第15話 あの夏

 青年が瞬きをすると、自宅の縁側であった。

 課題をしていた最中だった気がする。あの教授は面倒だから、途中で飽きて、ラジオでもつけようかと思ったとこで記憶が途切れていた。

 ふと視線をあげる。

 見慣れた庭の池には、大きな岩があった。

 ――こんなもの、あっただろうか。

 夏の暑さで思考が弛む。ジリジリと庭中でなく虫たちすら彼の喪失を嘆いているようだが、彼にはそれがわからない。

 まるで、長く眠っていたようだと思った。乖離していた思考が戻ってきた時、喉の渇きに気づいた。

 冷蔵庫へと向かう。中から冷えた麦茶を取り出して、ガラスのコップに注いで喉へと流す。

「…………?」

 麦茶が舌を流れてもなんの味もしなかった。縁側でうたた寝なんてしたようだから、風邪でも引いたんだろうか。

 そのままふらりと自室へ戻った。なんの変わりもない部屋だ。まとわりつく違和感を振り払いながら、開けっぱなしになっていたカーテンを閉めようと窓へ近づく。


 ガラス越しに空を見ると月が出ている。月が、見ている。


 完全な満月。夜に飲まれているようにも見えるし、夜を食らっている正体のようにも見える。黒い海に浮かぶ真珠のようだと思った。

 ――あれを見て、笑っていた誰かがいたような気が。

 そう思ったところで、青年の思考はぶつりと強制的に切断される。

 欠けているところなんてない金円の光に照らされて、青年の頬を、理由のない涙が伝った。

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