第16話 死んだ彼女と夕暮れ時

 病院からの帰り道。

 意外と長い時間話していたらしくて、太陽が沈みかけている時間になってしまった。

 オレンジ色の光は、一日の終わりを感じさせる。

 この時間帯は、兄ちゃんと河原で話した記憶を想起させるようで、少しだけ苦手だ。

 兄ちゃんとの思い出は大切なものではあるけど、それは宝物として内の内にしまい込んでいたいもので。

 頻繁に覗かせてしまうこの夕暮れ時は、あまり外に出たく無かった。

 ふんふーんと鼻歌を唄いながら歩く光は、そういえば、と覗き込むように俺の方に向き直って、言う。


「おばさんと何話してたの?」


「……何でもない話だよ。お礼を言われたり、世間話をしたり」


 少し言葉にどもってしまって、それを見透かしたかのように光は、ふうん、と相槌をうつ。

 その雰囲気に耐えられなくて、話を変えようと、光に問い返す。


「そういうお前こそ、何をしていたんだ?」


「んー?私は病院を見て回ってただけだよ。……なんだかんだで思い入れは深いからね、ここに対して」


 それは暗に最後の、というニュアンスを含んでいて。

 それに気付いてしまって、俺は何も言えなくなった。

 光もそこから話を広げようとする意思は無かったらしくて、それきり無言の時間が続く。

 別に無言の時間が辛いというわけではないのだ。

 光が生きていた時から、こういう時間は長くあって、気まずいというよりは安心する時間だった。

 けれどまあ、当たり前だけど、お互いに少しだけ相手に見せられない部分があって、それをなんとなくお互いが察していて、それですこしだけ微妙な空気になって。

 俺は、これは初めての経験だなぁ、とそんな呑気な事を考えていた。

 光が死んで、全てが終わったかのような錯覚があって、でも再び会う事ができて。

 そこから初めての経験をするっていうのも変な話だなぁと。

 少しおかしくなって笑ってしまう。


「どうしたの?」


「いや、なんでもないよ」


「なにおう〜?来人のくせに生意気だぞ!」


「どこのガキ大将だよお前」


「歌は上手いけどね」


「……そう思ってるのお前だけだと思うぞ」


「嘘ぉ⁉︎」


 ……ほら、俺たちはこんな風にすぐ元の形に戻れるのだ。

 少しナーバスだった気分も二人でいればすぐに晴れやかになる。

 苦い思い出だった夕焼けも、光といれば楽しい思い出の連続でしかなくて。

 改めて、光と出逢えたのは運命だったのかなぁと。

 そんな柄にもない事を思った。

 それから最後に。

 ありがとう、と光はボソッと言う。

 その言葉に俺も小さく、おう、と返した。

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死んだ彼女が幽霊になって俺の前に現れたと思ったら、未練解決の手伝いをしろと言ってきた件について 那月ナタ @natuki_nata

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