第3話 ただ、それだけだった。
「や、やぁ。ただいま」
照れたような笑みを浮かべながら、悠里は再び玲央の前に現れた。
自然な動作で隣に座る悠里に、玲央は咄嗟に視線を逸らしてしまう。ついさっきまでと同じ光景なのに、何故か緊張が止まらなかった。
「さて、何から話したら良いのかな」
悠里の問いかけに、玲央は思考を巡らせる。正直、気になることばかりだった。
だからこそ、玲央は眉根を寄せる。
「……無理、してないか。俺の意思でお前を呼び戻しちまったんだ。だから……」
「優しいんだね、君は。僕なら大丈夫だよ、ありがとう」
言いながら、えへへ、と悠里は笑う。
随分と愛らしい笑い方をするんだな、と思った。やっぱり、悠里のことはまだまだ知らないことばかりだ。
「僕が君に声をかけたのはね。教室で……君がこれをやっているところを見かけたからなんだよ」
「…………は?」
思わず、間抜けな声が漏れる。
悠里が見せてきたのは、スマートフォンの画面だった。
「僕もこれ、やってるんだ。だから、一緒のギルドに入れたら嬉しいなって思って」
「……マジか」
「…………はい、マジです」
そこに映し出されていたのは、見慣れたアプリゲームのホーム画面だった。
唖然とする玲央をよそに、悠里は頬を朱色に染めていく。
「……それだけなのか」
「ハイ、ソレダケデス」
「カタコトだな」
「ハイ、カタコトデス」
そんなにも恥ずかしいのか、悠里は耳まで真っ赤にさせながらスマートフォンで顔を隠す。
玲央はついつい、ふふっと笑い声を上げてしまった。
「お前、変わったやつだな」
「……ふ、ふぅん? それ、チャラチャラした見た目の癖に教室でぼっち感満載の君が言うんだ」
「ぐ……っ」
玲央の笑いは一気に消え、思わずジト目を向ける。しかし、図星すぎて何も言い返すことができなかった。
すると、悠里はすぐに「ごめんごめん」と手を合わせる。
「冗談だよ。許して?」
「まぁ、ぼっちなのは変わりねぇけど。……お前、本当にゲームがきっかけだっただけなのか」
「うん。だからここに来た訳だしね」
悠里の言葉に、玲央は首を傾げる素振りを見せる。
しかし、これはいったいどういう意味だと考える前に、玲央は「あ」と声を漏らしていた。
水族館なんてまったく縁がないと思ってスルーしていたが、思い当たる節が一つだけあったのだ。
「確か、ここの水族館とコラボしてたっけか……」
アプリゲームとコラボキャンペーンをやっている、という告知はゲーム内で何度か目にした覚えがあった。詳しいことは覚えていないが、キャラクターが館内アナウンスをしたり、コラボスイーツが発売されていたり……と、こんな感じだったような気がする。
「そう、その通りっ」
玲央が気付いたのがそんなに嬉しいのか、悠里の笑顔に花が咲いた。
興奮気味に前のめりになってくる悠里に、玲央はついつい身体を仰け反らせる。嫌とかじゃなくて、眩しくてたまらないのだ。自分の過去を語る時はあんなにも弱々しかったのに、今は身体全体が嬉しさで溢れている。
元々の悠里は喜怒哀楽が激しくて、楽しいことに夢中になれる人なのだろう。目の前の悠里を見て、玲央はひしひしとそれを感じ取っていた。
「でも、それでほぼ喋ったことのない俺を誘うとか……凄いなお前」
「これしかチャンスがないって思ったんだよ。……でも、結局逃げようとしちゃったけどね。君が呼び止めてくれなかったら、こうはなってなかったよ」
呟きながら、悠里は頬を掻く。
反射的に、「何を言っているんだ」と玲央は思った。今こうして悠里と向き合っていられるのは、悠里が勇気を出して踏み出してくれたおかげだ。
悠里は自分にとって、本当だったら手の届かないところにいる人のはずだった。勇気も明るさも人一倍ある人で、正直――教室での悠里とは比べ物にならない程、自分の触れたことのない魅力に溢れているのだと思う。
「なぁ、時村」
何か言わなきゃな、と玲央を口を動かす。
自分は気の利いたことなんて何も言えない。何せ人との会話を避けてきた人間だ。語彙力なんてまったくなくて、ただ思ったことを口にすることしかできない。
でも、だからといって、
「俺は今のお前の方が好きだって思うぞ」
まさか、自分がこんなことを口にしてしまうとは思わなかった。
気付いた時には言葉が零れ落ちていて、玲央は慌てて目を逸らす。
「あ、いや……その」
言ってしまってから、玲央は口をもごもごさせた。しかし今更誤魔化せるはずもなく、悠里に丸々とした瞳を向けられてしまう。
「それ、ホント? 本当に……そう思ってくれてるの?」
悠里の琥珀色の瞳が、まるで希望の光を見つけたかのように玲央の姿を捉える。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうで、玲央はそっと息を呑んだ。誰かにとっての「嬉しい」が、こんなにも胸の奥を温かくさせるだなんて思わなかった。
むしろ、今の今までそんなことも知らなかったのかと、玲央は笑ってしまう。
「式澤さん……?」
「あぁ、悪い。お前の反応が意外でな。……俺はただ一般論を言っただけだ。暗いより明るい方が良い。それだけの話だ」
早口で言い放ち、玲央はますます俯くようにして地べたを見つめる。
ふわふわとした不思議な気持ちだった。恥ずかしいという気持ちももちろんある。でもそれ以上に、悠里とこうして普通に会話をしていることが嬉しかった。
まるで自分が自分じゃないみたいだな、と玲央は思う。
「ふふっ、ありがとう、式澤さん。僕、嬉しいよ」
「……そ、そうか」
戸惑いながらも、玲央は頷く。
すると、
「うん。…………ずっと、一人ぼっちで寂しかったから」
ぐにゃり、と唐突に悠里の声色が乱れた。
本当に喜怒哀楽の激しいやつだ、などと笑う暇さえなくて、玲央は必死に彼女の瞳を見つめてしまう。
「眩しいんだよね。青春の真ん中にいる人達が。何で僕は僕を隠したんだろうって後悔するくらい、クラスメイトの皆が楽しそうだなって思ってた」
言いながら、悠里は両手をぎゅっと握り締めた。表情は……どうなのだろう。俯いていてよくわからない。
「どうしたって僕は普通じゃないから。女の子とはどう接して良いかわからないし、男の子は恋愛が絡んだらどうしようって思っちゃう。ちっちゃい頃はまだ良かったけど、高校生になってまで恋愛がわからないとか意味がわからないでしょ?」
ようやく顔を上げたと思ったら、自虐するような笑みを浮かべる。ちゃんとした笑顔にはなっていなかった。
「だから全部諦めてたはずなんだけど、耐えられなくなっちゃって……。もっと君と話がしたいしゲームもしたい。なのにここから先に進んで良いのかわからないんだ」
――ごめんね、ごめんね、と。
悠里は震えた声で謝ってくる。
やめてくれよ、と玲央は思った。そんな顔は見たくないし、そんな声も聴きたくない。ただまっすぐ、希望に向かって走っていきたかった。でも、青春という名の現実はそんなに甘くはないらしい。
「……俺は……」
逃げたくない。進みたい。
こんな自分でもようやく前が見られるようになったのだ。
大きなきっかけをくれた悠里に、ちゃんと自分の言葉を届けたい。
「お前のことをもっと知りたいと思っている。ゲームだってやりたいんだろ? だったらやれば良いじゃねぇか」
「……っ! ……で、でも、僕は」
「恋愛に発展するかも知れない。それが怖いってか? そんなの……そんなのはなぁ」
息を吸う。悠里を見る。
逃げも隠れもしない。これが自分の本音だと、視線と言葉を悠里にぶつけた。
「そん時考えれば良いだろ。お前となら、こうしてまた乗り越えられるんじゃねぇかって思うから。だから……もう諦めるんじゃねぇよ!」
恥ずかしげもなく、玲央は叫ぶ。
そうでもしないと悠里に伝えられないと思った。
青春なんていらない。自分の瞳には何も映らない。そう思い込んでいた自分の心を救ってくれたのは、違いなく悠里だ。
「僕、は……」
ほとんど泣き出しそうな顔で、悠里はこちらを見つめている――ような気がする。
おかしなことに、目の前が滲んでよく見えなかった。どうやら、自分の感情はとっくに壊れてしまったらしい。
「…………君と、仲良くなってみたいんだ」
きっと、自分達が立っているスタートラインは、随分と不思議な場所に立っているのだろう。
でも、玲央と隣にはちゃんと悠里の姿があって、笑っている。
こんなにも嬉しいことはないな、と玲央は思った。
了
青春の真ん中に僕はいますか? 傘木咲華 @kasakki_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ライブレポートと、日常と。/傘木咲華
★36 エッセイ・ノンフィクション 連載中 86話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます