第2話 仕組まれた悪行
リザードという魔物と戦う時に最も気を付けなければいけない事、それは鋭い爪だ。
四本足で地面を這うよう歩くリザードは、前足の爪が異常に発達していて少し触れただけでも傷がつきそうな程である。
だが、逆に言えばそれさえ注意して戦うことが出来れば容易に倒すことが出来る相手でもある。
単純な動作から繰り出される素早い攻撃を上手く避け、背後からの一撃を入れることがリザード相手に有効な立ち回りだ。
僕はそんなことを考えなら、呑気にジャックとリザードの戦いを後方から眺めていた。ジャックは『瞬間移動』を使わずに戦っているため少し手間取っているが、それでもまだ余裕がありそうだ。
「良い感じだよ。剣の扱いは最初に比べると段違いに成長したね」
「チャームに頼ってばかりじゃ限界があるからな。マルクのおかげだ」
今までチャームに頼りっぱなしの戦闘で、剣の扱いが素人同然だったジャックがここまで成長するとは予想もつかなかった。
これを可能にしたのは紛れもなくジャックの戦闘センスにあるだろう。僕が教えたことをすぐに自分のものに出来るところは正直な話ショックに感じるが、仲間の成長は嬉しい限りだ。
「まぁでも、チャーム無しの戦闘ではマルクに一生かなわないだろうなぁ」
「僕には剣術しかないからね。それだけはみんなに負けないようにしなくちゃ」
ジャックは呆れた顔をして「頑張りすぎるなよ」とだけ言い、さらに魔物樹海の奥へと進んで行く。
リザードなら軽々倒すことが出来るようになった僕たちは、もう少し奥に進むと現れるガウベルも安定して倒すことが出来るようになった。
ガウベルとは全長二メートルほどの犬型の魔物である。群れでの行動が多いため少し手ごわい相手だが、知能はそこまで高くないため連係して攻撃してくることは少ない。
焦らず一体ずつ倒すことが重要だ。そんなことを考えていると、まさにそのガウベルの群れが目の前に現れた。
「マルク。五匹だ」
「分かった。危なくなったらすぐにチャームを使って」
僕たちは目の前に現れたガウベルがいつ襲ってきても対応できる体勢を取る。そして、次に息を吐く時にはガウベルは一斉に動き出していた。
僕は正面から飛び掛かってくる一体目のガウベルを上手くかわし、すれ違いざまに体を捻りながら双剣による連撃で息の根を止めた。
次に背後から飛び掛かってきたガウベルの気配を察知し、双剣をクロスさせるようにしてガードの準備をした瞬間だった。
突然目の前に現れた人影がガウベルの懐に入り込み、少し長めの片手剣がガウベルに致命傷を与えた。そう、ジャックのチャームである『瞬間移動』だ。
突然の出来事に動揺し、ガウベルの動きが少し鈍くなったと同時に、ジャックはまた別のガウベルの背後へと瞬時に移動し斬撃を与えた。
「やっぱこのチャームあると楽だわ。残りは任せたぞ」
『瞬間移動』による圧倒的な力の差で二体のガウベルを圧倒したジャックは、ちょうどいい高さの岩に腰を下ろした。
基本的には依頼をこなすことだけではなく、訓練も兼ねている戦闘なので、ジャックが倒してばかりでは僕のためにならないのだ。
僕は残った二匹のガウベルに隙を見せないように双剣を構える。僕はふう、と一息ついて呼吸を整えると同時に一気にガウベルとの距離を詰めた。
咄嗟に左側へ避けようとするガウベルの動きをよみ、重心を右足に置く。避けるタイミングに合わせて僕も同じ方向へと素早く動きを合わせ、無防備になったガウベルの体に連撃を入れる。
その流れのまま、もう一体の油断していたガウベルとの距離を一気に詰め、腹部を双剣でXを描くように切り刻んだ。
防御力を捨て、完全に攻撃力に特化した双剣という武器による連撃は、一瞬でガウベルを死へと追いやった。
「マルクの双剣での連撃はいつ見ても凄まじいな」
「双剣は一連の動作で何回攻撃を繋げられるかが重要だからね」
順調に依頼をこなしながら進めているため、雰囲気良く魔物樹海の探索が進む。依頼にあったリザードの爪、ガウベルの牙、その他数種類の薬草を手に入れて、同時にいくつかの依頼を達成していく。
ハンター学校の学生が魔物樹海に入れる時間は、朝の十時から夕方の四時と決まっているため、一日に三つか四つほど依頼を達成できれば良いほうである。
僕たちはそれからまたリザードとガウベルを何体か倒してから、偶然見つけた鉄鉱石を採取して学校へと帰った。
そして『リザードの爪×五』『ガウベルの牙×五』『薬草×十』『鉄鉱石×三』四つの依頼を達成したことを学校に報告し、僕たちは今日だけで計8ポイントを獲得した。
基本的には今日のような感じでポイントを少しずつ貯めていく。周りの学生たちのほくほく顔を見る限り、みんなも順調に進んでいるのだろう。
基本的にハンター学校では、二人組や三人組で行動をしている学生が多い。その理由は、例えば二人だと『リザードの爪×五』の依頼を二人分こなす必要があるが、一人で五体倒すよりも二人で協力して十体倒すほうが効率的には良いのだ。
他にも、より強力な魔物を相手にする時は特に仲間の力が必要になる。ポイント稼ぎは、良い仲間を見つけることも重要になっているという事である。
ちなみに、お姉さまが学校にいた時は異例の十人で行動していたらしい。四人以上での行動はかなり効率が悪いため、その光景はハンター学校の中で異質な存在になっていたに違いない。
もう長い間お姉さまと会っていないため最近はどんなことをしているか知らないが、またみんなの予想を遥かに凌駕するような事をしているのだろう。
そんなことを考えながら僕とジャックは、今日を振り返りながら明日はどの依頼をこなすかを話し合った。
入学当初から行なっていることなのでスムーズに話が進んでいく。ジャックはチャームに頼らずにある程度戦える力を身につける事を最近の目標にしているようだ。
僕たちは二人でこそ魔物と同等に渡り合えているが、一人だと今日みたいにはいかない。一人であることの不安が普段の力を最大限に発揮する足枷になるからだ。二人でいることの安心感、背中を任せられる信頼した仲間。そういった存在がいるからこそ、僕たちは魔物を上回れるのだ。
完全に一人で魔物と戦ったことがないのは、全く不安要素ではない。ハンターという職業でソロというのは存在しないからだ。そういう点でも、本当にジャックと組めて良かったと心から思う。
なんだか今年はうまくいきそうだなとワクワクした気持ちを胸に、僕たちは寮へと戻ろうした。だが、その時だった。
「緊急避難勧告発令!学校に残っている学生はそのまま体育館に避難して下さい。寮にいる生徒も速やかに学校に戻り、体育館に避難して下さい。繰り返します…」
穏やかな雰囲気から一変して、一気に緊迫した空気が流れる。周りにいた学生は鬼のような形相で体育館へと逃げていく。
それは、緊急避難勧告など今まで発令されたことがないからだ。その危機感に気づいた人から順に体育館へと走っていく姿を見て、僕とジャックもその流れに乗じ体育館へと急ぎ足で向かった。
緊急避難勧告が発令されたということは、魔物が街に被害を及ぼすようなことが起こっていることが容易に推測できる。その事の重大さに僕たちの危機感がさらに増していく。
魔物が生息している魔物樹海という場所は、東西南北の巨大都市の真ん中に位置している。昔はただの樹海だったらしいのだが、徐々に生物が凶暴化していき魔物と呼ばれるようになった。
その魔物は樹海の中心部に近ければ近いほど凶暴化しているため、今まで中心部に近づいた者はいないという。だが、逆にその魔物たちは魔物樹海から滅多に出ないため街への被害は比較的に少ない。
そして、魔物樹海の中心部から離れた外側に近い魔物は僕たちでも倒せる程の強さなので、街に近づく魔物は警備隊やハンターが軽く処理してくれるはずなのだ。
だが、緊急避難勧告が発令されたということは魔物による街への侵入を防ぐことができないほど凶暴化した魔物が暴れている可能性がある。
様々な憶測を頭の中で考えて整理していく。そして、一つ思い当たる違和感があった。その違和感とは、豊作の森の警備だ。突然魔物が出てこなくなった豊作の森と、適当に選ばれたであろう警備隊の連中が今回の事に関係しているのではないかという胸騒ぎが僕を襲う。
「先生、もしかして豊作の森で何かあったんですか?」
僕は体育館に向かう途中に見つけた女性の先生にそう問いかけた。
「ええ。豊作の森からかなり狂暴化した魔物が街に侵入したらしいの。新種の魔物という事もあって、警戒レベルをより強めているって聞いたわ。街に家族がいる学生が多いかもしれないけど絶対に体育館から出ないようにね」
先生は混乱する学生を上手くまとめながらそう言った。そして、僕の中にあった違和感が今回の事と関係していることに恐怖感を覚えた。
「誰かによる意図的なもの?」
僕の頭の中に突然魔物が出現しなくなったという点と、警備が手薄な点が意図的に誰かに仕組まれていたのではないかという推論が広がった。
あまりに不自然な事の連続で、偶然だとは思えないのだ。仮に今回の事が偶然だったとしても、警備隊の甘い対応は後々非難されるだろう。
だが、今はそんな事よりもミルの実を収穫していた街の人たちや豊作の森近隣に住んでいる住民が心配だ。
「ジャック、家族は大丈夫そう?」
「いや、実は家が豊作の森の近くなんだ。母さんは昔から病弱で父さんは俺が物心つく前に亡くなったから、今は家政婦さんが母さんに付いているんだけど・・・」
覇気がない話し方からするに相当母親の事が心配なのだろう。街にいるハンターが力を合わせれば倒せない魔物はいないとは思うが、状況がはっきりしない現状が心配をより大きくさせているに違いない。
街にも緊急避難勧告が発令されているはずだから大丈夫だと信じるしかない。僕はジャックに声をかけた。
「心配いらないよ。僕たちの何十倍も強いハンターが街にはたくさんいるんだから」
「そうだよな。うん。ありがとう」
そう言って微苦笑を浮かべるジャック。だが、その表情に安堵したのは束の間だった。
「でも、やっぱ無理だ。ごめん。母さんのとこに行くわ」
「え、待ってジャック。本気?」
僕を置いて体育館とは逆の方向へと走りだそうとするジャックを強引に引き留めて、僕は目を見ながら強くそう言った。
僕の掴んだジャックの腕は少し震えていた。
「ああ。でもマルクにまで危険な目にあってほしくない。だからマルクは残ってくれ」
「気持ちはわかるよ。もし母親に何かあった時、後悔しないような行動をとりたいんでしょ。でも、僕もジャックを失いたくないんだ。だからどうしても行くって言うなら僕も付いていく。それに、今までの恩も返したいからね」
ジャックは頭をぼりぼりと掻いて苦笑いをした。そして僕に背を向けた。
「こうなったマルクは意外と頑固だからなぁ。俺が何を言っても付いてくるつもりだろ」
「頑固はお互い様でしょ。僕が何を言っても引き返さないくせに」
さっきまで緊迫した空気が流れていたとは思えないほど穏やかな気分に僕たちは思わず笑っていた。そして僕はジャックの手を引いてこう言った。
「さぁ、行こうよ。羽目を外しにさ」
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