ビースト ミーツ ア ガール。

来栖もよもよ

おはなし

 遠く遠く離れた別世界でのお話です。

 

 

 深い森の中に、ある1匹の魔物が住んでいました。もう何百年も前から気がつけばこの森にいて、既に己が何年生きてるのかも分かりませんでしたが、まぁ長いこと生きてるんだろうなぁ、と自分で思う程度です。

 

 体長は2メートルほどでしょうか。

 

 とは言っても、森の中で一番動きやすいからこのサイズで落ち着いているだけで、1メートル位から7、8メートル位までは体の大きさも自在に変えられます。

 

 額のところの菱形の白い毛以外は全身が真っ黒な体毛に覆われ、一見狼のような四つ足の獣の見た目をしています。

 

 金色の眼、鋭い牙、大木をも一撃でなぎ倒せそうな力強い前足に鋼鉄のような硬い爪。

 見た目は超コワモテです。

 

 魔力で炎を起こして辺りを焼け野原にも出来、雷を鼻を鳴らすだけで好きなところに落とせます。

 

 本来なら弱い魔物など秒殺に出来る強い強い彼ですが、見た目のおっかなさに反して性格が温和で争い事も苦手、趣味は花を愛でながらのお昼寝という見た目詐欺でした。

 

 狩りの獲物も気前よく分配してくれるので、本来なら怖がられる筈の辺りの魔物たちにもとても好かれておりました。

 

 

 

 ある日のことです。

 

 いつものように森の野獣を捕まえて食事を済ませると周りの魔物に残りを分けて、テレテレと散歩を楽しんでいた彼は、この森には異質な泣き声を耳にしました。

 

 泣き声のする方へ向かって行くと、大きな木の傍で、人間の小さい女の子がうずくまって泣いていました。

 

 何故こんなところに人がいるのか分かりませんでしたが、泣いている子供を放置するのはいくら魔物でも気が咎めます。

 

≪……迷子か?≫

 

 念話で怖がらせないよう静かに問い掛けました。

 

「……だあれ?どこにいるの?」

 

 急に誰かの声が聞こえたのでビックリして泣き止んだ女の子は周りを見回しました。

 

≪……森に住むモノだ。別にお前を食うつもりはないが、人間にはよく怯えられるから≫

 

 暗に「だから見ない方がいいぞ」と草むらの隙間から告げたつもりでしたが、女の子はパッと顔を明るくしました。


「こわくてもいいよ!ちかくでおはなししよ?

 マイアね、おとーさんとおかーさんがここでまっててね、っていったからまってたの。

 だけど1回おねんねしてもまだおむかえこないの。1人でまってるのつまらないし、だれかとおはなしできるのうれしい!

 でも、とってもさむくて、おなかすいた……」



 彼は思いました。

 あー、これは口減らしで捨てられたんだろうな。


 そうでなければ冬の森の中に小さな子供を置き去りにする訳がありません。



 ここ5年ぐらい、たまに森を抜けていく旅人達が干ばつで作物が不作だ、このままだと弱い者からどんどん死んでしまう、などと話しているのを聞いた覚えがあります。


 確かに森の中で食べられる果物もちょっと小さかったり酸っぱかったりするし、川や湖の水位も低いのです。


 マイアという女の子の親は、それでも子供になるべく寒い思いをさせないように、マフラーや薄い毛布を与えて、木のうろがあるところに捨てていっただけマシなのかも知れませんでした。


≪……それじゃ、泣くなよ≫

 

 彼はゆっくりと草むらを分けて、マイアの前に姿を見せました。


「わぁ!お犬さんは、おはなしができるのね!すご

~い!」


 全く怖がる様子もなく、もふっ、と彼の体に抱きついて来たマイアは、


「あったかぁい……ふふふっ」


 と嬉しそうに笑いました。


 基本的に魔物は番(つがい)か弱い魔物以外は単独で生きているので、人間とは言え別の体温がくっつくのはなんとなくくすぐったい気がしましたが、まあ不愉快ではありませんでした。


≪……果物は近くに生えてる。川も少しいった所にあるから連れていってやる≫


「ほんと?犬さんありがとー!」


≪犬じゃない。魔物だ≫


「マモノ……よくわかんない。んーと、そしたら犬さんのおなまえは?」


≪……ベイルだ≫


 別に名前を教えるつもりはなかったのに、なんとなく答えてしまいました。


 どうせ食べ物を与えて水を飲ませたらお別れなのに、おかしなものです。


 川沿いに下っていけば確か人の住む村があったハズで、マイアの親がいるところかは知りませんが、そこまで行けば、いくら食べ物が少なくても誰か育ててくれるんじゃなかろうかと思いました。


 少なくとも、魔物の住む森で小さな子供が暮らしていくよりはよほどマトモな暮らしが出来るハズです。


「ベイルね、ベイル。ん、おぼえたよ!ベイルは大きくてあったかいねぇ」


 背中にまたがったマイアがすりすりと首の辺りに頬を寄せるのが、なんともむず痒い感じでしたが、自分を怖がらない人間もいるのは悪い気持ちはしませんでした。




 ◇  ◇  ◇




 果物を与えて、川で水を飲ませて村があるから川下に下るよう言っても、マイアは何故かベイルから離れませんでした。


「きっとね、マイアがもどったら、おとーさんとおかーさんがかなしむと思うの。小さいおとうともいるから、ごはんがなくなっちゃうんだよ。

 だからおむかえこなかったんだと思う」


 ぽわぽわしてるようで、マイアは意外と頭のいい子のようでした。


「ほかのおうちの子になったら、ほかのおうちの子のごはんがへるでしょう?それはダメなの。

 だから、ベイルといっしょにいたいな」


≪……魔物と一緒にいるのはどうかと思うぞ≫


「んー、これから森でがんばって生きていけるようになりたいから、おねがい!」


 魔物に物を頼むのは、やっぱり少しおバカさんかも知れません。


 まあ、どちらにせよもう戻る意思はなさそうなので、彼は考えました。

 このまんま放り出してしまうとすぐ死んでしまいそうだし、仕方ないから暫く付き合ってやるか、という気になりました。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



「ベイル!ベイル!見て!大きな魚釣れたよ~」



 ほんの数年のつもりだったのに、気がついたら15年が過ぎていました。

 未だにマイアはベイルと一緒に暮らしていました。


≪おう、すごいな。脂がのって美味そうだ≫


「でしょ?塩焼きにしようね」


 ニコニコと笑うマイアももう人間の年齢で20歳。立派な成人です。



 7、8年ほど前から、時々ベイルが獲った獣肉や自分の釣り上げた魚を川下の村に持っていっては、塩やミソ、ショーユ、酒と呼ばれる調味料や、皿や大鍋、フォークやスプーン、洋服などの生活用品と交換して来たり、煮たり焼いたりと少し凝った料理をするようになりました。


 今までベイルは食物は生で食べ、味がついてないのを当たり前と思って生きてきましたが、塩やミソなどをつけて焼く肉や魚は生で食べるより何倍も美味しいし、冬場はスープといういいダシの効いた温かい食べ物も作ってくれたりします。


 たまにやってくる魔物の友人にも振る舞ったりして、褒めてもらうとやたらと喜んで、もっと色んな物が作れるように頑張る!とやけに力強く頷くマイアに、ベイルはふんわりといい気持ちになり、目を細めて眺めているのがこの数年の日常でした。


 そして眠る時は洞窟の中です。


 枯れ草を敷き詰めたベッドで、マイアはベイルに抱きつくようにして眠るので、最近はベイルもちょっと困っています。

 何だか胸がドキドキしてしまうのです。



≪マイアはもう大人なんだから、1人で眠れるだろう?魔物とは言え、男性と1つの寝床というのは良くないんじゃないか?≫


 ベイルはそう注意したものの、


「でも家族は普通一緒に眠るものでしょう?」


 と言われると、人間の生活には詳しくないので、(そうなのか。普通なのか)と思ってしまいます。

 そして、毎晩胸をドキドキさせてしまうのです。


 これは、あまり体に良くないような気がします。病気なのかも知れません。




≪……マイア≫


 ある日、ベイルはマイアに夜のドキドキの件を伝えて、もしかしたら寿命が近いのかも知れないから、マイアも人の住む所へ戻った方がいいと提案しました。


「──それは、病気じゃないと思うよ?」


≪違うのか?≫


「うん。私もそうだから。多分『大好き』って言うものだと思うよ。私がベイルを好きなように、ベイルも私を好きなんじゃないかな?」


≪………魔物だぞ私は?≫


「関係ないでしょ?好き嫌いに種族関係ある?大体好きじゃなきゃこんなに長い間一緒に暮らせないでしょう?」


 いや、関係あるんじゃないかなー、とベイルは思いましたが、余りにもマイアが平然としているので、またしても(そうなのか。関係ないのか)と納得してしまいました。


≪それじゃ、マイアの髪は茶色くてサラサラしてて気持ち良さそうで撫でたいなと思うのも?≫


「愛だよねえ」


≪川で溺れてしまわないか心配でしょうがなくて、何度もコッソリ付いていったのも?≫


「そんな事してたのね。──いや、愛でしょ」


≪人間になった状態で一緒に眠りたいとか思うのもそうなのか?≫


「うん、愛だよ愛。──いやちょっと待って、人になれるのっ?!」


 マイアが驚いたようにベイルを見ました。


≪ああ。何百年も生きてるしな≫


「なんで今まで見せてくれなかったのよ?!」


≪狩りに不向きだし、その……≫


「その、何よ」


≪……毛がもふもふしてあたたかいと、マイアが言ったから≫


 ベイルが少し恥ずかしそうに尻尾でぽふぽふと地面を叩きました。


「…………私のせいか。それじゃ責められないなぁ」


 マイアは苦笑すると、


「ぜひ見せて」


 とベイルを見ました。


≪…………毛がなくなるが≫


「構わないからはよ」


 マイアに催促されて、人になって見せたベイルは、見た目は30歳ほどの、筋肉質の黒髪の青年の姿でした。切れ長の金色の瞳も麗しいかなりの好青年でした。


「ちょっと真っ裸じゃない!戻って戻って!」


 マイアは顔を真っ赤にして顔を覆いました。


≪……見せろと言ったのに怒られるのは理不尽だ≫


 ベイルは元の姿に戻ると、てしてしと尻尾をマイアに当てて来ました。


「ご、ごめんね。そうだよね、服着てないもんそりゃ裸よね…………分かった。村で調味料交換する時に男の人の服も仕入れてくるよ。そしたら大丈夫だから」


 何が大丈夫なのかベイルには分かりませんでしたが、これだけは聞いておこうとマイアに尋ねました。


≪マイアは私と番になってくれるのか?≫


「つがい?」


≪夫婦のことだ≫


「いや、嬉しいけど、人間でも平気なの?」


≪まあ子供が出来るかは分からないが、少なくともマイアの寿命は長命の番に沿うように延びる。

 ただ、見た目の年も取らなくなるので、人間の理(ことわり)に反してしまうが≫


「むしろ女の理想。是非とも嫁にして下さい!」


 食い気味に首に抱きついて来たマイアに、


≪そ、そうか。嫁か≫


 何となくベイルも顔が熱くなってきて、今は人の姿でなくて良かったとホッとするのでした。






 魔物と人の夫婦は、不思議と3人の息子にも恵まれ、長い間幸せに暮らしましたが、子供たちは母親から100年ほどすると独り立ちを求められました。



「ごめんね。お父さんが、息子なのに自分以外が私の傍にいると、焼きもち妬いてコッソリ泣くんだもの。大人げないんだから。

 でも時々顔だけ見せに来てね」



 強くて尊敬する父親の余りのギャップに開いた口が塞がりませんでしたが、自分たちもその父親の血を引いて、数百年以内に同じように番溺愛モードに入ることなど、今は知るよしもありませんでした。





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