第11話 友人達との朝会話
やはりというか案の定というか。
あれ以来オレと雪代の関係は、疎遠なものとなっていた。
春休みは忙しかったというのもあるかもしれない。引越しもあったし入学に向けての準備などが重なり、彼女と話す機会はなかった。
そうこうしているうちに高校の入学式だ。
幸いというべきか、雪代とは別のクラスだったときはほっとしたものだが、そうなるとますます接点がなくなり、学校では廊下ですれ違うくらいしか見かけることがほとんどなかった。
そのこと自体は望んでいたものであったが、何分別れ方がよろしくない。
隣に住んでいるということもあり、朝や帰りにすれ違ったりすることもあったが、話すにもきっかけがなく、そのままズルズルと時間が過ぎている。
気付けば既に高校に入学して一ヶ月。
ゴールデンウィークも過ぎた、春の残滓が僅かに残る5月の中頃にまでなっていた。
「有馬。おはようさん」
オレのクラスである1年3組。約十日ぶりとなる登校に少しの気だるさを感じながら自分の席について朝の時間を過ごしていると、後ろから声をかけられた。
「ああ、桐生か。おはよう」
「おう。しっかしだりぃな。学校なんてくるもんじゃねぇぜ。姉貴にどやされなかったら今も寝てたな」
中学からの友人であるこの男は、基本的に朝が弱い。
制服を着崩した姿は長身なのも相まってサマにはなっているのだが、気だるげに欠伸を噛み殺しながら細められた目は、元来の鋭さから威圧感すら発している。
チラリと辺りを見回すと、若干怯えている生徒もいるようだった。
「あまり迷惑をかけるなよ。あと、朝はしゃんとしとけ。今のお前、完全にチンピラそのものだぞ」
「あ?どこがだよ、どっからみても俺は純度100%のイケメンだろうが」
「それは否定しなくもないが、イケメンであることとチンピラであることは矛盾しないぞ」
「……まぁ、それはそうだな」
それとなく助言したつもりだが、伝わっているかは怪しいところだ。
納得いかないというかのように首を捻る今の友人からは、さっきまでの威圧感は消えているため、結果オーライと言えるかもしれない。
オレの友人、桐生和臣は目付きの鋭さを除けば、本人の言うとおり端正な顔立ちをした、所謂ワイルド系のイケメンだ。
髪も染めているわけでもないのだが、その言葉遣いと暴力的な雰囲気から、真面目な生徒の多いこのクラスでは早くも浮き始めているらしい。
遠巻きにチラホラこちらを見てくるクラスメイトが多いことからも、それは察していた。
(悪いやつではないんだがな)
話せば歯に衣を着せないところこそあれ、気のいい性格であることを知っている。
だけどそれは付き合いが長いからこそ言えることだ。
まだ入学してから日が浅く、話す機会がないのなら萎縮しても無理はない。
桐生の場合、顔のよさがマイナスに働いているのもあるだろう。整った容姿は時として忌避されることもある。
見た目で結構な損をしているタイプだと思うのだが、本人はどこ吹く風だ。
オレの前にある自分の席へとカバンを放ると、こちらの机にどっかりと腰を落ち着けた。
「それより有馬、この前のバイト代についてなんだけどよ」
「桐生、今のでオレからの好感度は10ポイント下がったからな」
「いや、なんでだよ」
ツッコミが入るが、それはむしろこちらのセリフだ。
せっかくフォローしてやろうとしたのに、見た目通りの行動を取られたらどうしようもない。
「人の机に座るんじゃない。椅子に座ってこっちを向けばいいだろうが」
「細かいやつだな。そんなんじゃモテねーぞ。顔だけじゃ限界があるんだからよ」
「大きなお世話だ。それを言ったらお前とこうして話している時点で、オレは白い目で見られているんだぞ」
桐生は同じクラスということもあり、入学してからは基本的にほぼ一緒に行動している。
それはすなわち、オレも桐生共々、同じ目を向けられているということで。
まぁ有り体な言い方をすれば、オレ達は早くもクラスで浮いた存在になりつつあった。
「そりゃ悪かったな。まぁそれでも寄ってくるのはいるんだろ?この前のバイトでも、連絡先聞かれていたのを見たぜ」
「目ざといやつだなお前…その話はいい。断った。それよりもだな…」
とはいえここは朝の教室だ。
あまりその手の話を明け透けに言われると、どんな尾ひれを付けられて噂されるかわかったものじゃない。
ひとまず話を切り替えようとしたのだが…
「面白そうな話をしてるね。僕も混ぜてもらっていいかな?」
突然、そんな声が割り込んできた。しかもどこか楽しげな。
おまけに言えばそれは知っている相手のものでもある。
「東條か。いきなりだな」
「はは、ごめんごめん。みんなにも挨拶をしてたからさ。話に加わるのが遅れちゃったよ」
爽やかな笑みを浮かべながらこちらに近づいてくるのは、クラスメイトの東條優弥とうじょうゆうやだった。
薄く染めた茶色の短髪に、整った顔立ち。
いかにも人好きのしそうな、モテる男のオーラを漂わせているこの男は、うちのクラスの学級委員長である。
さらにいえば基本距離を置かれるオレ達に堂々と話しかけてくる胆力を持っており、時たまこうして会話をする高校でできた、数少ない友人でもあった。
「おはよう有馬くん、桐生くん。休み明けなのに、ふたりは相変わらず元気だね」
「ああ、おはよう」
「はよっす、お前さんこそやたら爽やかさ振りまいてんの変わんねーな。男にそれやっても大して意味ねーぞ」
そう言ってオレ達は互いに挨拶を交わしていく。
桐生の一言は余計な気がしたが、東條はまるで気に留める風でもなく、軽く笑って流していた。
コミュ力の高さがなせることだろう。
入学したての頃の自己紹介で、クラスメイト全員と友人になることが目標と宣言しただけのことはある。
「はは、そうかな。まぁ悪印象を持たれるよりはいいと思うから、このままでやっていくつもりだけどね」
「優等生な発言だな。つか意識してやってんなら腹黒っぽいぞ。有馬みたいになにがあろうと表情変わらん鉄面皮よりゃマシかもだけどよ」
「オレを引き合いに出すな桐生」
さり気なく関心していたところにそんなことを言われたものだから、桐生に睨みを効かせたのだが、やつは全く気にしていないようだ。
オレの周りにいる友人は、どうやら神経の図太い人間が揃っているらしい。
「有馬くんはそのままでもいいとも思うよ。話してみればいい人だってわかるからね。それよりさっきの続きを聞かせて欲しいな。面白そうだ」
桐生の椅子に座りながら、そんなことをのたまう東條。
どうも居座るつもりらしい。そんなに人の弱みを握りたいのだろうか。
オレはこの手のトークが苦手だというのに、なんてやつらだ。
「桐生くん、いいよね?」
「おう、いいぞ。この前のゴールデンウィークで有馬と一緒に設営のバイトしたんだけどよ…」
そうしてふたりは人を肴に盛り上がろうとしている。
さっさとチャイムが鳴って欲しいと願いながら、オレは口を挟もうとしたのだが、
(ん……?)
なにやら強い視線を感じる。
敵意ではない。好奇心を感じさせるような、どこかくすぐったいような感覚のそれだ。
なんとなしにそちらのほうを向くのだが、そこには数人の女子たちがおり、こちらをチラチラと見てきている。
「……ヤバ…イケメン三人…つよ…」
「朝から眼福…」
「いいなぁ、混じりたい。誰か話しかけに…」
意識を集中させるとそんな会話も聞こえてきたのだが、オレはなにも聞かなかったことにしておいた。
「見世物小屋にでもいる気分だ…」
孤立したいわけではないが、視線を浴びるというのもそれはそれでめんどくさい。
「みんな、おっはよー!」
だからというわけでもないが、大きな声とともに教室へと現れた人物が、オレには救いの女神のように思えた。
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