サンタ苦労ス物語
松長良樹
サンタ苦労ス物語
彼はちょっと困った顔をして街を眺めていた。額には深い何本もの皺があり、白くて長い髭を生やしていた。おまけに赤い帽子と赤い服という一際目立つ格好で、黒いベルトに長いブーツを履いていた。
だから誰が見ても彼がサンタクロースだとわかったと思う。けれど彼に気づく者は殆どいなかった。なぜなら彼は八頭のトナカイの引く
プレゼンター・サンタにも自分の受け持ち区域があった。この広い国の子供達に一人でプレゼントを全て配るのは不可能だ。
夕暮れに地上に降り立ったサンタは、煉瓦道に雪がちらつく街を寂しそうに見つめて溜め息をついた。今年はサンタの国もこの上なく不景気で、子供達にプレゼントを揃えるお金がぎりぎりなのだ。
(自分が子供達の為にあちこちを駆けずり回って苦労するのは一向に構わないが、自分の受け持ち区域内でプレゼントをもらえない子供が一人でもいたとしたら、それは自分の責任だ)
――サンタは誠実そうな瞳を輝かせてそう思った。
クリスマスイブは本当に忙しい日だ。この一日でサンタの価値が決まるといってもいい。彼は夕方から早朝まで必死でプレゼントを配った。貧しい家から順に配るのが彼のやり方だ。アパート。マンション。戸建。彼は順調に仕事をこなしていった。
予算がぎりぎりなので高価なプレゼントなど揃えられなかった。しかしなんとか彼は自分の受け持ちの家はくまなくプレゼントを配った。
ほっして彼は笑顔をつくり、これでサンタの国へ無事に帰れるという顔をした。でも、その時トナカイの先頭のルドルフが重い口を開いた。
「サンタさん、忘れていますよ。三丁目の家を。あなたはあの家にプレゼントを置かなかった。あの家は貧しい上に兄弟も多くて、クリスマスケーキが買えないんだ。粗末なツリーの横に『サンタさんお願い。ケーキをください』と紙に書いてあったのを忘れたのですか?」
サンタが途端に険しい顔になった。
「ルドルフ。思い出したよ。よく教えてくれたね。あの家を忘れたらサンタの恥になる」
サンタは天に向かう橇の方向を地上へと戻した。しかしポケットの中にも財布の中にもびた一文お金は入ってはいなかった。
「どうするのです?」
ルドルフが心配そうにサンタを振り返った。
「時間的に間に合うかなあ。ルドルフ」
「明日の朝まではクリスマスですよ」
◇ ◇
群青色の大空に銀色に輝く橇が飛翔した。ルドルフがすました顔のまま、サンタに話しかけた。
「あの子達の顔見ましたか?」
「ああ、六人兄弟なんて凄いなあ。あのクリスマスケーキ、みんなで仲良く食べるといいな」
「しかし、どうやってあなたはお金をつくったのです? まさか……」
「おいおい、ルドルフ。変な事を考えないでくれよ。私はバイトをしたのさ」
「バイト? ですか。何のバイトです」
「ちょうどクリスマスセールのスーパーで私そっくりのサンタが働いていたんだよ。これはいいと思ってね。スーパーの店長に頼んで私も一日だけ働かせてもらったんだ」
「よく働かせてくれましたね」
「ああ、店長ったら私の格好を見て『君はやる気がありそうだ』と言ったよ。即OKだったよ。しかも給料は即金でくれた」
「す、凄い……。本物のサンタが偽者に化けてバイトをしたという事ですか?」
「ああ、そういう事になるね。ルドルフ」
「私はあなたのトナカイでいられた事を誇りに思います。あなたは真面目に働いたのですね」
ルドルフが静かに言った。
「よせやい。ルドルフ。寒いから風邪を引かないうちに早く帰ろう」
三丁目の六人の子供達は嬉しそうにクリスマスケーキを食べていた。
曇った窓から流れ星が
――街はすっかり雪景色で三丁目の商店街にジングルベルが流れていた。
了
サンタ苦労ス物語 松長良樹 @yoshiki2020
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます