第1話 夢路の鬼2
(恐い……)
聞こえてくる楽しげな笑い声に感じるのは、恐怖だった。
そんな恐怖から逃げ道を探していた美緒の目に飛び込んできたのは「六角通」と書かれた看板だった。名前を聞いたことはあるものの、美緒にとってはあまり馴染みのない通りだ。
見ると、美緒が今いる寺町通よりは歩いている人が少ないようだ。
美緒は何かにすがるような気持ちで六角通に足を向けるが、その途中で向こうからやってきた女性と肩がぶつかってしまった。
「あっ、す、すみません……」
あわてて謝る美緒だが、ぶつかった相手は何も言わずにそのまま行ってしまった。
美緒にできることは鞄を自分に寄せて、さらに背中を丸めて歩くことだけだった。
新しい生活が始まるのだからと、少し無理をして入った店で定員にすすめられて買ったかかとの高い桜色の靴と膝上丈のスカートが目に入り、美緒はむなしくなった。
きっと靴も服も自分のような人間ではなくて、もっと素敵な人間に買ってもらいたかったにちがいない。そもそも、こんな格好は似合わなかったのだ。
(他の人も、私なんかに似合わないと思ってる……)
この場にいることが無性に恐くて足をとめたくなるが、そうすると他の人達の迷惑になってしまう上に視線が集まることになる。
自分に向けられるいくつもの視線、その奥に込められたものを思い出し、胸の奥が冷えていく。その冷たさは少しずつ全身に回り、美緒の自由を奪う。
(恐い……)
進むことも、止まることも。
しかし美緒はもう一度進むために、歩き出すために、ここにいるのだ。
止まってしまいそうになる足を美緒は必死に動かした。
ただ足を前に動かして歩くことだけに集中する。
(……あ……)
その途中、足音がふいに変わった。
(進みたくない……)
そんな気持ちとは裏腹に足は一歩二歩と、何かに操られているかのように進んでいく。
美緒にもわかっていた。
ここで足を止めたとしても、どうにもならないことを……。
ぴんと貼られた障子紙をくぐり抜けるような感覚の先にあったのは、ずらりと並んだ朱色の鳥居だった。
「またや……」
目の前に広がっている光景は、京都の人達に「お稲荷さん」と呼ばれている稲荷大社を彷彿とさせるものの、ここが本物のお稲荷さんであるはずがない。
他にも稲荷を祀った場所はあるとは言え、これだけたくさんの鳥居が並んでいる場所はこの近くにはなかったはずだ。
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