第14話 死んだ彼女と伝導する想い
「流石だねぇ。来人は」
帰り道、今日の晩御飯はどうしようかなと考えながら帰路についていると、優太くんと別れてからぼんやりしていた光は、そう口を開いた。
「あれは、境遇が似通っていたからこその共感で、時間をかければお前にだって、解決は出来てただろう」
「それはどうかなぁ」
道路に転がっていた小さい石を少し蹴飛ばして、光は続ける。
「私には、あの子のトラウマを解決する事は出来なかったと思う。行動で人を救う事は人よりもできる自負はあるけど、あんな風に、話す事で人を助ける事は、出来ないと思うんだ」
そう話す表情は少し悲しそうで、寂しそうで、――――自分を責めるような、そんな顔だった。
一緒に過ごしていた頃は、こんな表情を見た事なかったけれど、こんな表情をさせたくないなぁと、なんとなく思って、それで。
「――――でも、俺は光と過ごしていて救われた事は、たくさんあったぞ」
「来人……」
「テスト前は勉強を教えてもらったし、授業で資料を忘れた時は見せてもらえたし」
「……ん?」
「単位がやばい時はレポート作成付き合ってくれたし、金がない時は奢ってくれたし」
「待って、ちょっと待って」
「なんだ?」
「もうちょっとこう、ましなエピソードはないの?」
「ないなぁ」
「即答⁉」
わざとらしく大仰に驚いて、少し沈黙があって、それで二人共目が合う。
「「……ふっ。あはははは‼︎」」
いつも通りのやりとりにおかしくなって、二人で大声をあげて笑った。
人通りは少ない道ではあるけれど、それでも少しはいるそれらに、怪訝な目で見られる。
それはそうだろう、彼ら彼女らの目には一人で喋って一人で大笑いしているヤバいやつしか写っていないのだから。
若干の気恥ずかしさはだんだんと感じなくなってくる。
俺には、光がいれば、それでいいのだ。
◆
翌日。
俺と光は退院する優太くんの見送りに来ていた。
これも多分部外者は立ち入り禁止なのだろうけど、妙子さんのご厚意で病室まで通してもらっていた。
「お兄ちゃん!」
「退院おめでとう」
「ありがとう」
お互いに社交辞令のような挨拶をして、笑う。
「あの後、色んな人に話しかけていっぱい友達が出来たんだ!」
「おおーすごいじゃんか」
「……変に意固地になって、せっかくもらった人生を楽しめないなんて勿体無いなって、そう思ったんだ」
「これからの人生、幸せになれそうか?」
「――――うん!」
元気そうに笑う優太くんを見て微笑ましい気持ちになる。
ふと、俺はこれからの人生を、光無しで歩む人生を、幸せに生きていけるのだろうかと、そんな事が頭をよぎる。
けれどそれはいま考えることではないなと、頭の隅に追いやった。
「そういえば、光さんにお別れの挨拶、出来なかったな」
優太くんがそう言うと、近くにいた看護師さんがばたばたと持っていたものを落とす。
なんて分かりやすい反応をする人なんだ……。
「……光も、残念がってたよ。お別れの挨拶は出来ないけど、いつでも見守ってるから安心してねって、そう言ってた」
「ははっ。それじゃあ光さんが背後霊みたいだね」
後ろで看護師さんが拾い上げたものをまた落としていた。
……素直な人だなぁ。
しかし、言っていることは的を得ていて俺もびっくりしてしまった。
これは光が言っていたことではあるけど、確かにそういう読み解き方も出来るな。
「……本当に残念だなぁ。私も最後の挨拶くらいしたかったよ」
隣で寂しそうに笑って、光が呟く。
「……そうだ。優太くん、ちょっと手を出してもらえる?」
「……?いいけど」
そう言ってこちらに出してくれた広げた手を、自分の手で重ねる。
不思議そうな表情をする優太くんを一瞥して、今度は光の手を引っ張って、俺の手ごと包み込むように重ねさせた。
「……来人?」
「これで、光の思いも、俺の手を通して優太くんに伝わる、と信じたい」
「ははっ。なにそれ。……うん、でも確かに伝わる気がする。ありがとう光さん。僕を助けようとしてくれて、――――僕のことを信じようとしてくれて」
「……っ」
驚いて、その後泣きそうな顔になって、光はもう片方の手も、俺と優太くんの手を包むように重ねる。
そのまま少し力を入れて、ぎゅっと握った。
「……ごめんね、私はなんの力にもなれなくて」
光がそういうと、優太くんは少しびっくりしたような顔をして自分の手を見つめて、それから俺に顔を向ける。
「なんだかいま、光さんにごめんねって言われた気がした」
「……!それ、本当に聞こえたの?」
「……いやでも。光さんはここにいないんだからそんな訳、ないよね」
間違いを振り払うように、首を横に降る優太くん。
しかし、でも……、とそのまま続けて。
「もし本当に、光さんがそう言ってたら、こう言ってあげて」
そのまま優太くんは精一杯の笑顔で。
「――――諦めないでくれてありがとうって」
「……っ⁉︎」
光の瞳から、ぽろぽろと雫が溢れる。
自分の死に悲しんでいる様子が薄かった光だけれど、優太くんの事を本当に心配していて、自分のこと以上に心残りだったのだろう。
俺の彼女は、優しくて、かっこいいなと、改めて思う。
「……わかったよ。きっと、伝える」
「うん。お願い」
涙がこぼれ続ける光の頭をそっと撫でて、そう返す。
握っていた手を離したところで、優太くんは、あ、と思い出したように口を開いた。
「……お兄ちゃんはさ、自分が人の助けになれているか分からないって言ってたよね」
「ああ、うん」
少し真剣な面持ちで優太くんは話し出す。
「僕はお兄ちゃんがどんな風に生きてきたのか、あんまり知らない。
けど、昨日、言われたことは、多分一生僕の心に残り続けると思う。
だから少なくとも、お兄ちゃんは僕っていう一人の人生を救ってる、助けてるんだよ」
そう言ってニッと笑う優太くん。
「だからさ、自信持ちなよ。お兄ちゃんが助けたって思わなくても、多分色んな人を助けてる。助けられた僕が言うんだから間違いないよ」
……思わず涙腺が少し緩む。
光の姿を見て少し緩くなってしまったのだろうかと、緩んだそれを結びなおして、少し考える。
……兄ちゃんの最後の言葉に、俺は報いることができなかった。
生きる事に精一杯という訳でも無かったし、きっと何かをやろうと思えば色んなことができたはずなのだ。
でもそれをやらなかったのは俺の意思だし、他人の事よりもまずは自分の事と、後回しにもした。
それは、やっぱり。
兄ちゃんの後を継ぐという行為に、怖さを覚えて。
自分は劣化のようなことしかできないのではないかと。
なんとなく自分にブレーキをかけてしまって。
「いや、でも、俺なんか」
そう、自分を卑下してしまう。
「お兄ちゃんが自分なんかって言っちゃったら、それに救われた僕がなんか小さいみたいじゃん。僕のためにも、もっと自信満々でいてよ」
俺よりも何歳も下の男の子に、自分を引き合いに出して、慰められる。
かっこよく笑う優太くんはなんだか、とても大人びて見える。
悪い方向へ達観していた状態から、悪い部分が取り除かれて、子供らしからぬ気遣いを見せている。
なんだかこの図、めちゃくちゃ俺がダサいなと、少し笑って、慌てて取り繕った。
「……っ。そうだね。じゃあ自信満々に、落ち込んでいた子供を救ったんだぞって周りに吹聴してやるさ」
「それ、自分からやるのはこの上なくダサいからやめたほうがいいよ……」
「あれぇ⁉︎」
普通に引かれた。
そこで、このやり取りを微笑ましく見ていた看護師さんが優太くん、と声をかける。
「そろそろ、時間よ。行きましょう」
「……うん」
そう言って、ベットの上に置いてあった、荷物をまとめたリュックを取りそのまま肩にかける。
……たった二日しか会っていないけれど、なんだかとても仲良くなれたように思う。
それは境遇だったり、考え方だったり、色んなことが似通っていたからかなと思うこともあるけれど、そうじゃなくて。
お互いに、前を向くことができる人間だったから、かもしれない。
準備が整った優太くんはそれじゃあ、と、俺の元に近づいてくる。
そしてそのまま俺に屈むように指示すると。
「お兄ちゃんが不甲斐ないようなら、光さん僕が貰っちゃうからね。せいぜい振られないように頑張りなよ」
そう耳元でこっそりと言った。
こんにゃろうと少し思って、でも発破をかけている事にすぐ気がついて俺はこう返した。
「……っふ。光はずっと俺のもんだ。誰にもやらないさ」
かっこよくニヒルに笑って見せる。
普段は飄々としている光も今はあまり余裕がないのか、泣いている顔を見せないように片手で覆って、残った片方の手でばんっと、俺の背中を叩いた。
痛い。
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