっとしていると、主任が備え付けの自販機から買ってきた缶コーヒーを差し出してくれる。

「あっ、ありがとうございます」

 微糖の、甘すぎも苦すぎもしないやつ。ブラックは苦手なので、助かった。

 主任も私の隣に座ると、自分の分のコーヒーの栓を開けて、一口含む。

 そのまま、なんとも言えない沈黙が下りる。

 おばあちゃんのお葬式のときはどうだったかな、と私は思い出す。

 待合ももっと賑やかだったはずで、奥の座敷ではケータリングのお寿司なんかも取って、和やかにおばあちゃんのお骨が焼けるのを待った記憶がある。

 だけど、いまは広い待合のスペースの中に、私と主任の二人だけだ。

 これは、お葬式と言えるんだろうか。

 Aさんは、これでちゃんと何処かに辿り着けるのだろうか。

「絹塚さん」

「は、はい」

 主任が不意に私の名を呼ぶ。

「まだ三日目なのにこんなことになって大変だと思うけど」

 私の顔を見ずに、前を向いたまま、淡々と言う。

「今後もこういうことは度々あると思うから、あなたも勉強だと思って。ね?」

「……はい」

 それ以上、会話はなかったけれど、三十分という時間は思ったよりも流れるように早く過ぎて、係の人が私たちを呼びに来る。

「お骨が焼けましたので、こちらにどうぞ」

 促されて入った窯のある部屋の隣室には、すでにキャリーが運び込まれていて、その上には生々しく、Aさんのお骨が横たわっていた。

 細かい部分は燃え尽きたのだろうけれど、頭、胸骨や肋骨、両腕、両脚ははっきりと分かる。

 そんな風になっても、顔面の眉の辺りの骨格が秀でたAさんの面影はたしかにそこに残っていて、ああ、やはりこれはAさんなのだなあ、と私は実感する。

「それでは、爪先の方から順に、骨壺にお願いします」

 係の人が私と主任に、長い竹の箸と、木の箸を一揃いずつ手渡す。

 台に近づくと、まだそこにはむっとするような熱気が残っていた。

 それに耐えながら、足の先から順番に、火葬場が用意してくれた、おそらく一番簡素な円柱形の陶磁の壺に、私と主任はAさんのお骨を詰め込んでいく。

 最後に頭蓋骨の天辺の骨を乗せると、係の人が壺の蓋を閉じる。

 やはり最も質素なのだろう白木の箱にそれを納めて、布袋で包み、私たちに手渡してくれる。

「ご苦労さまです」

「お世話になりました」

 互いに挨拶を交わし、私たちはまた事務室に寄る。

「おつかれさまです。それじゃあ、これ」

 さっきの禿頭の職員さんが、さっき提出したはずの「死体埋火葬許可証」を主任に手渡してくる。その端には、「火葬済」の印鑑。

「これからこれを持ってまた市役所に寄るわ」

 主任が言う。

「無縁墓地に入れる手続きをしないといけないの」

 帰りの道中でも、運転は主任がしてくれた。

 私はAさんの骨壺を抱いている役目。

 Aさんを焼いた熱はまだ確かに残っていて、骨壺と、桐箱と、布袋を通して、私の体をじんじんと温めてくる。

 人を焼いて作る懐炉の温もりなんて、私は知りたくなかった。

 役所に着くと、さっきの市民課よりも奥まったところにある、福祉事務所、という窓口に私と主任は向かった。

「すみません、特別養護老人ホーム※※の磯貝と申します」

 主任が声をかけると、ふくよかな男性職員が応対してくれる。

「無縁墓地の申請をしたいのですが」

「あー、身寄りのない方」

「はい」

「じゃあ、こちらの依頼書にご記入をー、あ、「埋葬許可証」は」

「こちらです」

 ちらっと主任から視線を飛ばされ、私は慌てて「火葬済」の印鑑付「死体埋火葬許可証」を主任に手渡し、それがそのまま職員の方の手に渡る。

「あー、確かに。それじゃあ、ご記入をお願いします」

「はい」

 窓口に着席した主任が慣れた仕草で記入を終え、書類を職員さんに提出する。

「あー、はい。承りました。えーと、仲本くん」

 書類を手に持った職員さんが後ろを向いて誰かの名を呼ばわる。

「はい」

 応えて歩み寄ってきたガッシリとした体格の若手職員さんに書類を手渡し、

「これ、書類作っといて」

「あー……はい、わかりました」

「それじゃあ、行きましょうか」

 私たちの方に向き直って、言う。

 私たちとその職員さんが、私たちの車と市の車で分乗して向かった、市の管理する無縁墓地は、さっきの火葬場よりも少し山を登った中腹にあった。

「いやー、それにしても大変ですね」

 入り口の鉄柵の南京錠をガチャガチャしながら、職員さんが言う。

「うちは二千円付くんですよ」

「え?」

「いえね、ご遺体に触る職務をすると、二千円の手当が付くんですよ」

「はあ」

「世知辛い世の中ですよねえ」

 それが、身寄りもなく亡くなったAさんを慮ってのことなのか、自身が受ける手当の薄さを嘆いてのことなのか、私には分からなかった。

 無縁墓地は山の中腹を抉ってコンクリートで舗装して、そこにいくつかの室を設ける形で作られていて、その扉のひとつに私たちは案内された。

「ここならまだ空きがあったはずです」

 またガチャガチャと鍵を開けると、その暗闇の中には、同じような骨壺、骨壺、骨壺。だがその間に確かにまだ収納できるスペースがある。

 私が抱いていた箱を下ろして布袋を解き、Aさんの骨壺をその隙間に押し込むと、

「はい! おつかれさまです!」

 と、奇妙に朗らかに職員さんは言った。

 納骨堂の扉はふたたび閉められ、鍵がかけられる。

 三人揃って、一応手を合わせながら、私はやはり思った。

 Aさんは、これでちゃんと何処かに辿り着けるのだろうか――


 ぶるっと私は身を震わす。

 鮮明な記憶のフラッシュバックから立ち戻って、目の前の壺を目にする。

 慌てて蓋を閉じると、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して、グビグビと一気飲みする。

 フゥーッ、と一息吐くと、ふつふつと湧いてきたのは、怒りだった。

 なんとことを、なんてことをしやがるんだ、こんちきしょう。

 知らない人の所に知らない人の骨を送り付けるなんて。

 というかちょっと待て、遺骨って宅配できるのか?

 ふと冷静になり、私は自室に戻りPCを立ち上げ、グーグルで「遺骨」、「宅配」と検索してみる。

 すると、宅配便で通常遺骨は取扱いできないが、郵便局だけは対応してくれる、というアンサーが花丸で出て来る。

 人生において特殊すぎる局面でしか役に立たない知見を得て、私はそのアンサーにいいねを押す。

 かと言って、この厄介ごとが片付くわけではない。

 かくなる上は送り返してくれる、と思うが、やはりここで冷静になり、差出票の住所を検索してみると、案の定、存在しない出鱈目な住所だった。

 さてさて、どうすべえ。

 一番は私がご近所のお寺にでも無縁仏として持ち込むことだが、生憎明日も仕事だ。

 そして、休みの取れる日までこの誰とも知れないご遺骨と夜を共にすることは、私はご勘弁蒙る。

 考えあぐねた私は、またグーグル先生に頼る。

 私の自宅の近所の、ありそうで実は存在しない絶妙な番地を検索し、名前は適当なものを考える。

 送り先は、近いとなんか怖いので北海道辺りの、適当な市と通りの番地を検索し、宛名は御中で済ます。

 翌日私は朝一に一時間だけ時間給を取って、最寄りの郵便局に寄る。

 メモしておいた差出人と受取人の表記を差出票に書き写し、ガムテープを貼り直したダンボールに貼りつけ、窓口に持っていく。品目には、「陶磁器」。

「すみません、これ、お願いしたいんですけど」

 職員さんに申し出ると、ひょっとして咎められるんじゃないかと内心怖かったが、職員さんは、

「はい、ゆうパックですねー」

 と自然に対応し、サイズと重量を計り、代金を私に請求してきた。

 小銭が余りまくっていたので、ピッタリその料金を払い、私はそそくさと郵便局を出た。

 私の次の人、恨むんなら、最初の人にしてくれ。

 そう思いながら空を見上げると、雪の一片が目の前を過ぎった。

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