第3話 絶望と希望

平和ボケをしていたのかもしれないと頭が混乱させられる程の衝撃を受けたことがあるだろうか。


朝に心地よい日の光で目を覚まし、少し運動をして朝食を取り、仲間と共にハンターを目指していた昨日までの日常が嘘だったかのような光景を目の前に僕とジャックは、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。


ミルの実がたくさん獲れていたはずの豊作の森も、その近隣にあるはずの家も、僕たちの前から消えて無くなっていた。



「ジャック、とりあえず南にあるサテライト広場に行こう。そこが避難場所になっているはずだし、ジャックのお母さんもきっとそこにいるはずだよ」



僕の声が聞こえていないのか、ジャックはただ自分の家があった場所を呆然と眺めている。


無理もないだろう。家族の死を予感させる出来事で思考が止まるのは自然なことだ。一流のハンターならまだしも僕たちはまだ学生、ハンターに言わせればまだまだ子供のようなものだ。



「ごめんなマルク。マルクを巻き込んで学校を抜け出したってのにこれだよ。足の震えも、手の震えも止まらねぇ。こんなに弱い自分が情けねぇ」



ジャックは真上を向いて溢れそうな涙を堪えながら強くそう言った。


無事に避難出来ているのか分からない母親が気になって仕方がないというのに、涙を堪えられる君は強いよ。決して弱くなんかない。



「ジャック、一つ僕から提案なんだけど良いかな?」



ジャックは真上を見ながらコクッと頷いた。



「サテライト広場に行くのはやめよう。街に侵入した魔物は、足跡を見ると恐らく複数いるみたいだ」



それを聞いたジャックは何か分かったと言いたげな表情を浮かべて、僕の方を向いて少し微笑んだ。



「つまり言いたい事はこうだな。サテライト広場に向かっているかもしれない複数の魔物を、街のハンターと一緒に討伐しようって話だろ?」



あっさり考えていたことを言い立てられて少し呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り直して僕はこう言った。



「でも多分、学校の人からもハンターギルドの人からも、後から説教を食らうことになるかも」



ハンター学校の生徒が緊急避難勧告を無視して魔物討伐に赴いたとなれば、あとから問題になるなんて事は容易に想像ができる。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。僕は言葉を続けた。



「僕たちが行ったところで役に立つかは分からない。でも、ここで行かなきゃハンターになれないと思う」



僕がそう言うと、ジャックは目に涙を浮かべていたさっきまでの表情からは一変して、強気な面持ちでこう言った。



「間違いねぇ、その通りだ!」



僕たちは二人で一人。どちらか一人が躓いたとしても、もう一人が支えることで前へと進む。


一人で乗り越えられないのなら二人で。僕たちはずっとそうしてきたし、これからもそうだ。


上手くいかない時や不安になることもある。だが、それも二人から一緒に乗り越えられる。今回も同様に。


もう先のことばかり考えるのはやめにして、今僕たちに出来ること。そして、ハンターになるための第一歩として、僕たちは街の中心部へと駆け出した。



―――――――――――――――――――――――



「おい、話と違うぞ!なんだよこの魔物は!」


「喋ってる暇があるなら援護してよね!ランス!」


「ちょっと、喧嘩している場合じゃないわよ。みんなで力を合わせなくちゃ」



全身に太い毛を大量に纏った全長5メートルほどの巨大な人型魔物を目の前に、仲間の連携が乱れ、わずか5体の魔物に約100人程ハンターが劣勢を強いられている。


連携が乱れているのは、状況がさらに悪くなりつつある現状がハンター達の焦りを募らせているからに違いない。


既に数人のハンターが膝をついて立てなくなっているのを横目に、自分を守ることに精一杯なハンター達に連携というものはどこにもない。


街を守らなければならないという使命感が、なんとか皆の足を動かしているという感覚だ。



「やぁぁぁああ!!」



巨大な人型魔物に及び腰だったハンター達を目の前に、一人の女性が目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろした。


金髪で長い髪の毛、あの年齢でこれほどの剣術を習得しているハンターなど一人しか知らない。『金色の女神』だ。



「絶対にサテライト広場には行かせない!みんな、力を貸して!」



一人の女神により、さっきまでの悪い雰囲気が嘘のように明るくなった。


そして、街のハンターが総出になっているため、『烏合の衆』というチャームとの相性は抜群だ。


仲間が多ければ多いほど力が増すチャームにより、五体の巨大な人型魔物に劣勢を強いられていた状況に強烈な光がさした。


しなやかな動きから放たれる強力な一撃は、見ているハンター達に「ついて来て」と言っているようだった。



「ロビンったらまた良いところ持っていくんだから、私たちも忘れないでよね!」


「ロビンばっかり活躍させてたまるかよ、俺の一撃もくらえ!」


「みんな!金色の女神に続け!」



流れに乗った街のハンター達は、巨大な人型魔物に向かって次々と駆け出した。一人の強い力がみんなに伝染しているのだ。


膝をついていたハンターも再び立ち上がり、戦闘に復帰している。少しの勇気で劣勢が逆転するという事実を目の前に、金色の女神は満面の笑みで戦っていた。



「さぁ、一気に畳みかけましょう!」



人型魔物の全身に生えている太い毛に阻まれ、剣の刃が肉体までうまく通らいため、一撃によるダメージは少ない。


しかし、街のハンター達の数による暴力で少しづつチクチクとダメージを蓄積していく。


手に持った大きな棍棒を振り回し、寄ってくる虫を振り払うように攻撃を繰り出す巨大な人型魔物の動きがだんだん鈍くなってきているのが分かる。


その隙を金色の女神が逃すはずがない。


驚くようなスピードで懐に潜り込み、目にも留まらぬ速さで振り下ろされた剣は一体目、さらにニ体目の命を連続で奪った。


それを見た周りのハンター達の活気も最高潮に達し、さらに攻撃を与えていく。


そして三体目、四体目の命を奪った。そして残りの一体がすでにぼろぼろになっているのが分かると、ハンター達は一気に畳みかけた。


数による暴力は、一瞬にして最後の一体をしに追いやる勢いだ。しかし、安堵するには早かった。



「グワァァァアアア!!!」



ついに最後の1体を倒したと同時に、空から羽の生えたトカゲのような生き物が大きな咆哮を上げて降りてきたのだ。


戦闘が終わった祝福の声をあげる暇もなく現れたその姿に、我々は再び恐怖を覚えることになる。



「ま、まさか⁉ドラゴンか⁉」



その声に反応したハンター達は驚いた表情を浮かべ、一気に足を止める。


それもそのはず、過去に一人のハンターが魔物樹海でドラゴンを見たという報告をした記録が残っているのはルートコントリスでは有名な話だ。


だが、そのハンターはドラゴンを見たという報告をした後すぐに命を落としてしまい、詳しい話は闇の中になっていた。


そのため、街の皆はその話を冗談としか受け止めず、ドラゴンという存在はおとぎ話にすらならないでいたのだ。


そんな存在が今、目の前に現れたという状況が理解できず、金色の女神ですら足を止めていた。ゆっくりとこちらに近づくドラゴンを目の前に、動き出すハンターは誰一人としていなかった。


近づけば終わると防衛本能がそう言っているようだった。



「な、なんだよあれ。食ってるぞ、魔物を食ってるぞ!」



こちらには全く興味がないという目で、倒れている五体の巨大な人型魔物を一体づつムシャムシャと音を立てて食べている姿は街のハンター達に精神的なトドメを刺した。


次元が違いすぎる。一歩でも動けば終わる。そう思わせられる迫力だった。


そして食事を済ませると、ドラゴンがじろりとこちらを舐めるように見回した。



――――――――――――――――――――———



「おい、今の鳴き声はなんだ⁉」


「分からない。でも街の中心部から聞こえたことに間違いないよ。急ごうジャック!」



急ぎ足で街の中心部へと向かっている僕たちは、魔物の足跡であろう物を目印に走り続けている。


街の中心部が今どのような状況かなど知る由もなく。



「嘘だろ。なぁ、これは現実か?」



僕たちが街の中心部についたころには、すでに戦った跡と大勢のハンターが倒れているだけだった。


まさか街の中央部を突破された?もう魔物はサテライト広場まで行ってしまったのか?


様々な憶測が頭の中を駆け巡る中、ジャックはそれでも足を止めず、倒れている一人のハンターに声をかけた。



「何があったんだ⁉魔物は⁉」


「ドラゴンだ。もうどうしようもない。金色の女神が追っているが彼女一人では無理だろう。お前たちも変な気を起こす前にここから去れ。もう終わったんだよ」



ボロボロになっている一人のハンターが目に涙を浮かべてそう言った。ドラゴンが現れたという嘘のような事柄を一瞬にして僕たちに理解させる程に怯えた声で。


伝説やおとぎ話にすらならず、嘘だと長い間思われていたドラゴンがいまさら街に現れるなんて、この状況ではない限り信じられなかっただろう。



「マルク、お前のお姉さんがドラゴンを追ってるって・・・」


「うん。ほんとお姉さまらしいよ。あの人は諦めるという言葉を知らないんだ」



昔からずっとそうだった。あの人は笑顔で何でも乗り切るんだ。



「僕はそんなお姉さまに強く憧れたよ。そして尊敬した。羨ましいとさえ思った。そして最後は、そんなお姉さまを嫉んだ」



こんな状況だと言うのに、何故か僕の口からはそんな言葉が飛び出していた。



「おい、らしくないぞマルク」


「でも、それは弱い自分が全部悪いんだ。辛くても乗り越えなくちゃいけないんだよ」



深く息を吸って、僕は言葉を続けた。



「本当はさ、チャームが無いことは自分にとってすごく都合が良かったんだ。良い言い訳だった。それのおかげで何でも諦めがついた。チャームが無いことが、お姉さまに追いつけない良い理由になってたんだよ」



今まで僕は自分自身に『チャーム無しでもハンターになれる』と言い聞かせてきた。その気持ちに嘘はないし、今でもそう思っている。


しかし、本当にそれが最終目標であるべきなのか?昔は違っていただろう。ハンターになることが目標ではなく、街で一番強いハンターになることが僕の〝夢〟だったはずだ。


才能とかチャームとか、そんなことを言い訳に最低限出来る事だけを求めて進むことに、悔しいという感情を持たなくなったのはいつからだ。



「ごめんジャック。弱音は全部吐いた。今から自分を超えに行くよ」



ジャックは不安そうな顔から一転して、ニカッと歯を見せて笑顔でこう言った。



「ちょっとは男らしくなったじゃん。よし、行こうぜ!」



今まで隠してきた本当の思いをぶちまけてすっきりした気持ちと、さっきの自分を思い出して吐きそうなほど恥ずかしい気持ちが入り混じる中、僕たちは再び走り出した。


前を走っているジャックの背中がなんだか大きく見える。それは気のせいでもなんでもなく、素直に頼もしいと思っているからだろう。


大勢のハンターがやられるほどのドラゴンという魔物を相手に、僕たちのようなハンター見習いが何をすることが出来るのか、そんなことは今は関係ない。ここで逃げたらだめだという感情のみで走るのだ。


不安は当然ある。だが、絶望はしていない。だったら走るしかないだろう。


ほんの少しの原動力が背中を押してくれている間は大丈夫だ。死ぬ可能性があるなんて承知の上である。


そして、覚悟を決めた僕たちの足取りは非常に軽快だ。すぐにお姉さまに追いつくだろう。


そう思い建物の角を曲がった瞬間、僕たちはようやくドラゴンと対面した。



「マルク⁉こんなところで何してるの、早く学校に戻りなさい!」



僕がお姉さまを見つけると同時に、お姉さまも僕に気が付いて声を張り上げた。



「手助けになるか分からないけど、一人で戦うよりはマシでしょ」



既にボロボロになっているお姉さまを横目に、僕とジャックはアイコンタクトを交わした。


その瞬間、ジャックは瞬間移動でドラゴンの目の前に移動。僕は隙を見て懐に入り込み腹部に双剣による連撃を与える。


ジャックに気を取られていたドラゴンは、その一瞬の攻撃に反応をすることが出来ず、目の前にいるジャックは囮だという事を遅れて理解した。


その時にはジャックは再び瞬間移動をして背後へと移動している。ドラゴンがジャックを見失っている隙に僕とジャックは尻尾へと攻撃を与えた。


しかし、皮膚が鎧のような硬さをしているため大きなダメージにはならない。攻撃力は圧倒的に足りないが、それでも上手い連携と俊敏力はドラゴンにも通用しているようだ。


ジャックは瞬間移動をして攻撃、そしてまた瞬間移動をして攻撃という風に、常にヒットアンドアウェイの戦法をとっている。


僕はジャックに気を取られているドラゴンの視界にできるだけ入らないように動き続け、少しづつドラゴンの硬い皮膚に攻撃を与えていく。


しかし、この連携を何回か繰り返していくうちに、僕たちの中に大きな違和感がふつふつと湧き上がった。


ドラゴンが僕たちの都合の良い程に張り合いがないのだ。僕たちの攻撃を目では追っているが、反撃の仕草は全くない。


僕たちは同じ違和感を共有し、アイコンタクトで一旦距離を取ることを伝える。



「おい、マルク。すげぇ嫌な事考えてるのは俺だけか?」


「ううん。たぶん僕も同じこと考えてる。そしてこれがもし本当だったら僕たちは相当なピンチだね」



そう、僕たちが考えてるいのは『ドラゴンは僕たちを反撃するまでもない敵』だと捉えているかもしれないという事だ。


鎧のような皮膚でも少しづつダメージを与えていれば、長期戦になるとしてもドラゴンに勝てる未来が少なからずあると思っていた。


しかし、攻撃を受けているのに嫌がる様子すら見せず、ただ僕たちの事を目で追っているという状況は違和感でしかないのだ。


それにまだ、ドラゴンに目立った傷は1つもない。これは街の中心部にいたハンター達や僕のお姉さまでも傷をつけられなかった事を意味している。


僕たちの攻撃は上手くいっているように見えて、ただ踊らされていたに過ぎなかったのだ。


そう気づかされた時、後ろで膝をついて僕たちを見ていたお姉さまが口を開いた。



「私が、私がやらなきゃ。私がみんなを守らないと」



僕たちがお姉さまの声に反応する頃にはお姉さまは立ち上がり、ドラゴンに向かって走り出していた。


ぼろぼろの体で今にも倒れそうな状態なのにも関わらず、街の皆のことを思い敵に向かっていく姿は実に勇敢だ。


しかし、それが必ずしも良い結果に繋がるかというのはまた別の話である。


既に力が入らなくなっている右手で持っている長剣をお姉さまは乱暴に振り回している。普段の落ち着いている様子からは想像もできない姿だ。


お姉さまは今、自分の非力さに苛立ちを感じ、その怒りに身を任せてしまっているのだ。


どこまでも理想の高いお姉さまは、倒せない敵という初めての壁にぶつかっている。


しかし、ドラゴンはそんなお姉さまを見る事もせず、ただ退屈そうな目で全く別の方向に目線を送っていた。


もしここに大勢のハンターがいたら『烏合の衆』のチャームが効果を絶大に発揮できるのだが、僕とジャックの2人しかいない状況でそれは期待できない。



「もう、無理。どうしろって言うのよ」



怒りに任せた攻撃で我を失い、もう戦う体力が無くなったお姉さまはドラゴンのすぐそばで再び膝をつき泣き崩れた。


それでもドラゴンは退屈そうな目をしている。僕とジャックはその数秒の出来事をただ見守ることしかできなかった。


絶望という言葉がどれほど今の状況にふさわしいかなど、考える余地もなかった。しかし、何故か僕の足はドラゴンへと向かって動いていた。


これはお姉さまを助けたいからとか、お姉さまが好きだからとかそんな曖昧な動機ではない。僕の憧れたハンターに絶望を与え、それでもまだ退屈そうな目をしているドラゴンに、僕はこれまでにない苛立ちを覚えたからだ。


しかし、その行動とは裏腹に、1歩づつドラゴンへと近づく僕を見て、お姉さまはこう言った。



「逃げなさい、マルク。広場に行ってドラゴンが現れたことを伝えてくるのよ」


「ここで逃げたらハンターじゃないよ。それに、勝てないことは承知の上だ」



お姉さまは僕の言葉を聞いて悲しそうな顔をした。そして、僕の視界を真っ白にする言葉を飛ばした。



「チャームがないのに・・・チャームがないのにどうやって倒すのよ!」



その瞬間、僕の目から一粒の涙が零れ落ちた。僕は今までチャームがないことを皆にバカにされてきた。八歳になっても、九歳になってもチャームが出現することはなかった。


でも、その頃は僕以外にもチャームがないとバカにされていた子供はまだ何人かいた。チャームは5歳くらいになると発現するが、十歳になるまでチャームが発現しない子供も珍しくなかったからだ。


だが、僕は十歳になってもチャームが発現することはなかった。とうとう同世代で、いや、十歳以上でチャームを持たない人間は僕一人だけになってしまったのだ。


圧倒的な孤独感、周りの大人の冷たい視線。


それでもお姉さまは僕の見方であり続けてくれた。落ち込んだ僕の様子を見ると、すぐに「大丈夫よ」と声をかけてくれた。


僕をチャーム無しの人間として見ることは一度もなかった。そんなお姉さまがどうして。



「おい、それはないだろ!お前はマルクの努力を知ってんのかよ⁉」



僕が呆然と立ち尽くしている横からジャックが強い口調でそう言った。



「知ってるわよ!でも、チャームがないのに努力なんて・・・」



その瞬間、お姉さまの言葉を遮るように「グオオォォォォ!」とドラゴンが雄叫びを上げた。


しびれを切らしたと言わんばかりに羽を広げて、僕たちをなめるようにジロリと目線を向けた。


しかし、今の僕には絶望という文字はなかった。信頼していた数少ない存在からの冷たい言葉が、もうこのまま死んでしまっても良いかという気持ちにさせたのかもしれない。



「きゃああああ!」



しびれを切らしたドラゴンの尻尾による攻撃は、お姉さまを軽く吹き飛ばした。


あまりに一瞬の出来事で何が起こったのか理解することに遅れたが、その光景を見て何も思わない今の僕の神経が相当狂っているということは、僕はすぐに理解することが出来た。



「マルク、伏せろ!」



そして、声が聞こえた時にはもう遅かった。既に目の前まで迫っていたドラゴンの尻尾に反応できず、僕はただ立っているだけだった。


いや、そもそも反応する気がなかったのかもしれない。もう終わりにしたいという気持ちが僕をそうさせたのだ。


ジャック、君は良いハンターになってお母さんを守ってあげて。僕の分までハンターとして頑張れ。少し心残りなのは、いつも助けてもらってばかりで恩返しが出来ていないことだけど、もう僕は無理そうだ。チャームがない人間は諦めるしか選択肢が無さそうだから。


僕は目を瞑り、そして心の中で僕はこう言った。今まで本当にありがとう。


その瞬間、僕は体に受けた衝撃で後ろに飛ばされた。しかし、その衝撃は予想していたよりも遥かに弱いもので、僕の意識を飛ばすには不十分すぎる衝撃だった。


ゆっくりと目を開けて状況を確認すると、そこにはジャックの姿があった。



「諦めてるマルクなんて、俺は好きじゃない。お前はいつでも諦めるということをしなかったじゃないか!」



ドラゴンの尻尾を辛うじて受け止めながら喋るジャックの声は、今までにないほどに真剣味を帯びていた。


さっきの衝撃の正体は、ジャックが僕を庇ってくれていたらしい。そして、ジャックは言葉を続けた。



「お前は俺にハンターとしての楽しさを教えてくれた。戦い方も、知識も、全部お前がくれたものさ。だから、お前を助けるために戦うことは苦でも何でもない、ただの恩返しだ!」



ドラゴンによる尻尾での攻撃を剣で受け止めながら、必死に言葉を発しているその姿を見て、僕は返す言葉がなかった。


本当に恩返しをしたいと思っているのは僕のはずなのに。


自分には本当にうんざりする。お姉さまの言葉で諦めたり、ジャックの言葉で諦めなかったり、周りに流されてばかりの気分屋の自分に腹が立つ。


ジャック、君のせいだからね。だって、そんなことを言われたら諦められるわけがないじゃないか。



「もう、無理そうだ。後は任せたぞマルク」



ジャックの手から力が抜け、剣もろとも吹き飛ばされた。でも、上手いように飛んだようだ。


致命傷だけは避けるため、最後まで剣で攻撃を受け流していたのが見えた。


たしかに剣による攻撃の受け流し方を教えたのは僕だけど、言われてすぐに出来るようなものじゃない。本当にジャックの成長には驚かされてばかりだよ。


さて、遂に僕だけになってしまった。よく考えると、一人で魔物と戦うこと自体これが初めてになる。一人で戦う勇気も、その実力も持ち合わせていなかったからだ。


でも何故だろう、今なら僕でもやれる気がする。ジャックの言葉と行動が、僕にそう思わせる勇気を残してくれたらしい。


僕は双剣を構えて、ドラゴンの目をじっと見つめた。その瞬間、僕の中にとてつもない力が湧き上がってくる感覚に襲われた。


そして、その感覚に身を委ねるように僕はいつのまにか動き出していた。



「グオォォォォォ!」


「え?」



まるで豆腐でも切ったかのような感触だった。感覚のままに動き出していた僕の体はドラゴンの股の下を潜り抜け、一瞬にしてドラゴンの背後へと移動していた。


そして、さっきまで全く刃の通らなかった尻尾に双剣による連撃を与えた。いや、正確には連撃ではなく双剣による一撃だ。


右手に持っている方の剣を振った時には、ドラゴンの尻尾は綺麗に切れ落ちていたのだ。


何が起こったのか分からず困惑する僕と、尻尾を切断された痛みで叫び声をあげるドラゴン。


人間の単なる力では為せない攻撃は、まさにチャームによるものとしか考えられなかった。


怒り狂ったドラゴンが口から火を飛ばしてくる光景がスローモーションに見える事や、それを交わしてドラゴンの右前足に剣を振ると、またしても豆腐を切ったような感触で足を切断できたことがそれを確信させた。


そして、いつの間にか余裕を見せているのはドラゴンではなく僕の方だった。


右前足を切断されたことでバランスが保てないドラゴンは羽でなんとか体を支えてはいるが、反撃してくる様子は既になかった。


形勢逆転とはまさにこのことだと心の中で呟きながら、久しぶりに安堵する気持ちに少し心地よさを覚えた。


それにしても、もし僕にチャームが出現したとしたら、それは一体なぜなのか。そして何のチャームなのか。そして、ドラゴンを圧倒できるようなチャームが、こんなにも都合よく発現した事実に何か隠されているのではないかという疑問が頭から離れなかった。


すると突然、どこからか不気味な男の声が聞こえた。



「気に食わないね、ほんとに。もうそろそろ終わる頃だと思って来てみたら何これ。これじゃあ僕の計画は台無しだよ」


「誰?」


「やぁ、憎き女の弟であるマルク・ストレンジャーさん。お姉さんは元気?あ、そこに倒れてるのがお姉さんか。じゃあ、まさか君がドラゴンを倒したというのかい?」



そう言ったと同時に、その男はドラゴンの後ろの方から姿を現した。


尻尾と右前足を切断されて動揺を隠せないドラゴンの姿を見て、その男は不思議そうな声で僕にそう尋ねてきた。


そして、右手に持っている石をドラゴンに向けてこう言った。



「まぁいいや。もうドラゴンはお役御免だね。帰っていいよ」



すると、ドラゴンは言われるがまま重い体を羽の力で持ち上げ、空高くへと舞い上がった。


魔物を操れる人間が目の前にいる事実、そして男の言っていた計画という言葉が僕の中にある警戒心をより強めた。


そして、どことなく見覚えのある男の顔が、僕の記憶を蘇らせた。



「もしかしてお前は、ニコラス・ランスロットか?」

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ロンリー・ストーリー 北瀬海斗 @kitase7315

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