第131話 アリスの行方
「アリス、応答してくれ。どこにいる?」
通信機からは何の反応も返ってこない。
「アリス、どうした? 何があったんだ?」
何度も呼び掛けるけど、スピーカーは虚しく風が吹き抜けるような音をさせるだけだ。
だけど、そこに別の回線がいきなり割り込んできた。
(カンパーニ様、クロードです)
遠慮がちに送信してきたのは警備責任者を任されている特戦隊のクロード大尉だ。
「どうした大尉?」
「アリス様でしたら、先ほど正面玄関から外に出ていかれましたよ」
アリスが出ていっただと?
楽しみにしていた結婚式を見ることもなく、そんなことをするなんて……。
「それはいつのこと?」
「もう20分くらい前です」
俺は通信機に向かって聞いてみる。
「他にアリスを見たものはいないか?」
すぐに反応があった。
(こちらラナ曹長です。あの……)
「どうした、ラナ曹長?」
(先ほどアリス様がいらっしゃいまして、スカイクーペでおでかけに)
「なんだと?」
式が終わったら俺たちはスカイクーペに乗り込み、帝都内をパレードする予定だった。
そのために大神殿の近くに駐車して、ラナ曹長たちに警備してもらっていたのだ。
アリスはもうパレードの準備に?
「ラナ曹長、アリスはどちらの方へ行った?」
(それが……飛行モードで発進されまして、城の方へ)
「なんだって!?」
これはどう考えてもおかしい。
帝都内を飛行することは法律によって禁じられているのだ。
だから俺も普段は郊外で離発着をするようにしている。
たとえ貴族であっても帝都内の飛行は許される行為ではない。
そのことはアリスも知っているはずなのに……。
(申し訳ございません! 私はてっきりカンパーニ様のご命令だと思いまして)
アリスは特戦隊にとっては上官にあたる立場だ。
なにせ指導教官として特戦隊にあらゆる技術を叩き込んだのは他ならぬアリスである。
これはラナ曹長を責めるわけにもいかないだろう。
再びクロード大尉から通信が入った。
(カンパーニ様、アリス様の行方がつかめました)
「どこにいる?」
(それが、城で腕木通信を使ったとの報告がありまして)
「送信先と送信内容は?」
(送信先はカルバンシアです。送信内容はただいま問い合わせ中です。なにせ、アリス様ご自身が通信をしたので、信号手も内容をわかっておりませんでした。アリス様は通信を終えるとそのままスカイクーペで北へ向かって飛び立たれたようです)
「了解だ。内容が分かったらすぐに知らせてくれ」
フィルが心配そうに身を寄せてくる。
「レオ、状況を考えるとカルバンシアで何かあったような気がするのですが」
「うん、俺もそう思う」
アリスは偵察衛星で常にカルバンシアを見守っている。
だとしたらいち早く彼の地の危機を察知して動き出した可能性は高い。
俺は、朝からずっと笑顔だったアリスが控室で一瞬だけ難しい顔をしたことを思い出す。
ひょっとしたらあのとき、アリスは何かを察知したのかもしれない。
アリスが姿を消したのもあの直後だ。
「だったらなんで私たちに報告しないのよ」
レベッカが少し怒りながら唇をかむ。
「たぶん、結婚式を中断させたくなかったからだ」
それ以外の理由を俺は考え付かなかった。
今や式場はざわざわとどよめき、ただならぬ雰囲気を参列者たちは訝しんでいる。
俺と花嫁たちは頷きあって陛下の前へ進み出た。
「何事だ、レオ?」
鋭い目つきだが、冷静な態度で陛下が質問してきた。
「このような大事な式を中断して申し訳ございません。どうやら、カルバンシアで何事かが起きているようでございまして」
「というと?」
「未だ詳細はつかめておりませんが、かなり深刻な事態かと……」
アリスが結婚式を放り出して自ら出向いたのだ。
そうとしか考えられない。
「ふん、憶測で大事な式典をぶち壊すとは、カンパーニ卿は少々増長しているようだ」
文句を言ったのは第二皇子のノック殿下だが、俺はその言葉を無視して陛下にお願いする。
「ただいま配下の者が詳細を探っておりますので、もう少々ご猶予を」
俺と花嫁たちはいっせいに頭を下げた。
「……よかろう、この場は余が収める。レオは事態の究明に全力をあげよ」
「はっ」
陛下のお言葉に甘えることにして、俺はいったん控室へと戻った。
じりじりするような20分が過ぎて、再びクロード大尉から連絡が入る。
「カンパーニ様、アリス様が送った腕木通信の内容が判明しました」
「それで?」
「大変です。カルバンシアの北方80キロ地点に魔物が集結しつつあり、徐々に南下してきております。その数、およそ1万以上」
やっぱりか……。
「カルバンシアの方はどうなっているかわかる?」
「腕木通信で問い合わせましたところ、アリス様の警告を受けてバルカシオン将軍が迎撃態勢を整えている最中だそうです」
「わかった。俺も大至急カルバンシアへ戻る。その旨を腕木通信で送ってくれ」
アリスのやつ、俺に心配をかけさせないために一人でカルバンシアへ帰ったんだな。
無茶をしなければいいけど、あいつが自重なんてするわけがないんだ。
あいつはいつだって……いつだって俺のために……。
「くそっ!!」
気持ちが高ぶってつい大声を上げてしまった。
こうなったらすぐにでも出発しなければならない。
せめてフィルにだけは伝えておこうとしたのだが、先にやってきたのはフィルの方だった。
「フィル!? その姿は」
現れたフィルはすでに甲冑を身に着けていた。
「連絡はありましたか?」
「うん、やっぱり魔物が集結して南下してきている」
「そうですか。では参りましょう。私たちの準備も整っています」
「私たち?」
ドアの陰から鎧に身を包んだアニタとレベッカが現れる。
ララミーも導師服に着替えて軽鎧を着けていた。
「みんな……」
「さあ、カルバンシアとアリスを救いに行きましょう!」
「よし、行こう!」
予備のスカイクーペを出して帝都の空へ舞い上がる。
今日だけは法律も知ったこっちゃない。
俺たちは急がなくてはならないのだ。
アリスが出発してからもう1時間以上が経過している。
「レオ様、幸せになってくださいね」
アリスはそう言い残して戦場へ行った。
なんて勝手なオートマタだ……このままアリスが戻らなかったら、俺は一生幸せにはなれないんだぞ。
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