第16話 お終いの涙
夏の夜。熱帯夜だ。喉が酷く乾いていた。
重い体を起こすが、意識が混乱しているのか現状をうまく理解できない。
ぼうっと庭を眺めていると、だんだん記憶がはっきりしてきた。
ここは、そうだ。大叔父の家だ。
頬が湿っている。どっちでも恥ずかしいが、よだれではない。涙だ。
ここまで理解してようやく思い出した。信介おじさんの葬式の後、泣き疲れて眠ってしまったようだ。この家に誰もいなくてよかった。高校生にもなって大泣きして、疲れて寝落ちなんて恥ずかしいどころではない。
緩慢に起き上がる。とにかく汗を落として、明日に備えなくては。
「あのね」
「はああっっ!!!?」
1人だと思っていたところに突然声がかかり、縮み上がるほど驚く。咄嗟に振り向くと、白銀の髪の少女が座り込んでいた。
その姿を見た瞬間に、暴力的な記憶の波が押し寄せる。
「リリィ」
殴りつけるような再来にしばし呆然とする。がしかし、それでも自分は少女の名前を呼べる。
忘れていない。なぜ、そう問いかけようとすると、少女が先に口を開いた。喜びたくとも、素直に喜びたくはない。不服そうな、気に食わないというような顔だった。
「……どうやってここにきたんだ?」
助け舟のつもりで聞いてやる。確かに、自分はあの宮殿で別れを覚悟したつもりだったのに。
「…………雑魚一匹どうでもいいって。よく考えたら、50年眠らせて自分で殺すよりも、50年泳がせて勝手に寿命で死ぬ方が楽って」
「ああ、なるほど……。確かに合理的だな……」
思い出したばかりの記憶の中に、苛烈だが有能という、かの魔王への住人の評価を見つける。むうと面白くなさそうな顔をしている少女の両手をとった。ついでに機嫌も取れればと思ったのだが、そううまく行くだろうか。
一文字に結んだ口は、不機嫌さの表れのようだが違う。戦慄いているのが証拠だ。繋いだ両手を、先を促すように揺らせば、俯いたままポツリとつぶやく。
「リリィは生きたかったんじゃないの」
小さな手は温かい。確かに温もりを持った存在の証。
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。堰を切ったように、言葉も溢れる。
「ただ、一緒にいて欲しかっただけなの……!!」
そのぬるい涙を、今度こそ拭ってやる。指に当たるのは真珠ではない。
「……俺じゃだめ?」
首を振る。横に振られて安堵する。銀の髪を薄く広げながら、少女はしっかりと宗介の首に腕を回した。
「一緒に生きたい……」
花の香りが鼻腔をくすぐる。彼女が生まれ、拒絶してきた場所の、最後の香りだ。
少し視線をずらすと、池が見える。信介を繋ぎ、宗介を繋いだ月の門が。
月明かりを反射したあの池を、もう怖いとは思わない。
Gate: Moon 天音 @kakudake24
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