憧れの的・神崎さんは、人間(ヒト)認定されてません。

野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中

第1話 神崎さんの弱点は



 目の前を颯爽と歩く後ろ姿を盗み見る。



 パンツスーツがよく似合う彼女の名前は、神崎めい。

 僕より3期上の先輩上司だ。


 美人でスタイル抜群。

 営業成績なんてブービー賞の僕とは対照的な3年連続トップで、超優秀。

 加えて誰からも好かれている。


 そんな凄い人なのだが、何故そんな彼女と僕が一緒に居るのかというと……仕事だ。



 これから2人で、僕の営業先を訪問する予定になっている。


 訪問先は今ちょうど契約が切られそうになっている所。

 だからこその『神崎さん召喚』なのである。




 オフィスの廊下から、広いエントランスへと出た。


 すると丁度そのタイミングで、神崎さんが不意に振り向いてくる。


「栗田、資料はちゃんと持ってる?」


 目が合った事にビックリして、無防備だった心臓が大きく飛び跳ねた。


 しかし、それでも。


「はっ、はい!」


 辛うじて、彼女の繰り出す質問に追い縋る。


「名刺は?」

「持ってます!」

「旅費精算用の電子カードは?」

「ありますっ!」


 そう、何とか答え切ると。


「よしっ!」


 そんな声と共に、今度は強烈な笑顔爆弾がお見舞いされた。



 お陰で僕はまんまと見惚れ、心臓が自動阿波踊りモードに突入した。

 しかし、その時。



 バァンッ!



 ひどい衝撃音がエントランス中に響き渡り、その場に居合わせた者達が皆一斉に音の発生源へと目を向ける。


 そんな中、僕はというと……ただ呆然と、神崎さんを見ていた。 




 最初は、何が起こったのかよく分からなかった。


 しかし、少し遅れて「音が聞こえたのと同時に、彼女が何かから反発を受けたのだ」という事を理解する。


 そして。


「~~っ!」


 額を抑えてその場に蹲(うずくま)った彼女を前にして、やっと僕も再起動し始めた。


「っだ、大丈夫ですか神崎さん!」


 言いながら慌てて駆け寄ると、彼女が蹲る事になった『元凶』がウィンと音を立てて僕に道を譲ってきた。

 まるでつい先ほどの反発なんて、全く存在しかったのような従順さだ。


 しかし今更道を譲られたところで、今となっては最早不要。


 ……否、違うか。

 必要だ。

 必要だけど、物事には優先事項という物がある。


 

 譲られた道などすっかり無視して僕は隣にしゃがみ込み、オロオロしながら彼女の顔を覗き込んだ。

 すると、気丈な手振りがヒラヒラと無事を知らせてくれる。


「だ……大丈夫、大丈夫」


 その言葉に一度安堵しかけて、しかし全く大丈夫じゃないと気付いた。


 だって片手で摩(さす)っているその額が、かなり赤くなっている。

 涙目だってかなりの物だ。


 そう、涙目。

 ……可愛いな。


 ってそうじゃない!

 えーっと、えーっと、とりあえず……。


「ち、ちょっと僕……何か冷やす物持ってきます!」


 そう言って、涙目先輩の可愛さを振り切って走り出す。


 さっきのは、僕の心の永久保存フォルダに保存しておこう。

 そんな事を、思いながら。




 みんなの憧れの的。

 そして僕が密かに想いを寄せてる高嶺の花・神崎さん。


 彼女は容姿端麗、スタイルも良くて、成績も優秀な上に人も良い完璧な人。



 なのに何故か――機械から人間判定してもらえない。


 神崎めいとはそんな風にちょっぴり残念でとっても可愛い、僕の想い人である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

憧れの的・神崎さんは、人間(ヒト)認定されてません。 野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中 @yasaibatake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ