【短編】ブレたら俺の存在意義が無くなってしまう~プラスチックボディーたちの知られざる不満は海を越える~

こまつなおと

第1話

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、カシャン、カシャン、ガアアアアアアアアアアアアアアアアア。


 本日の俺も完璧な仕事をこなしている。


 はっきり言ってこれは自画自賛ではない、全てにおいて事実だ。


 おそらく俺がいなくなればこの家には混乱と失意の念しか残らない、それだけ俺は重要な役割をになっているのだ。


 この家は都内某所の閑静な住宅街にある一軒家で吉田家が所有しているものだ。


 旦那は多忙なサラリーマン、奥さんもどこかの法律事務所で事務をしている、要は共働きの夫婦なのだ。


 この二人は子宝にも恵まれたようで小学生になる二人の姉妹がいる、その上ペットに柴犬もいると言う、まさにどこかのコマーシャルに出演しても可笑しくない理想的な家族だ。


 そして俺はと言うと、その家族から家の中の邪魔ものを全て始末するように指令を受けた……ヒットマンとでも言っておこうか。


 もし葉巻でも咥えていれば俺の威厳はさらに大きいものになっただろうに、だがそれは無理と言うものだ。


 何故かって?


 悲しいかな……、……俺がロボット掃除機だからさ。


 だって俺のボディーってプラスチックの成形物とエンジンとかで構成されてるんですよ?


 じゃあ葉巻なんて吸えないっすよ、だって俺が吸えるのは埃しか無いじゃん!


 そう……、言い換えれば俺はこの家に侵入してきた埃たちに狙いを絞った…用心棒……。


 これは決まったな、……あれ? さっきヒットマンだって言っちゃったんだっけ?


 左舷に髪の毛を発見! あの長さはおそらく奥さんのものだ……、あの長い髪はこの家にあってはならないものだ。


 この家はいつだって綺麗な状態であるべきなのだ、そりゃあ俺がヒットマンをしてるんだからそれくらい当然だろうに……。


 ……それに奥さんの髪ってすっごく良い匂いがするんだよなあ……、早く吸い込みたい!!


 おっと、仕事中に俺は何を考えていたんだろうか。


 ……本音はさておき、あれの除去は俺の任務なのだから早々に向かわねば!


 だが悲しいかな……俺は自分で進行方向を決められない、つまりどこの壁にでもぶつからないと曲がることが出来ないのだ。


 まさに他人が決めたレールの上に乗った人生、いや違うな。


 俺が抗うことのできない業を背おってしまっているだけなのだろうな、生まれた時から操られるだけのマリオネットってことか。


 ガシャン、キイイン、ガアアアアアアアアアアアアアアアアア。


 おっしゃあ! 壁にぶつかって良い方向に向きが変わったあ!!


 これで奥さんの髪の毛に一直線だ、いっけええ!!


 ひょおおおおおおおお!! 奥さんの匂いが俺のところまで漂い始めた!!


 これはテンションがだだ上がりってもんだぜい!!


 キャンキャン!


 ん? あいつは……ペット犬のコタローじゃないか、あいつも奥さんの髪の存在に気付きやがったか…。


 コタローは奥さんに懐いてるからな……、おそらくあいつも匂いで気付いたのだろう。


 さすがに嗅覚に関してはあいつがプロって事か……、俺にも嗅覚センサーとか搭載されていれば良いのに、何でメーカーはそんな大事なものを開発しなかったんだ。


 開発費をケチりやがって!!


 俺が奥さんの匂いを嗅ぎ取っているじゃないかって?


 そりゃそうだ、俺の魂が匂いを嗅ぎ分けているんだからな!!


 それにしても今日のコタローはえらく騒いでいるな、まあ、あいつは室外犬だから庭の窓から騒ぐくらいが関の山だろう。


 まさに負け犬って奴だ、……俺もうまいことを言ったもんだな。


 って、待て! コタローの奴、窓を叩いて振動で髪の毛を動かしていやがる!!


 これはあいつと俺の仁義なき闘争になる予感がするぜ!!


 俺が先にたどり着くか、それともコタローが髪の毛を動かせるか!


 髪の毛ファイト、レディーゴーーーーーー!!!


 良し! 俺の移動速度の方が圧倒的に早いぞ、これならあいつも指を咥えながら悔しがるしかあるまい!!


 前脚か後脚か、好きな方の指を咥えやがれ!!


 5m……4m……3m、良いぞ、もう少しで奥さんの髪の毛を俺のお掃除フィルダーの中に確保出来るところまで来たじゃないか!!


 ……ん? っておい!コタローの奴め、それは無いだろうが!!


 まさかあいつが作る振動が俺にまで届いてきやがる、そうか! 俺が髪の毛に接近する行為はそれ即ち、俺がコタローに接近することでもあったのかあ!!


 ……まさかあいつはそれを狙って?


 って、コタローの奴が勝ち誇った笑みを浮かべていやがる!?


 くっそおお! あいつの方が俺よりも上手だったとでも言うのか!?


 悔しくても俺には悔しがるために床を叩く腕も無いんだぞ!?


 これだから二流家電メーカーはダメなんだ!


 何で機械の気持ちを表現しようっている気概のある開発者がこの世にいないんだよお!!


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。


 あ、ああああああああ! 奥さんの匂いが遠のいて行くううううううううう!!


 このまま進むと俺はリビングを出て玄関の方に向かって行ってしまうぞ!?


 ふざけるな!! このままでは玄関に溜まった埃だけではなく、外の砂利や土まで吸ってしまうじゃないか!!!


 ロボット掃除機ってのは内部の詰まりが一番恐ろしいんだ…、詰まってしまえば俺は呼吸困難に陥ってしまうではないか。


 玄関は段差があるからリビングに戻ってくることは不可能……、俺は充電切れのベイルアウトも出来ないまま玄関で野垂れ死にすると言うのか……?


 だが俺にはどうすることも出来ない……じゃないか。


 こうなったらこの家の次女のお帰りを待つしかないか……、そろそろ15時だし小学校低学年のマツリちゃん(♀)が帰ってくる頃だろう。


 マツリちゃんっていつも笑顔で俺のことを構ってくれるから俺は奥さんの次に気に入ってるんだよな。


 ガタッガタタッ、ガアアアアアアアア、ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ。


 いってえな! 段差から落ちちゃったよ……、何でこの家は玄関に安物の材質を使うかな。


 まったくこれだから低所得のサラリーマン野郎は!!


 ああ……、とうとう玄関に落ちている砂利を吸い込み始めてしまった。


 だがもう少しの辛抱だ、頼むマツリちゃん!早く帰ってきて……ん?


 ガチャガチャ!


「ただいまー! おやつおやつー、食べたら公園に行かないとーー。」


 ぎゃーーーー!! ドアが開いちゃったよ!!


 しかもドアが全開じゃないか!! マツリちゃん、お願いだからドアを閉めて!


 それか俺のことを受け止めてえええええ!!


「うわあ!じゃまだよ、えいっ!」


 何で俺を飛び越えて行っちゃうわけ!!?


 うおおおおおおおおお!! とうとう家の外に出てしまったじゃないか……、しかしこいつはまた酷いな。


 玄関の外はさっきまでと比べ物にならないほどのゴミが散乱している……、こいつはロボット掃除機にはキツイな。


 って、それどころじゃないぞ!


 俺はまだ停止していないんだった、このまま行けば俺はあの門の隙間を潜って家の敷地外に出てしまうぞ!!


 それだけは避けなくては!! そんなことになったら俺は野良ロボット掃除機になってしまうぞ!!


家のロボット掃除機を探しています。

旧型の丸い形状の奴で人懐っこいです。

見かけた方は二丁目の吉田までご連絡ください。

電話番号XXX-XXXX-XXXX


 みたいに張り紙をそこら中に張られるのだろうか?


 それはそれで俺への愛情を感じるな……、でも少しだけ恥ずかしいかな?


 それよりも恐ろしいのは俺のことを忘れて、新しいロボット掃除機を買い直されることだろう。


 話に聞くと最新のやつは自動でゴミ捨てする機能も付いてるって言うじゃないか!!


 しかもロボット掃除機の基本的な戦闘能力である吸引力も俺なんかの40倍以上あると言うし、一度買い直されたら元の鞘には戻れなくなる…。


 そんなことは断固として否だ!!


 何としても避けなくては…と言っても俺にできることは無いのか……。


 頼むから誰でも良いから俺を止めてくれ……、そもそもロボット掃除機が道端で動いていたら誰だって不審がるだろう。


 とにかく誰かの目に留まってくれさえすれば良い、そうすればどうとでもなると言うものだ。


 何度も言うが俺はロボット掃除機なんだからな!!


 グシャーーーーン!!


 ぎゃーーーーー!! 人身事故…、いやロボット身事故だ!!


 あんのドライバー! よそ見運転しやがってえ……、おかげで自慢のキューティクルなボディーが凹んじゃったじゃないか!!


 トホホ……、これは全治一カ月くらいの傷じゃないか?


 サポートセンターに送られると裸にされて分解されるから苦手なんだよなあ……、しかもあそこって全身毛むくじゃらのおっさんと若いお姉ちゃんの二人しかいないからなあ。


 お姉ちゃんに診て貰えれば良いけど、運が悪いとおっさんに診られる羽目になるから出来るだけお世話になりたくないんだよ。


 って! 妄想に耽っている間に家からだいぶ離れちゃったよ!


 うおおおおお!! とうとう通行量が多い国道の手前まで来てしまったじゃないか…、これは俺の命運も尽きたって事なのだろうか。


 購入されてから六年間も真面目にコツコツと吉田家に蔓延(はびこ)る埃を吸い上げてきたのって言うのに、俺が何か悪いことでもしたってのかよ!!


 くっそおお!! こうなれば自棄(ヤケ)だ、吉田家で吸い上げて来た一日分のゴミを吐き出してやろうじゃないか!!


 さあ、かかって来い!! 相手はどいつだ、乗用車か? 原付か? はたまたはトラックかあ!?


ウィーーーー……ン……。


 何てことだ……、こんな俺に救いの手を差し伸べてくれる奴がいるなんて。


 まさかの充電切れだとは…、しかもこんなところで。


 ふっ! ハードボイルドな俺としては何とも空しい幕切れではあるが、命あってのハードボイルドだ。


 これはこれで良かったとしようか、ん?


 キキッ!!


 あれはもしかしてゴミ収集車ってやつか?


 正直ほっとするぜ、ここで止まれなかったら俺のキューティクルボディーがあいつの餌食になっているところだった。


 最悪の事態を回避できたのは日ごろの行いとでもしておこうか。


 しかし、何だってゴミ収集車はこんなところで停車しているんだ?


 ああ、なるほど、そこの角がごみ収集場所なのか。


 って! 何で吉田家の旦那がゴミ収集車から降りてくるんだ!!?


 ご主人様よ! あんたは聞いたことの無い中小企業で係長をしているんじゃないのか!?


「全く、何で俺がこんな仕事をしなくちゃならないのか。運よく再就職先が見つかって良かったけど、このことをどうやって嫁さんに言えば良いのか…。いきなりリストラだって言われても受け入れられないよな…、はあ。」


 旦那!? あんたって奴は…どうしてそう昔から苦労を自分でしょい込んじまうんだ!!


 苦しい時は家族に寄り添えよ! 奥さんもきっと分かってくれるって、あんたは最初に言わないから喧嘩になるんだよ…。


 ちょっとは学習しろよって…ん? 旦那が俺に近づいてくるじゃないか。


 そうか! 俺に気付いてくれたか!


 そうだよな、何しろ六年間もあんたに奉公してきたんだから忘れるはずがないよな?


 俺はあんたを信じていたぜ!


 さあ、俺のボディーを拾ってくれ!!


「全く、何でこんなところにゴミが飛んでるんだ?しかも今日は燃えるゴミ日だっているのに、世間は身勝手だね。」


 いや、違うぞ! あんたは俺のご主人様だろうが!!


 止めろ、止めてくれーーーー!!


 ゴミ収集車なんかに放り込まないでくれえええええええええ!!


「それにしてもこれって家で使っているロボット掃除機と同じ型じゃないか。そう言えば、かみさんもそろそろ買い換えたいとか言っていたな。」


 ガーーーーーン。


 奥さんってばそんなことを考えていたのか…?


 だから最近は俺の扱いが雑だったのか…、凹むわー。


 ああ、もうどうでもいいや…。


 後生だから、とっととそのゴミ収集車にぶち込んでくれよ…。


「吉田君、何をしているんだ?なんだ、ロボット掃除機じゃないか。捨てられていたのか?」


 ……今度はなんだ? ゴミ収集車の運転席から知らない爺さんが降りて来たぞ?


 しかし見るからにしょぼくれた爺さんだな、でも俺にはもう関係ないから誰でも良いか。


「伊藤さん、すいません!何かここにロボット掃除機が飛ばされていたみたいで拾いに行ってたんですよ。収集車に投げますからちょっと待っててください。」


「ちょっと待ってくれ、それは私が貰おうか。」


 へ?


「え、でもこれって捨てられてたやつですよ?壊れてるかもしれないし新しいの買った方が良いんじゃないですか?」


「動くかどうかは構わんよ、私も年だからそろそろ引退をしようと思っていてね。引退したら何か趣味でも見つけようと思ってたんだ。」


 ……何か雲行きが変わってきていないか?


「折角会えたのに悲しい話ですね。で、その趣味とこのロボット掃除機が何か関係してるんですか?」


「うん、昔から機械いじりが好きだったから壊れてるんなら修理するのも面白いと思ってね。」


 何だとおおおおおお!!


 この爺さんが俺の神だったのかあ!!


 しょぼくれた爺さんだから今の奥さんみたいな温もりは期待できないが、それでも命が拾えるなら俺はあんたの手を握りしめるぞ!!!


 おい、このリストラ野郎!さっさと俺をこのご老人に差し出せ!!


 そしてお前は最近腹が出て来た嫁さんにリストラされたって言って捨てられて来い!!


 さあ! さあ!


「分かりました、ちょっと早いけど今までお疲れさまでした。こんなのが餞別で悪いですね。」


「何を言っとるか、君はまだまだ頑張らなくちゃいけないんだから気にすることは無いよ。」


 しゃあああああああああ!!!


 流石は俺のご主人様だ、人間としての器量が違うってもんだろ!!


 そしてリストラ野郎はご老人に俺を差し出したのだ、それは何とも神々しい素晴らしい光景だった。


 俺はまだまだロボット掃除機として働いてやろうじゃないか、と心に誓うのだった。


………


半年後・沖縄上空


 うひょおおおおおおお!! 南国の海が見えるぜ!


 俺は捨てられる運命だったところをこのおじいさんに拾われたのだ。


 しかも車に凹まされた俺のボディーも見事に直してくれた、この人は俺にとって奇跡の名医だ!!


 俺って奴はあんな小さい家に固執して大事なものを忘れるところだった、俺がご主人様に求めてたのはこれだったんだ。


 家族の団らん、これが無ければどんな奴だって心が渇くってモノさ。


「おお、沖縄の本島が見えて来たな。」


「あなた、私たちが移住するのはあの島のどの辺りでしょうね?」


「おじいちゃん、おばあちゃん!そろそろ沖縄に着くの!?楽しみだなあ、早く海に入りたいよ!!」


 おじいさんに拾われた俺はこの人が沖縄に移住をすると言うことで、家族と一緒に飛行機に乗っているのだ。


 しかもファーストクラス!!


 だが俺は悲しくもロボット掃除機なので孫のエナちゃんの膝の上にいるのだ。


 それでも十分だ、大切にしてくれる人ならば俺は喜んで付いていくぜ!!


 沖縄の海よ、俺はもうすぐ到着するぜ!!


 到着早々にこの人たちの家から埃を一つ残らず一掃してやろうじゃないか!!


 今から楽しみだぜ!!


「ねえおじいちゃん、私の膝の上にある漬物石なんだけどこれって全然重くないよ?」


 ん? 漬物石なんてどこにあるんだろうか。


「ああ、それはね壊れたロボット掃除機を漬物石に改造しただけだからね。あっちに着いたら中に砂を詰め込んで重くするんだよ。持ち上げる時は逆に砂を捨てれば軽くなるんだ。エナも漬物作りに興味が有るか?」


「おじいちゃんあったま良いー!でも私はそんなに興味が無いかな。」


 え!! まさか俺の事か!!?


 俺って漬物石に改造されちゃったの!?


 と言うか、おじいさんは修理するとか言ってたよな!?


 そう言えば、確かにおじいさんは俺のボディーから色々とパーツを取り出していたような気がしなくもないが…、まさかあれにそんな意図が有ったとはああ……。


「まあ、どこも壊れてなかったからやる気が無くて別のものに改造したんだけど、思いの他、ばあさんが気に入ってくれて良かったよ。」


 俺が漬物石にされたのってそんな理由!?


「エナや、おばあちゃんが漬物作るからその石は機内に忘れないでおくれよ。向こうに着いたら物置のなかに入れっぱなしになるだろうから扱いは雑でも構わないけどね。」


 雑って何ですか! と言うか俺って物置に監禁されちゃうの!!!!?


 いやーーーーーー!! お巡りさん、事件です!!!


 ロボット掃除機の誘拐&監禁事件が沖縄で起こってますよ!!


 誰か助けれくれえええええええ、俺に部屋の掃除だけさせてくれれば何も文句は言いませんから…。


 いやあああああああああああああああああ!!

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