最終話 君は君のまま

 その朝はキズナオールSを召喚した。

衛生部隊からお願いされていたのを思い出したのだ。

北の工場地帯では、いまだに間断的な魔物の攻撃が続いている。

これさえあれば命を落とさなくて済む兵士がたくさんいるのだ。


「ふぅ……」


 魔法陣から現れたキズナオールSの大きなチューブを手に取るとため息がこぼれた。

自分の行動に主体性がなくなっていることを実感しているからだ。

以前は召喚するときにもっとワクワクしたものだけど、今はそんな気持ちにはなれない。

わかっている、俺の望むものはもう二度と召喚出来ないのだから……。


 アリス……もう一度お前を召喚出来るのなら、この力を永遠に失ったってかまわない。

豊穣と知恵の女神デミルバよ、願わくばもう一度アリスを……。


(……)


「女神さまのお返事はなしか」


 思わず乾いた笑いが漏れてしまった。

情けない自分を笑わずにはいられなかったのだ。

それでも俺は強く願わずにはいられなかった。


「豊穣と知恵の女神デミルバよ! 貴女との約定において嘆願する! アリスをもう一度この世界に呼び出してくれ!!!!」


 普段の呪文とは違うのだが、魔法陣は通常通りに展開してまばゆい光が収縮していく。

そしてそこに現れたのは……アリス?


####


名称: 汎用型オートマタLD-07(石山播磨灘重工製作(いしやまはりまなだじゅうこう))

通称: リンダ

説明: 魔力を動力とした汎用型オートマタ。エネルギーは魔石及び、空中の魔素を自動収集するハイブリッド型。S型第六世代AIを搭載。仕事、家事、育児、戦闘、恋愛、スポーツと幅広い分野で貴方の心強いパートナーになるでしょう。

以下説明が続く――。


####


 アリスじゃ…………ない……。


 現れたのはオートマタだったけど、アリスではなかった。

長髪の黒髪をしていて顔もアリスとは似ても似つかない。

体型もややふくよかだ。

俺はその場にがっくりと膝をついてしまった。


キュイーン


突然、異音が響いてオートマタが目を開いた。


「この度は石山播磨灘重工(いしやまはりまなだじゅうこう)製、汎用型オートマタLD-07をご購入いただきありがとうございます。これより所有者登録を開始します」


 これはアリスを初めて召喚したときと同じ音声ガイダンス。

ただ型番が違うけど……。


「まずは人間のへその位置にあたる部分に親指を軽く押し当てて下さい」


 いまさら違うオートマタを手に入れたいとは思わないけど、このままにするのもどうかと思う。

しばらく悩んだ末、俺はこのオートマタを起動することにした。

このオートマタが時空間接続で石山播磨灘重工のデータベースにアクセスすれば、アリスを復活させる糸口が見つかるかもしれないと判断したのだ。


 右の親指の腹で、オートマタのお腹の凹みを軽く押すと再び声が聞こえた。


「指紋認証が完了しました。続きまして網膜スキャンを開始いたします。オートマタの目から三〇センチの距離に所有者の顔を持ってきてください」


 これも以前と同じか。

オートマタの目から赤い光が走ったかと思ったら網膜スキャン完了の音声が流れた。


「お客様の登録情報を確認。レオ・カンパーニ様、いつも当社のオートマタをご使用くださいましてありがとうございます」


 そんなセールストークにイライラしてしまう。

俺としてはさっさと起動して時空間接続をしてほしいのだ。


「旧モデルAL-28のバックアップデータが存在します。データを新モデルに反映させますか?」

「え!?」


 その言葉は俺にとって青天の霹靂、心を打つ雷鳴の轟(とどろき)だった。

俺は震える声で質問する。


「それは、このオートマタにアリスの記憶を移すってこと?」

「そのように解釈していただいて構いません。その代わり第六世代から搭載された一部の新機能が使えなくなる制限がございます」

「かまわない! データを反映させてくれ!!」


 即答だった。


「承知しました。バックアップの転送に30分かかりますが、その間オートマタを過度に動かさないようにお気を付けください」


 待っている間、新型オートマタの新機能をずっと説明されたけど、ほとんど頭に入ってこなかった。

ただ祈るような気持ちでアリスが目覚めるのを待っていたんだ。

そして、目の前の彼女が目を開いた。


「レオ様、大変です! 私の胸がAからCに!!」


 間違いなくアリスだよ……。

姿かたちは違うけど声はアリスのままだった。


「おかえり、アリ……ス……うっ」


 こらえきれずに泣き出した俺をアリスが優しく抱きしめてくれる。

切ない思いを言葉にできず、俺はただ無言でしばらく泣いた。


「申し訳ございませんでした……」

「本当だよ。何も告げずに行ってしまうなんて、アリスは勝手だ」

「そうなのですが、第二皇子のノックが謀反をたくらんでいる情報を得まして、この機を逃すと結婚がさらに延期される恐れがありました」

「それって大変なことじゃ……」

「御心配には及びません。情報は陛下にリークしておきましたので」


 それなら陛下が何とかなさるか。

ことを大事にするよりも陛下に任せておいた方がいい。

ただ、これによってノック殿下が粛清されることにでもなれば、確かに結婚式のやり直しをすぐというわけにはいかなかったかもな……。


「それで、結婚式の映像などは残っていないのですか? 特戦隊に結婚式から新婚旅行の様子までを撮影するように命令しておいたのですが」

「式は中止にしたよ」

「そんな!?」

「アリスがいなくなった時点で異変に気が付いたからね」

「……勘のいいレオ様は嫌いです」


 アリスがちょっと不機嫌になる。

以前とは顔が違うのだけど、ふくれっ面の口元に面影が重なった。


「結婚式なんてやり直せばいいだけじゃないか」

「そうでございますね。私もそれに賛成です。どうせなら式に参加したいですし。いい機会ですからお色直しのドレスも作りましょう! AIがバージョンアップされたせいか新しいアイデアが次々と湧き出て止まりません」


 ワクワクとはしゃいでいるアリスの手を取って、俺は黒い瞳を見つめた。


「それだったら、ウェディングドレスをもう一着作ってくれないか?」

「まあ! レオ様を見直しました。私が活動を停止している間に側室が増えたとは」


 俺はうかれるアリスの瞳を真剣に見つめた。


「そうじゃないよ。新しいドレスはアリスの分だ」

「えっ……」

「アリス、もうどこにも行かないでくれ」


 それが俺の心からの願いだった。


「ずっと俺と一緒にいてくれないか?」

「はい……。うれしい、これが真のトゥルーエンド……。アリスは誰よりも幸せなオートマタです」


 アリスの瞳から二筋の涙がこぼれている。


「第六世代は泣くこともできるんだね」

「私が……泣いている?」


 不思議そうな顔をしているアリスの首に俺はペリドットのペンダントをそっとかけた。

そして、引かれあうように互いの唇を重ねた。


「ん……」


 息も詰まるような長いキス……。


「ん…………んん?」


 アリスの腕が首の後ろに伸びて、俺をがっちりとホールドする。


「んん……アリ……ス? ん………………プハァ」


 かなり長い時間をかけて、ようやくアリスが放してくれた。


「お、おい?」

「第六世代になって肉食系度がかなりアップされたようです。胸の大きさに比例して濃厚な交流を求める気持ちが上がったようでございます」

「そういうものなの?」

「嘘でございます」


 こいつ……。


「これまでの思いが大きかった分、長いキスになっただけでございますよ」


 そんな風にストレートに思いを伝えられるのが俺も嬉しかった。


「焦ることはないよ。これからも時間はたっぷりあるのだから」

「そうでございますね……。さて、それでは活動を開始いたしましょうか」


 そうだ、まだ朝日は上がったばかりだ。


「まずは何から始めようか?」

「レベッカ様に胸を自慢します」


 最初にそれ?


「おまっ、あいつとは仲間じゃなかったのか? 控えめなエロスとか言って同盟を結んでいたのに」

「あんなものは一時の方便……」


 なに視線を逸らしているんだよ? 

お前は乱世の武将か? 

同盟破棄は日常茶飯事か!?


「さあ、参りましょう!」

「おい、待てよ」


 小走りで部屋から駆け出すアリスの背中を俺は追う。

幸せをかみしめながら。

窓から入る風に野いばらの爽やかな香りがまじっていた。


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皇女殿下の召喚士  長野文三郎 @bunzaburou

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