第15話 死んだ彼女と自信の行方


「まずはお礼を言わせて。……本当にありがとう」


 優太くんを見送った後、俺は再び院長室へ呼ばれ、妙子さんに頭を下げられてしまった。


「い、いや、取り敢えず顔を上げてください!」


 流石に彼女の親戚に頭を下げられるわけにはいかないので、焦りながらそう促す。

 顔を上げた妙子さんは、薄く微笑んで目を合わせる。


「昨日はああ言ったけど、本当に解決出来るとは正直思っていなかったわ。光の目は正しかったと言うことかしら」


「……光の顔に泥を塗る事にならなくてよかったです。それに、思っていたよりも、優太くんはずっと強い子でした。それこそ俺の行為は立ち直るきっかけ程度で、あの子はいずれすぐ、立ち直っていたと思います」


「それでもよ。子供である時間は有限で、その時間の多くを暗い気持ちのまま過ごそうとしていた子供を、あなたは一人救った。自信を持っていいと思うわ」


「自信、ですか」


「あまり自分に自信が持てない?」


「……ええ、まあ。優太くんにも自信を持ってとは言ってもらえたんですけど、あまり、自信に繋がるような事をしてこなかったもので」


 そう言うと妙子さんは少し笑って。


「それこそ、家族の私が言うのは変だけれど、光と交際していた、というのは自信にはならなかった?」


「いやあまあ、それは確かに、なんですけどね」


 学校のアイドル的存在というものは、漫画やゲームでは度々聞くけれど、現実で聞くことはあまり無い。それは圧倒的な容姿や性格を兼ね備えている人間が現実世界ではほとんど見ることがないからだと思う。

 けれど光は。圧倒的な容姿に、誰にでも優しく、カッコいい光は。

 いわゆるそういうやつだった。

 だから、確かにそのアイドルの彼氏というポジションは、男子からすれば羨望の的だったろうし、実際色んな人間から、なんであいつが、というような目はよく向けられた。

 それこそ、『イマスグワカレロ』といったような怪文書までもらう始末だ。

  ……自分が光に釣り合うような人間だとは、俺は一ミリも思っていない。

 それどころか、きっともっと釣り合う人間が光には居るはずなのにどうして、とも思っている。

 それを言ってしまうと、本人は鬼神のように怒ってしまうので、実際に言ったことは一度しかないが。

 今本人はふらっとどこかへ行ってしまっているが、ここに居なくても想像しただけで鳥肌が立つ。……あれは本当に怖かった。


「実際、どうして光が俺を選んでくれたのか、分からなくて。聞くのも怖いですし」


「あら、どうして怖いの?」


「いやあ、例えば俺がなんで告白してくれたのかを光に聞いたとして、光が俺の良いところかどうかは分からないですけど、そういう付き合いたいと思ってくれたところを言ってくれても、俺自身がそれに応えられるか、分からなくて」


「応えるも何も、光はそのままの君の部分が良いって思ったから告白してきたわけでしょ?それなら別に変わる必要もないし、期待に応える、なんて重荷を背負おうとすることもないと思うけど……」


「それはその、なんというか。結局、俺も光の事が好きで、その気持ちに、今以上に応えようとしちゃうと思うんですよ。

 光なんかは特に、本来なら俺の手が届かないところにいる筈で。このままじゃ、捨てられるんじゃないか、って。関係性が変わるのがたまらなく怖かったんですよ、俺は。被害妄想も甚だしいですけどね、こんなの」


「要するに君は、自信が持てないから、自信を持っていいはずの状況にも納得できないってわけね。――――なかなかの悪循環ね」


「自分でもそう思います」


 そう言って力なく笑って見せる。


「これは、私から見た光の事で、君から見た光とは違うんでしょうけど」


 妙子さんは一度、そう前置きして。


「光はあなたの事を本当に好きなように見えたわ。元々打算とかそういう事をする子じゃなかったけど、君のことを喋るあの子は本当に生き生きしていた。

『来人は私の事を聖女か何かのように思っている節があるけど、来人自身は、私よりもずっと凄くて、でも自分でそれに気付いていないだけ』というような事を、何度も聞かされたわ」


「光が、俺を、ですか?それは……買い被りすぎだと思いますけどね」


「それ、光も同じような事を言っていたわよ」


 そう言って妙子さんはふふっと笑って、「それにしても」と続ける。


「あなた達は、互いに互いへの尊重の意思が強すぎるのかしら。とても学生の恋愛とは思えない状態だけど、それも一つの愛のカタチ、だったのかしらね」


「……愛のカタチ、なんていわれるとこっ恥ずかしいものはありますけど、それでもまあ、幸せだったとは、思います」


「そう、それは良かったわ」


「でもやっぱり。俺が光の相手が務まるとは全然思えないですけどね。…………おれはそこまで自分に自信がないんですよ」


 自分でも少し引くくらいの卑屈に、妙子さんは慈しむような微笑みを浮かべて、言う。


「まあいいじゃない。……それに、あの子と恋愛出来るなんて、本当に凄いのよ?多分だけど普通の子があの子と付き合っても、あの子の正しすぎる正しさに目を背けてしまうでしょうから」


「正しすぎる正しさ……。確かにそうかもしれないですね。あいつなら世間と折り合いはつけられるでしょうけど、自分が深く関わる相手には、少しでも理解して欲しいっていう気持ちがあったと思いますから」


「お兄ちゃん、……あの子の両親は、あの件以降やりたいようにやらせてあげようっていう方針だったらしいわね。それが正解なのか間違いなのかは、今となっては分からないけどね」


 妙子さんが言った言葉に、少し違和感を覚える。


「あの件以降……?」


 俺が怪訝な反応を示すと、妙子さんは少しキョトンとして、あ〜、とまずいこと言った私?とでもいうような反応をする。


「光のあの様子から、そのくらい話してるものかと思ってたけど、そっか、やらかしたわね……」


「いや、気になる反応しないで下さいよ……。そんなに話しづらい事なんですか?」


「そうね。事は光の人格形成に大きく影響を与えた事だから。……光がもういないとしても、家族としては、ね」


 申し訳なさそうに目を伏せる妙子さん。

 申し訳なさそうにさせた事が申し訳ないけれど、それでも俺は光の事を知りたい。迷惑がられるかもしれないけど、少しでも光に近づいていたいのだ。

 多分だけど、光は俺に何も話さないだろう。あいつは言いたくない事はどんな事があっても言わないのだ。

 それくらい頑固な人間で、清廉な人間なのだ。

 その人格を形成するに至った出来事。

 ――――どうしても、それを知りたい。

 少しだけ深呼吸して、妙子さんの目を真っ直ぐに見つめる。

 その視線を、一切の身じろぎもなく受け止めた妙子さんは、少し目を細める。

 お前にそれを聞く覚悟はあるのか、資格を得ているのか、そう問いかけられているような気がした。

 数秒視線を交しあって、先に目を逸らしたのは妙子さんだった。

 はぁ、とため息をついて、妙子さんは言った。


「どうして知りたいのなら、それを話せるのは私じゃないわ。お兄ちゃん、――――あの子の父親と、話しなさい」

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