輪廻転生―逆転の発想―

三点提督

輪廻転生―逆転の発想―

 最後に聴こえてきたのは、僕の家族の、誰かの声だった。

「……っ! ……っ!」

 ――ああ、もう死んじゃったんだ?

 意識がある訳でも、しかしない訳でもない。あるのはただ、僕が僕であったという記憶のみ。僕が生前お世話になり、同時に数えきれない程の迷惑をかけてきた人達が今、僕と共に、最期のひとときを送ってくれている。

 そして本当の最期の時が訪れた。身体が熱く、じわりと肌が溶けていくのが解る。

火葬だ。僕はとうとう火葬窯――最後の最後まで本当の名前が解らなかったのであえてそう呼ぶ事にする――の中へと送られてしまったのだ。

 ――今まで本当にありがとう。内心でそう呟き、僕の人生は幕を閉じた。


「……なさい……起きなさい。遅刻するわよ?」

 ――ん?

 ――あぁ、なんだ、またこの夢か。

 最近になって、僕は今のような妙な夢を見るようになっていた。それもたちの悪い事に、どういう訳か僕が死んで、そして燃やされてしまい、そこで終わる。そんな、

或いは未来予知か何かのような、そんな夢だった。

 ――はぁ、まだ朝になったばかりなのに、どっと疲れが込み上げてきた。

 母親が部屋を後にしたのを確認し、僕は速やかに着替えをはじめた。そんな時、

「お兄ちゃん」

「ああくるみ、おはよう」

 妹のくるみがいつものように母親よろしく、わざわざ部屋まで挨拶に来てくれた。

「お兄ちゃん、今日から高校生なんだよね? 私も中学生になったから新しいお友達沢山出来るといいな?」

 妹は余程わくわくしているのか、もう既に制服を着ている。時刻はまだ午前七時を

廻ったばかりで、そこまで急ぐ必要はないと思うのだが、まぁ気持ち自体は解らない

訳でもないし、むしろ僕も実際のところはそんな気持ちなので、それについては今は

あえて触れないでおくことにした。

「さて、それじゃあ行くか」

「うん」

 そして僕達は自室を後にした。


 リビングに行くと、やはりいつものように食卓に書置きがされていた。

『先にお仕事に行ってきます。母より』

 ――毎度毎度、律儀だよな?

 いつも同じような事やって、よく飽きないものだ。そんな事を思っていると、妹が

僕を睨みつけ、「そんな態度だとお母さんが可哀想だよ?」と言ってきた。どうやら思わず溜息を吐いてしまったのがバレてしまったようだ。僕は軽く、「悪かったよ」

と言って適当に妹を宥めつつ食卓の椅子に座り、用意されてあった朝食を口にした。「なぁくるみ?」

「なに?」

 僕は今までたまに見てきたあの夢について妹に訊ねてみる事にした。

「お前さ、自分が死んだ夢とかって見る時あるか? それもおかしなもんで、自分が

燃やされたところで終わる……」

「ご飯中だよ?」

「あ……ごめん」

 流石に時と場所を誤ったようだ。僕は素直に引き下がり、一先ずこの話はなかった事にした。

 ――僕くらいの年頃で、尚且つ同じ男であれば、或いはって事もあるだろうけど、

やっぱり今は拙かったか。

「解ってくれればいいよ……でもね?」

 僕のほうを見上げ、「やっぱり、言っていい事と悪い事があると思う」と言った。その表情が、心無しか、どこかとても悲し気に見えた。

 ――何で僕よりもこいつのほうがこんなに複雑な感じになってるんだよ?

 確かに同じ家に生まれた兄妹として、自分の兄貴がこんなことを口にしているのを

黙って聞いているのは気分が悪いかもしれない。だからと言ってどうしてそれが口に

していいか悪いかに発展するのかがよく解らない。

「……解らなくていいよ。お兄ちゃんになんて、解られて堪るものですか」

 どうやら思わず小声で呟いたことが聴こえてしまったようだ。

 ――こいつって、こんなに鋭かったっけ?

 内心でそう思いつつ、「やれやれ」と左右に首を振り、もう一度、「悪かったよ」

と言って再び妹を宥める事にした。

 午前七時半。

「くるみ」

 僕は時計に目をやり、妹の名を呼んだ。そろそろ登校の時刻が近づいてきたからで

ある。妹は妹でもう既に身支度は整えてあるので、いつでも出掛けられる形となって

いた。

 ――えっと、忘れ物は……、

制服のポケットの中身を確認するように軽く触れ、忘れ物がない事を確認してから、

「よし」と自分に言い聞かせるように呟き、「行くぞ」と言って、自宅を後にした。


 道中は同じ、というより、妹は少なくとも中学までは僕と同じ所に通っている為、

ほとんど通り道なので、今からしばらくはある種の兄妹散歩のようなものになる。

「これからもまたこうしてお兄ちゃんと学校に行けるんだね? ……って言っても、私達は三歳も離れてるから、絶対に同じにはなれないんだけどね? もっと言えば、お兄ちゃんの近くには……」

 そんな意味深な発言が、残念な事に僕の耳にこびりついてしまったようで、僕は

入学式から帰宅までの間、そんな妹の言葉の意味ばかりを考えていた。


 下校時、どうやら時刻が僕より少し早かったらしく、妹が校門の前で待っていた。いくら四月とは言えまだ少しばかり肌寒いこの時期によくもまぁ耐久出来たものだと

多少からかいつつ、「ありがとうな?」と言いつつ、妹と共にその場を後にしようと

した時、「ちょっと待って?」と言って、妹が僕の制服の袖を摘まんできた。

「どうしたんだよ?」

「これ、お兄ちゃんの為に買ったの。よかったら読んでみて?」

 妹が手渡してくれたのは一冊の本で、どうやら内容は夢や心理状態等に関するもの

のようだった。

 ――そういえば、今朝起きた時にそんな話題振ったっけ?

 自分事ではありながら、本当に今日半日は妹の事しか考えていなかった為すっかり忘れていた(なんて、一部台詞に語弊を招くところもあるが、実際問題あながち間違いでもないから否定の仕様がない)。

「何となくお兄ちゃんがそんな感じの事に興味がありそうだったから、わざわざ本屋

さんまで行ってきたの。高かったんだからね?」

 確かに一冊分の値段が千円を超えるのは中学生としては高価な部類に入るだろう。

 ――って言うかよくもまぁこんな分厚いものを見つけられたものだ。

 ――ま、せっかくのプレゼントな訳だし、受け取っておくかな?

 ――入学祝いとして。

「そうだ。くるみお前、喉渇いてないか? 飲み物でも奢ってやるよ」

 そう言って、僕はその本を通学カバンに入れつつ学校から程近い土手にあるベンチ

まで足を運び、一旦そこで妹を待たせ、すぐ近くの自販機で飲み物を買い、それを手

渡した。

 ――一緒に行ってその場で渡せば早い話だったんだけどさ?

「ありがとう、お兄ちゃん」

「別にいいよ。どうせたかが百円やそこらだし」

「……そうだね」

 やはり妹はどこか複雑な表情をしている。一体今朝からどうしたというのだろう?

そう思い、思い切って訊ねてみたが、しかしやはり妹は話をはぐらかしたりするばかりでまともに僕の話に耳を傾けてくれようとはしなかった。その代わり、「それは、お兄ちゃんが自分で考える事だと思うから」と言い、「だから悪いけど私の口からは言えない」と、或いは妹自身の素直な言葉で断りを入れてきた。

「くるみ……」

「ところで、ねぇ、お兄ちゃん?」

「何だ?」

 訊き返すと、妹は少しばかり言いづらそうに、「明日の午前零時、ちょっと二人で

お散歩でもしない?」と誘ってきた。僕は、何故十二時に? と思いつつも、「解った」と返事をし、丁度飲み物も空になった頃合いだったので、そこら辺にあった屑籠に缶を捨て、今度こそ二人で帰路に着いた。


 午後六時。

「カレーでよかった?」

 自室で妹から貰った本を読んでしばらく経った頃、妹が夕食のそれをお盆に載せて

持ってきた。

 ――いけない。もうこんな時間か。

 興味をもった本やいわゆるナントカ本の事となるとゲームをしている時と同じ感覚で時間を忘れてしまう。それが僕の唯一の欠点である。

 ――なんて、すぐに治る訳でもないんだけどさ?

「ああ、ありがとう」

 妹は僕のすぐ隣、ベッドの右側に座り、お盆を僕に渡したのと同時に、その綺麗な

顔を伏せるように俯いた。

 ――いつも思う事だけど、こいつって本当に可愛いよな?

 或いは僕がただのシスコンなだけかもしれない。でも、願わくば、来世でもこの妹と兄妹として出会いたい。そんな感情をいだいていた。

「なぁくるみ?」

「なに?」

「やっぱり美味いな? お前の作るカレーって」

 しかしそのような事は言えるはずがなかった。それでこそ、僕達はあくまでも二人だけの兄妹であり、それ以上でもそれ以下でもない関係だからである。

 いや、だからこそ、僕達はその一線を越えてはならない、越える訳にはいかない。

「……まだまだあるから、沢山食べてね?」

「ああ」

 午後九時。

「ただいま。今帰ったわよ?」

 母親はいつもこの時間帯に帰宅し、そして僕達二人が僕の部屋にいるのを知っているので、あえて上がっては来ず、呼び掛けだけしてそのままリビングに行く。そしてやはり今日もまた同じだった。

「母さん戻って来たな?」

「そうだね」

 今現在、僕は勉強机の前で明日の宿題を、妹はソファで適当にくつろぎ、それぞれ時間を潰していた。

「なぁくるみ?」

「なに?」

「いつも思うんだけど、お前、飽きないのか? 何もやらないでそんなふうに黙って座ってるだけとか」

「別に」

「そっか。まぁお前がいいってんなら、僕も別に構わないけど」

 嘘だった。気になって仕方がなかった。妹の事を考えるだけで身体が火照り、それ以外何も考える事が出来なくなっていた。

 ――だけどそれでも、相手は妹で、僕は兄貴だから、そういう感情は持てなくて、

いや、持つ訳にはいかなくて……、

「お兄ちゃんてさ?」

「あ?」

「ひょっとして私の事……好きなの?」

 唐突だった。いや、何となく、今になって気づいたことがある。それは、

「くるみお前、まさか僕の考えてることが読めるのか?」

「うん、何となく」

 やはりな? だが何故、僕は僕で今日の今日になってそれに気づいたのだろう?

 ――まさか、やっぱり……、

「お前、やっぱり僕に隠してることとかないか?」

「……どうしてそう思うの?」

 どうしてそう思うのか? それは正直僕にも解らない。だが何となく、それでこそ何となくとしか言いようがない。

 ――本当に、何となくとしか……、

「……?」

 ――待てよ?

 今になって思い出した事がある。それは僕があの夢を見はじめた切っ掛けである。

その切っ掛け、それは妹が生まれてからだった。そして妹が丁度小学校に入学した頃から、僕はあの夢を見るようになったのである。

 ――でも、だとしたらあの夢の中の登場人物は誰なんだ?

僕は今でもこうして一先ずは何不自由なく、どちらかと言えば裕福に暮らしている。

無論妹や母親、後は今は出張でいないが、一応父親もである。

「気になるの? やっぱり」

「……だとしたら?」

「お兄ちゃんがどうしても知りたいなら、教えてあげる。でもその代わり、私からもお願いがあるの」

 妹は潤んだ瞳でこちらを見つめ、このおよそ3メートルの距離からでも余裕で解るその湿った吐息を漏らしながらこう言った。

「私を、抱いて」

「……」

 その瞬間、僕の中で何かが弾け飛び、

 ――もう、いいや。

 僕達は初夜を迎えた。


 午前零時過ぎ。

「綺麗な月夜だね?」

 そうは言ってもまだ肌寒い為、吐く息は真っ白だった。

 先程、僕は妹からの頼みと、何より僕の欲求に逆らう事が出来ず、文字通り妹を『抱く』形を取ってしまった。その間、ずっと妹は僕の名前を呼び続けていた。いつものように『お兄ちゃん』と呼ぶのではなく、僕の『名前』で。

 ――高校に入学して早々ってのも大概だけど、それ以前に幾ら自分の妹とは言え、

いや妹だからこそ駄目なんだが、つい先月まで小学生だった女の子に手を出すとか、マジでヤバいだろそれ?

 ――母親と父親にバレたら死ぬな? 僕。

 数秒程遅れた後で、僕は「そうだな」と返答し、「お腹、痛くないか?」と訊ねてみた。妹は「ちょっとだけ」と言って、「でも、お兄ちゃんと抱っこ出来て、すごく幸せだったよ?」と、まるで一切合切全く以て全然後悔などしていないかのような、

それでこそ、何かしらの覚悟を決めたかのような面持ちだった(ように見えたのは、逆に僕がビビってるからだろうか?)。

「ねぇお兄ちゃん?」

「何だ?」

「お兄ちゃんが見たっていう、その夢の内容。あれって、実は私のものだったの」

「……何だって?」

 衝撃的にも程があった。そんなはずはない。だって、その夢を見ていたのはこの僕自身なのに。それなのに、どうしてその夢の主が妹と入れ替わるのか?

「違うの。それでいいの。ただ……」

「ただ、何だよ?」

「ただ、私達は、そう、生まれ変わったの。輪廻転生。知ってるでしょ?」

「まぁ、多少は」

 輪廻転生、幾度の生と死を繰り返し、様々な姿で甦るというもの。だがそれと僕達

とで一体全体何の繋がりがあるというのか? 単刀直入にそれが知りたい。

「つまり、私達は、私がお兄ちゃんで、お兄ちゃんが私だった。って言えば簡単なのかな?」

「……」

「あの夢の中で死んでたのは私で、その夢を見ていたのは生まれ変わった私、つまり

お兄ちゃん。だから簡単に言えば……」

「前世では、僕がお前の妹で、お前が僕の兄貴だった。って事か?」

「……そうだよ? でも……」

 ここで妹はぷっと噴き出した。

「何だかそれって、ちょっと気持ち悪いよね?」

「なっ、テメェ!」

 せっかく真面目な話で互いの気持ちが落ち着いてきたのに、このガキは最後の最後になって……、

「でも」

 再び真面目な表情になり、こう言った。

「私はお兄ちゃんの事が大好きで、形は変わったけど、またこんなふうに二人だけの兄妹として生まれてこれたことはとても嬉しく思ってるの。だから――」

 身体を思い切り僕にぶつけ、力いっぱいに抱き締めてきた。

「――もう私より先に死んだりしないで。一人に、一人にしないで……一人にしない

でよぉ!」

 僕は大馬鹿だった。

 大切な妹であり、

 尚且つ大好きなたった一人の、

『くるみ』

 頭の中でフラッシュバックしたある人物の姿。

 最後に僕の手を取り、名前を呼んでくれたのは、

 ――お兄ちゃん。

 現世で妹として再会できた、この、たった一人の少女だった……。

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