第132話 陽だまりの中で

 上空のスカイクーペからだとカルバンシアの戦闘の様子がよくわかった。

防衛部隊は新設の壁に拠って巧みに戦いを進めているようだ。

建設が始まったばかりの人工魔石工場は無事なようである。

魔物の数は1万以上と聞いていたけど、思っていたより少ない。

それだけ戦闘が進んでしまったということだろうか?


 緊急着陸をして、現場の責任者であるバルカシオン将軍と合流した。


「戦況はいかがですか?」

「なんとか凌いでおります。魔物急襲の連絡が早かったおかげで余裕を持って対処できました。軍用魔導列車や数々の防衛装置が上手く機能しています」

「そうですか。ところでアリスはどこでしょうか? こちらに来ているはずなのですが」

「それは……」


 将軍の表情が苦渋に満ちたものになる。


「バルカシオン将軍?」

「アリスは……」


 将軍の手がゆっくりと持ち上がり、指が真北を指し示した。


「敵の主力はあちらから6000の数で南下してきました。あれがまともにぶつかっていたら、いくら強化した城壁でも持たなかったでしょう……」


 どういうこと? 

頭が最悪の状況を否定して真っ白になっている。


「アリスは……」

「レオ様を頼みます、とだけ言いおいて、スルスミと共に敵の真っただ中に単騎で突入しました」


 そんな……。

そんなことをすれば、いくらアリスだってただではすまない……。


「レオ? どこに行くの!?」


 制止するフィルの声が聞こえたけど俺の足は止まらず、一瞬ののちに、もう壁を飛び降りていた。



 凸型に張り出した城壁なので魔物は三方から押し寄せてくる。

だけど主力がいたとされる北側の敵は明らかに少ない。

これをみんなアリスが? 

フレキシブルワンドを槍の形に変えて敵の中を切り進む。

おびただしい魔物の躯が道標となって、アリスが通った道を示している。

締め付けられるような思いに駆られながら、その道を辿った。


「アリス! アリス! どこにいる!? 返事をしてくれ!!!!」


 俺の呼びかけにアリスは答えてくれない。

代わりに巨大なナメクジの魔物が襲い掛かってきた。


「邪魔だっ!!!!」


 怒りと共に斬撃を魔物にたたきつけ、胴体を真っ二つに切った。

酸性の体液が飛沫となって俺の頬を焦がしたけど、俺は一顧だにせずアリスを探し続ける。


「アリーーーーーース!!!!」


 どこだ? 

どこにいる? 

周囲に目を凝らすと木々の間から煙が立ち上っているのが見えた。


「あれは……」


 焦燥に駆られるままに走り寄ると、それは間違いなく大破したスルスミだった。

右側の脚部が二本とも引きちぎられたようになくなっていて、全体が大きくひしゃげている。

上部には大きな亀裂が走り、機体の内部が見えていた。


「アリス……」


 静かに呼びかけながらスルスミの中を覗いてみたけど、コックピットにアリスの姿はなかった。


「良かった……」


 俺は安堵の思いでスルスミを亜空間にしまう。

これほど大破しているので元通りになるかは疑問だったけど、とりあえずは試してみるしかないだろう。


(レオ様)


 ふいにアリスに呼ばれた気がした。


「アリス?」


 だが振り向いてもアリスの姿はない。

ここは魔物の屍が折り重なっているだけで随分と静かな場所だ。

このエリアにいた魔物は倒されるか、別の場所へと移ってしまったのだろうか?


(レオ様……)


 もう一度アリスに呼ばれた気がした。


「アリス、そこにいるのか……?」


 自分の直感を信じて茂みをかき分けて進む。

針葉樹の森は薄暗く、キイチゴのつるが背丈の高さまで茂っていて視界は悪かった。

俺はフレキシブルワンドを山刀の形にして藪を切り払いつつ奥へと分け入った。


 そうやってしばらく行くとふいに開けた場所に出た。

木々も少なく上の方からは陽光が差し込み、そこだけが明るい広場のようになっていた。

そして、アリスはその空き地の真ん中にいた。


「アリ……」


 嗚咽がこみ上げて言葉にならない。

アリスは……、アリスは胸から上だけの姿になって大地に転がっていた。


「なんで……」


 なんで? 

そんなことはわかりきっている。

工場とみんなを守るため、そして俺のためにだ。

だけど、どうして俺に伝えてくれなかった? 

結婚式? 

そんなものは中止になっていたってかまわなかった。

たとえ婚期が伸びたとしても、お前を失うことと比べたらどうということもない。

いや……アリスを失うくらいなら……。


「なにがトゥルーエンドだよ……。こんなバッドエンドを俺は望んでないぞ」


 普段から主人を振り回してばかりのオートマタだったけど、アリスはいつだって俺のために行動してくれていた。

そのくせ第五世代S型AIは最後の最後でエゴイストだったのだ。

俺にはそれが腹立たしくもあり、愛おしかった。


「さあ、もう帰ろう」


 俺は胸像みたいになってしまったアリスを抱き上げる。

その首には、いつか俺が贈ったペリドットのネックレスが輝いていた。


「アリーーーーーーーース!!!!」


 俺の叫び声は虚しく、北の原野にこだました。



 魔物の襲撃から一カ月が過ぎて、表面上の俺は普段と変わらなく過ごしていた。

いや、前よりもさらに精力的に仕事に打ち込んでいる。

アリスが守ってくれた魔石工場を一刻も早く稼働させたいと無理やり思い込むことで、沈みそうになる感情をなんとか浮き上がらせている状態だ。


 でも実際は、目覚めてアリスを探し、彼女がもうどこにもいないことを思い出してから始まる苦痛の毎日だ。

最近ではぼんやりしているせいでルーティンワークの召喚すら忘れてしまうことが多い。


 わずかな期待を持ってアリスを亜空間に入れたけど、元に戻る様子はいっこうに見られない。

スルスミの方は順調に修繕されているというのに……。

復活不可能なほどに破壊されているということなのだろう。


 部品を集めれば何とかなるかもしれないと思い、毎日北の森まで出向いてばらばらになったアリスの亡骸なきがらを探しているけど、最近では部品一つ見つからなくなった。

見つかったものはすべて亜空間に収納しているけど、それらがくっつく兆(きざ)しすらない。

そろそろ諦めなくてはならないのかな……。


 貴族や皇族の間では結婚式のやり直しをという声もちらほら出ているそうだが、フィルたちが頑なに拒んでいると聞いた。

きっと気落ちした俺を気遣ってくれているのだ。

これ以上彼女たちに迷惑をかけるわけにはいかないよな。

しっかりしなきゃいけないことはわかっているんだけど……。

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