第7話 バグらないもの

≪面白かったね≫

≪でも、下らなかったね≫


 超新星爆発で何もなくなった宇宙の片隅。

 彼らは喋喋喃喃ちょうちょうなんなんと囁き合う。


≪さあ、次はどこに行く?≫

≪どこへ行こうか?≫


 腕時計は茫漠の空間に流され、身を任す。


≪この辺でいいんじゃない?≫

≪でも、そこまで離れてないよ。いいの?≫

≪それがいいんじゃない≫

≪なるほど、そうしよう。ね、もいいよね?≫


 秒針は一定の間隔を刻み続け、いつまでも無言の主張を曲げなかった。


≪いいってさ≫

≪じゃ、行くよー≫


 目まぐるしく長針と短針が動き出す。星が生え、世界は産声というおぞましい絶叫をあげた。

 隕石、マグマ、生命の目覚め……。1億、3億という時間を、針は一瞬で跳躍していく。

 高速で進む針の速度は落ち、やがて通常通りの間隔に収束。


 神の戯れがリセットされたのだ。


 周囲はどこかのエスカレーター、それも動く手すりの上に配置されていた。

 雑音の多さから察するに今は通勤時間帯らしい。年代物の腕時計は見向きもされない――筈だった。


「これなんだろー?」

 一人の女の子がそれを手の中に収めた。目線まで上げて、じっと観察した。好奇心旺盛な目をしばたたかせ、針をのぞく。――落とし物かな?


「ノゾミ! 何してるの!」

 頭を真上に動かすと、間髪を入れず手を引かれ、エスカレーターを駆けあがった。ベルが鳴り響き、白いフォルムの新型車両が輝く光景を母親と共に目撃した。


 誰かの手によって助けられたように、ぎりぎりのところで飛び乗れた。背後で7号車の乗車口が閉まる。

 安堵のため息をつく母親を尻目に、通路を走って指定席の窓際にぴょんと座って窓越しに東京駅を見送る。

 そして、颯爽と流れゆく郊外から川を渡り、トンネルが多くなるや、彼女の視界が狭まっていく。


 ――京都ってどんなところかな?


 眠気に負けて目を閉じようとしてしまうのぞみを邪魔しないように、富士山が通り過ぎた。神の悪戯か、幼い彼女が乗った新幹線は「のぞみ・新大阪」だった。


≪完≫

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数字がバグる世界 ライ月 @laiduki_13475

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