第1話 夢路の鬼3

「夢って、ほんまになんでもありなんや……」

 今、美緒がいる場所は「夢の中」であり、現実の世界ではない。

 どういうわけか、美緒は他人の夢の中に入り込んでしまうことがよくあった。


 「力」とでも言えば聞こえはいいかもしれないが、実際のところは迷い込んでいるだけ。

 言ってみれば「迷子」であり、夢からすれば美緒は「異物」「邪魔者」でしかない。

 夢に迷い込むのは眠っている時とは限らず、人とぶつかってしまった時やすれちがった拍子に迷い込んでしまうことも多い。


 美緒がいるこの夢は、すれちがいざまにぶつかってしまった女性の夢だろう。

 大きなリュックを背負い、首から一眼レフのカメラをぶら下げていたことを考えると、おそらく観光客だ。


(だからお稲荷さんなんや……)

 さすが、世界中の観光客がおとずれる観光スポットだけのことはある。


「……とにかく歩こか」

 誰に言うでもなくつぶやくと、美緒は鳥居に囲まれた道を歩き出した。

 低めのヒールが砂利を踏むたびにジャリジャリと音が響くが、周囲には誰もいない。

(誰もいいひんならいいひんで、その方がいいけど)

 ここは夢の中、言ってみれば何でもありの場所だ。

 何が出てきたとしても、不思議はない。


(まぁ、歩いてたら、そのうち勝手に現実に戻ってるやろし)

 美緒がこうして夢に迷い込むようになったのは高校生の頃だった。

 最初は稀だったが、夢に迷い込む頻度は次第に増えていき、それにつれて美緒も段々とこうしたことに慣れてしまった。


 夢に迷い込んでしまうなど、誰にも相談できなかった。

 彼に誰かに相談できたとしても、こんな話を信じてもらえるとは思えない。

 夢ならばいつかは醒めるだろうと、美緒は自分なりに夢からの脱する方法を編み出していた。それがこうして夢の中を歩くことだった。


(それに夢やろうが何やろが、うちがひとりなんも同じやし……)

 いつまで続くのかわからない現実よりも、いつかは醒めるとわかっている夢の方がもしかするとマシなのかもしれない。

 そんなことを考えながら美緒が歩いていると、何かに頭をぶつけてしまった。


「えっ、あ、すっ、すみませ……」

 謝りながら顔を上げた美緒は言葉を失った。

 目の前には誰もいない。


 かわりにそこに浮かんでいるのは男性の手だった。

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『京都六角通の獏さん 一、夢路の鬼と赤い傘』冒頭試し読み 結来月ひろは@京都東山ネイルサロン彩日堂 @yukuduki

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