最終話
翌日。
「…優希さん、おはよう」
「…おはようございます」
「…今日…家出るの?」
「いえ。…あの。…真純さんの愛する人に…会わせてもらえませんか」
「…うん。…僕も会ってほしいと思ってた。三人で話したいって」
浮気相手と妻と自分。なんとも気まずい組み合わせだが、それでもちゃんと話さなければならないと思う。
「…今日、話つけてくるね」
「はい。…お願いします」
浮気相手と会うというのに、彼女は至って冷静だ。ずっと騙されていたというのに。
「…行ってきます」
「…はい。行ってらっしゃい」
今日で別れるというのに、そんな雰囲気は一切なく、いつものように家を出た。
「"海堂さん"おはようございます」
「…おはよう。"満島くん"」
会社では僕らは苗字で呼び合っている。元同級生ではあるが、会社では先輩後輩の関係だからと彼は僕に敬語を使う。
「…満島くん、今日暇?」
「…珍しいですね。先輩から誘ってくるなんて」
「いや…大事な話があるんだ」
「…大事な話…へぇ」
彼の表情が曇る。もう終わりにしようと言われると思っているのだろう。
「…暇だよな?」
「…暇じゃないって言ったら逃がしてくれます?」
「今日が駄目なら空いている日を教えてくれ」
「あー…逃げるのは無理な感じ?」
「あぁ。諦めてくれ」
「…はーい。わかりました。じゃあ仕事終わったら待ってます」
「お前何したんだよ」と同期から心配される彼を他所に仕事を始める。
「ふぅ…。…おつかれ。満島くん」
「…お疲れ様っす」
今日は定時に上がれた。彼も残業は無く、同じ時間にタイムカードをきる。
「…で?大事な話って何?」
「…妻と離婚することになった」
「……は!?」
彼の驚いた声があたりに響く。なんだなんだとすれ違う通行人が僕らに視線を向けた。
「…しー」
「は、はい。…バレたの?」
「…バレた。…で、話した。全部。…そしたら彼女に、君の元へ行けと言われたんだ」
「え…」
「…これから君を妻に…いや、元妻に紹介する」
「…いや、待て待て。浮気相手の男を妻に紹介するとか、正気か?」
足を止めてしまう彼。腕を引き、強引に歩かせる。
「元はと言えば君が強引に迫ってきたんだ。責任取れ」
「責任取れって…」
「…僕は彼女の想いに応えると決めた。…それが僕に出来る償いだ」
隣を歩く彼の手に指を絡める。彼はびくりと跳ね、あたりを気にするようにきょろきょろとした。
そのまま強めに彼の手を握る。
「…光輝…共に戦ってくれないか。世間から向けられる偏見や差別と」
「…は…?」
きょとんとしてしまう彼を真っ直ぐに見据え、想いを伝える。
「…僕は妻と別れて、君を選ぶことにしたんだ」
「っ…んだよそれ…お前…ずっと…」
泣き出してしまう彼にハンカチを渡す。
「愛してるのは妻だけだとか…言ったくせに…」
「…ごめん」
「ごめん…って…」
僕はクズだ。愛する人を二人も傷つけたクズだ。
それでも、僕が傷つけた二人はこんなにも僕を愛してくれている。
罪を償う方法は、その愛に応える以外にない。
「光輝。好きだ。僕は君が好きだ。愛してる」
そう伝えると彼は、泣きながら僕の手を痛いほど強く握り返した。そして彼は僕を睨みつけながら言う。「次裏切ったら殺してやる」と。
僕はその殺意を真っ向から受け止めこう返す。
「僕はもう、この手を離したりしない」
僕はもう二度と、愛する人を捨てて逃げたりしない。彼と共にこの世界で、この国で生きる。
世間から向けられる偏見や差別に真っ向から立ち向かってやる。
僕をクズだと罵ってくれ 三郎 @sabu_saburou
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