第16話 俺たちの戦いはこれからだ

「今日は楽しかったな」


日が落ちて遊園地を出た すぐ目の前の湖の堤防を歩く二人。堤防の左右に膝の高さくらいの街灯が等間隔で設置されていて光の道が浮かび上がっている。二人がこんな風に遊んだのはいつ振りだったか…中学生?小学生?それとも…。


どちらにせよ二人は早いうちからお互いの事を知り尽くしているように思っていたので、わざわざ出掛けても分かっていることの確認にしかならなかった。しかし、今回は違った。


「うん、でも朝は緊張してたなぁ」「そうなのか?」「あなただって緊張してたでしょ」「な、何を根拠に」「あなたって予想してない事言われると どもってるってのは気付いてる?」「そ、そうなのか?」「そうなの。…まぁ、緊張してたのが私だけじゃないのが分かって嬉しいケド…」大塚の言葉に少し呆れの色が混じったものが川越の耳に入る。


「ま、まぁでも、ここまで早くこんなふうに話せるようになるなんて思わなかったな…」「それは私も思うわ」「後輩達に感謝だな」「そうね」


「でも正直、ビックリしたなぁ」「?何が?」「君ってこんなに積極的に意見が言えるなんて思わなかったよ」「まぁ…それは私自身やっと気づいたことではあるんだけど…今まで私はあなたの言う事をあまりにも嫌じゃなければそんなに考えずに受け入れてたの。でもケンカして気付いた、それって”私じゃなくてもいいじゃないっ!!”って事にね…そう思ったら今すぐ何かしないと手遅れになってしまいそうな気がしたから久米さんの話に乗ったの」


「そうなのか…」「私達じゃキッカケ作れなそうだもんね」


「…僕は何て話しかければいいのか分からないから出来る限り君を避けてたかもな…」川越は自分の行動を予想して言葉にした。


「私は本と書くものがあれば過ごせるから話掛ける理由を見つけられないしね。それに私から言ったところで悪化させてしまったらって考えてたし…」


「…」


「…」


(今ここで逃したら絶対に後悔するっ!!)


「あ、あの…愛奈」「え…」大塚は聞き慣れない下の名前で呼ばれた事にビクッと身体をこわばらせる。


「もう…僕は二度と君を手放したくない。だから…」




「だから…僕とこの先ずっと一緒にいてほしい。絶対に後悔させないから」


大塚はそんなことを言われたけど、正直”何を言ってるんだ”って思った。だって…


「私もあなたと一緒じゃないと嫌に決まってるじゃない。当たり前でしょ」大塚は”言わなくても分かること”を言われて”言わなくても分かること”を返す。けれど、気持ちが一緒なのを確認出来た嬉しさと安心感で後半は涙声だった。


川越は大塚を抱き締める。頭一つ分の身長差。お互い、相手の全てが腕の中にあるというのはもの凄く落ち着く。


二人は顔を見つめる。こんなに相手を近くで見た事ってなかったんじゃないかと思う。そして、お互いの顔が近づいていって…


「いててて…」


二人は驚いて声のした方を向くと、見覚えのある三人組が重なって倒れていた。言うまでもなく久米、入間、日高である。


どうやら三人で部長達の様子を堤の下へ降りる階段のあたりの死角から見ていたのだが、いよいよってところで乗り出しすぎて倒れてしまったようだ。ちなみに日高は重なった一番下で思わず声が出てしまったのだった。


一番上で動きやすい入間が「さ、どうぞ続けて続けて」と促すが、これで続けることが出来る奴は奇跡でも起きない限り無理なのは明らかである。


(ま、……今日はいいか)川越はパンっと手を叩いて「はい、終了」と告げる。


「えぇーー」入間は不満そうな声をあげる。…いや、そういうとこだろ続けられないのは…


「あの、もう降りてほしい…」ずっと一番下でつぶれている日高は流石に意見する。


「はぁーしょうがないかー」入間は渋々どいて立ち上がる。ほかの二人も立ち上がって川越と大塚を見やる。


「あの…ホントよかったです。お二人が元に戻って」久米が二人にそう言葉をかける。


「いいえ、元には戻ってないわ」が、大塚は否定する。


「え?」「前とは違う新しい私達としてこれから歩んでいくのだから」「そういうことだ」大塚の言葉に川越は同意する。


「とにかく、あなた達のお陰で新しい私達になれたの。ありがとう」「…まぁ、途中から完全に台本から外れてしまったけどな。すまん」


「あ、いえ…そんな気にしなくても」正直、素人が考えた台本だ。変わっても怒る理由にはならない。


「というわけで明日早速部活で集まりたいんだが…久米君」


「?はい」この流れで何故か名前を呼ばれた久米は首を傾げつつ返事する。


「まぁ、頑張ってくれ」更に応援された。


「は?」


「台本作るのに久米さんのツッコミで詰まるんだから久米さんにツッコませればいいんじゃないかって思ったわけよ」


「えー……っと、つまり」嫌な予感を全身から感じつつ久米は聞く。


「私がボケを考えるから久米さんがツッコんでいって台本を完成させようと思うの」「は?」


「すまないけど、何時間掛かるか分からないが今はそれしか無いんでな」


「いや、だったら私のツッコミ無くせばいいのでは?!」「いいや、これだけは外せない」「何で!!」「そう言ってもそう思うからそうだとしか言えないな」「そんな適当なっ!」


「大塚先輩っ考え直してもらえませんか!」「でも、久米さんのツッコミを勉強したいし、今後の脚本制作の為に」「そんな」


「ねぇ」久米は残りの姉弟にすがるが、「私は久米っちのツッコミ見たいし」「僕も久米さんの気持ちが込もった言葉で言うのが見てみたいので…すみません」この世は無情だった。


折角の休みなのにゲームが出来なくなることは久米にすると死も同然である。


「……じゃあ、一時間ごとにゲームする時間をもらえるんならやりますよ…」力なく条件付けて承諾する久米。


「OK。よし、それじゃあ今日は解散だな。皆、また明日な」


「「「はーい」」」後輩達三人は駅に向かう。一人、足取りが重い奴がいるが大した問題はない。




「じゃあ、僕達も…」ここで川越は言葉を紡ぐことが不可能になった。


それは、いつの間にか目の前に回ってきた大塚に唇を塞がれた為だ。



夜でも昼間と同じようにセミがどこかで鳴いている。蒸し暑い風も収まる気配はない。まだまだ夏は終わらないみたいだ。

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演劇部の攻防 @tetsumusa

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