第12話  クラスの人気者

 教室に蔓延していた、休み明けのどこか怠惰な空気を吹き飛ばすかのように、その声は明るく響いていた。


 窓際に座るオレにも、彼女の凛とした挨拶が届き、思わずそちらへと目を向ける。


 目線の先ではひとりの女の子が亜麻色の髪を揺らしながら、ドアを開け放っているところだった。




「いやー、ゴールデンウィーク長かったねー。みんな元気だった?」




 そんな問いかけとともに、堂々とした足取りで教室内に踏み入れるのは、クラスメイトである来栖杏奈くるすあんなだ。


 颯爽という言葉が良く似合う、凛とした態度で歩く彼女のもとへ、多くの生徒が駆け寄っていく。




「杏奈、おはよう!」




「久しぶり!元気してた?」




「遅いよー、遅刻しちゃうんじゃないかって、心配したじゃない!」




 口々に寄せられる心配の声。


 教室内にはあっという間に来栖ひとりを中心とした輪が形成されていた。




「あはは、ごめんね。ちょっと寝坊しちゃったんだ。おかげで慌てて家を出ちゃったから大変だったよ」




 それを笑顔で受け止めつつ、丁寧に返答を返す来栖。


 朝からああも人受けのいい対応をできるのが、人気の秘訣というやつなんだろうか。




「来栖さんは相変わらず人気あるね。さすがに彼女には適わないや」




 オレと同じことを考えていたのか、東條が感心したように頷いている。




「そうか?お前も結構なもんじゃねぇの?信頼勝ち取ってるって感じはするけどな」




「同じクラス委員をやっているから分かるところもあるんだよ。僕の場合は意識してキャラを作っているところがあるけど、彼女の場合天然であれをやってる節があるからね。ああいう人には勝てないよ」




 東條は首を振る。


 確かにそれは同意見だ。ああも積極的に人と接することができるのは、ある意味ひとつの才能だろう。


 それを意識せずに自然体で行えるというのもすごいことだ。




 彼女みたいな子を、きっと陽キャというのだろう。


 既にクラスの中心人物となっている彼女の周りには常に一定のクラスメイトが囲いを作って取り巻きのようになっていた。




「同じクラスメイトだっていうのに、別の世界の住人みたいだな」




「有馬くんは来栖さんみたいな子に憧れたりするの?」




 ポツリと漏らした呟きだったが、東條はそれを拾い上げる。




「まあ多少は。自分にはできないことをしているのだからすごいなとは思うが、ああなりたいとは思わないな。単純に疲れそうだ」




「まぁ有馬にゃ無理だろうな。人付き合いに関しちゃ面倒くさがりだろ、お前は」




 ケラケラと笑う桐生。失礼なやつだ。間違ってはいないけど。




 そうこうしているうちに、いつの間にか時間が過ぎていたようで、朝のチャイムが鳴り響いた。




「おっと、もう時間かぁ。僕は自分の席に戻るから、またあとでね」




 慌てるように東條は自分の席へと戻っていく。


 それと入れ替わるように近づいてくるのは来栖だ。


 彼女はすれ違い様に東條と挨拶を交わした後、オレ達にも声をかけてきた。




「おはよ、有馬くんに桐生くん。元気だった?」




 そう言って来栖はオレの隣へと座る。


 なんのことはない、そこが彼女の席だからだ。


 先日行われた席替えにより、隣席になっただけではあるが、来栖はこうして毎朝話しかけてくる。


 今ではこのクラスにおける、東條と並ぶ数少ない話相手でもあった。




「うっす」




「おはよう、来栖。まぁ、一応は」




 来栖に比べて遥かに愛想のない返事になったが、それでも嬉しそうに彼女は笑う。




「そっか、なら良かったよ。みんなもいつも通りだったし、やっぱり楽しく過ごせることが一番だよね」




 その笑顔は太陽のようであり。


 タイプはまるで違うのに、どこか彼女を思わせるものだった。




「……そうだな。オレもそう思うよ」




「うん…でも有馬くん、ひょっとして少し元気ない?」




 少し返答に躊躇してしまったからだろうか、来栖は顔色を伺うように、こちらを覗き込んでくる。




「いや、別にそんなことはないんだが」




「ほんとに?なにかあるなら言ってね?私でよければ相談に乗るからさ」




 誤魔化したのはいいものの、心配げな声をかけてくる来栖にどう答えるか迷っていると、桐生が振り向いてオレ達を見ていることに気付く。




「なんだよ」




「いや、いい組み合わせだなと思ってな。華があっていいなとね」




 その顔はなんとまぁニヤつきを隠そうともしていない。茶化したいのが見え見えだった。




「あのな、そういうのを来栖が居る前で…」




 オレは大きくため息をつくと、否定しようとしたのだが、その時ガラリと教室のドアが開く音がした。


 どうやら先生が入ってきたらしい。




「……あとで覚えてろよ」




「覚えてたらな」




 そう言って桐生は前を向く。なんだが勝ち逃げされたみたいで腹が立つ。


オレは教壇に立つ先生に気付かれないよう、小声で来栖に話しかけた。




「来栖、あまり気を悪くしないでくれよ。アイツはただオレをからかいたいだけなんだ」




「大丈夫だよ、わかってるから。有馬くんは桐生くんと仲いいもんね。そういう友達がいるのはいいことだよ」




 うんうんと頷く来栖。なんというか、大人の対応だな。


 さっきまでのやり取りを思い出すと、逆にこっちが恥ずかしくなってきてしまう。




「ふたりともイマイチまだクラスに馴染めていなそうだったから、心配してたけどこれなら大丈夫だね。もう少し時間が経てば、きっとみんなとも普通に話せるようになるよ。そうしたら、女の子からの人気もきっと鰻登りだね」




 ……ただ、別にそれは望んではいないんだがな。


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オレの許嫁になった女の子が愛を知らずにひねくれててめんどくさい件 くろねこどらごん @dragon1250

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