星辰高等学校文化祭 演劇部【二人のシンデレラ】

八神一久

公演中

『この物語は皆さんご存知のシンデレラ。とある国の王都に住む一人の大商人の娘のお話にございます』


 パッと舞台に光が落とされ、煌びやかなドレスを纏った二人の女性とみすぼらしい麻の衣装をまとった白髪の少女が現れる。


「シンデレラ!シンデレラ!?」

「……はい。お母様」


 怒り狂うように声を荒げる母親とは対照的に小さな声で返事をするシンデレラ。


『若くして白髪で赤い瞳、実の親にすら捨てられた彼女に対して、継母は日々キツイ仕事を押し付け、使用人のように扱っておりました』


「相変わらずはっきりと物を喋らない子ね。その気味の悪い髪を見せないように頭巾を被れと何度言えばアナタは理解するの?」

「でも、この髪は生まれた時からこうですし……。頭巾はさっきお姉さまに盗られて……」


 チラッと伏し目がちな目で姉の方を見るシンデレラ。

 そんな視線を受けて姉は母親の前に立つ。


「お母様、こんな気味の悪い子の言うことなんて信じちゃダメですよ。盗られて……だなんて人聞きの悪い。汚らしいツギハギの頭巾を捨ててあげたのよ?この家の子供になったのなら頭巾であろうと綺麗に着こなすべきだと私は思うの。わかる?」

「いえ、微塵も」

「あ゛?」

「こら、女の子がそんなドスの効いた声を出すものじゃありません」


 おおよそ淑女らしからぬ形相と声色を発する実の娘に対して母親は優しい言葉で諭します。

 しかし、シンデレラに対してはその視線を鋭く細め、棘のある言い方で叱りつけます。


「シンデレラ!アナタはさっさと頭巾を縫って被りなさい。その髪は目に入れていて気分のいいものじゃないって言っているでしょ!」

「はい……」

「そ・れ・と!今日のお昼はシチューがいいわ。ミルクたっぷりの美味しいやつよ」

「では、今夜は鳥のピカタにしますね」

「会話成り立ってなくない!?アタシはシチューがいいって言ってるの!」


 姉の怒りもごもっとも。ただ、シンデレラは姉の方をその赤い瞳でじっと見つめて口を開く。


「でも、一昨日の夜もシチュー。先週もそうだったし……。手軽で便利で楽ではあるけれど、流石に……。もっといろんなものが食べたい」

「アナタの意見は聞いてないわ!」

「シンデレラ、アナタは言われた通りに作ればいいの。私たちが食べたいものをそのまま作ればそれで十分よ。栄養やバランスのことは本職がやる事なんだからアナタは気にしなくていいわ」


 母親のその言葉にシンデレラは首を傾げます。

 そして、本音をそのまま口から出てしまいました。


「え、単に私がいろんなもの食べたいだけ。あと、栄養バランスはちゃんと自分たちの分だけ考えてるから平気」

「「おい!」」


『と、このように継母と姉に日々いじめられておりました。それでもシンデレラは自分を見失うこともなく、日々の生活を楽しんでおりました』


「あぁ、あと今日の夕飯はいらないわ」

「え、命令されて仕方が無く作ったシチューの残りは?」

「あなたが食べればいいでしょう?私たちはお城で舞踏会があるの。これからドレスを買いに行かなきゃ」

「お母様、お姉様……」

「アンタは例のごとくお留守番よ。そんな風に媚びても無駄!」

「あ、いえ……それだったらピカタでもよかったのに。夜にうるさい二人がいないなら出前を取れば……あ」


 失言を隠すようにシンデレラは口を抑えましたが、時すでに遅し……。


「シンデレラーーー!!!」


 継母からの叫び声とお小言は回避できませんでした。




『小うるさい母と姉は舞踏会へ、シンデレラは自室でピカタを片手に星空を見上げておりました』


「はぁ、鳥美味しい。なんで、公園に群れてる鳩は食べられないのかしら」


『シンデレラは舞踏会に行きたい気持ちを誤魔化しつつ、星空に願います』


「時々で良いから、牛が食べたいです」


『すると、星空の中にある一つの光がどんどんと大きくなってきました』


「きゃぁ!?」


 光に驚いたシンデレラ。キョロキョロと辺りを見渡すと、部屋の中に魔法使いが立っていました。肩には白い鳩が止まっています。


「誰?警察を呼ぶわよ」

「待って待って待って。いきなり国家権力を頼ろうとしないで」

「犯罪者はみんな同じことを言うわ」

「心優しきシンデレラ!この方の話を聞いて!」


『喋りだしたのは魔法使いの肩に乗る白い鳩。心優しきシンデレラはその声に耳を傾けます』


「はぁ……。さっさと話して」

「あ、うん。ごきげんようシンデレラ。僕は星の力を宿した魔法使い。今宵君の純粋な願いに惹かれてこの地に降り立ったんだ」

「お疲れ様でした」

「待って待って待って。流れるようにスマホを取り出さないで。時代背景しっかり把握してシンデレラ!」


『慌てる魔法使いをよそにシンデレラは嫌そうな顔を浮かべます』


「アタシの美貌に惹かれたのはわかったわ。で?何をしてくれるの?その鳩を差し出すの?」

「鳩を食べようとしないで!えぇ~なんかスレてるなぁ。このシンデレラ」


『魔法使いは少し考え直そうとも思いましたが、物語進行のために気を取り直します』


「ゴホン、心優しきシンデレラ。僕はキミの願いを叶えに来たんだ。キミはお城の舞踏会に行きたがっていたね」

「え?行けるの!?」


 ここにきてシンデレラは話に食いつきます。魔法使いはそんなシンデレラに優しく微笑みかけ、彼女の肩にそっと手を乗せました。


「行けるよ。キミがいろんな動物にしてきた善行がキミに力を与えるんだ」

「ほ、本当に?」


 嬉し涙を浮かべ、口元を隠すシンデレラ。その姿に思わず魔法使いも嬉しそうに杖を振るいます。


「さぁ、キミも綺麗なドレスを纏って舞踏会へ行くんだ」

「あぁ。神様ありがとうございます。これでお金をかけた料理の味が堪能できる。そして、今まで美味しくいただいてきた森のお友達のことはこれからも忘れません。アタシの血肉となってこれからも生き続けるでしょう」


『魔法使いはシンデレラの失言に口元をヒクつかせましたが、魔法はきちんと働きシンデレラの姿をみすぼらしい町娘から、豪華なお嬢様へと変身させました』


「なんて……綺麗なドレス!」

「かぼちゃで馬車も作ってあげたよ。これに乗って城まで行くんだ」

「何から何までありがとう。このカボチャも後で美味しくいただきます」

「これは食べちゃダメ。あと、これだけは忘れないでシンデレラ」

「はい。今後一生、カボチャは食べません」

「違う。そうじゃない。このドレスは今日の十二時には解けて消えてしまう。だから、十二時より前に城を出るんだ。いいね?」

「十二時……あと四時間しかない!?さっさと出発してカボチャ!ニタニタとハロウィン前で浮かれている場合じゃないわよ!」


『カボチャの馬車はシンデレラに鞭で打た…促され、走り出します。そんな彼女の後姿を魔法使いは笑顔で手を振って送り出すのでした』


「あのー」

「うわぁ!?」


『魔法使いの後ろから姿を見せたのはシンデレラとうり二つの容姿を持つ女の子。そのあまりのそっくりさに魔法使いも慌てています』


「き、キミは?」

「わたしですか?わたしはシンデレラと申します」




『一方で、城へと着いたシンデレラ(仮)は一目散に料理へと向かいました』


「なにこの蒸し物!かかってるソースが絶品じゃない!このテリーヌもいい仕事しているわね。スープの出来はイマイチだけど、このパンなんて柔らかくておいしい~」


『そんな風に舞踏会を楽しんでいると、一人の男性がシンデレラ(仮)に近づきます』


「お、おぉ!これは綺麗な髪を持つ少女が!えと……わ、私と一曲踊りませんか!?」


『ガチガチに緊張しながら、シンデレラに手を差し出します。そんな彼の初々しい反応を見て、シンデレラは』


「やり直し」


『どうやら心を打たれたようです。彼がこの国の王子であることを彼女は知りません。しかし、惹かれあう二人はまるでそう決められているかのように互いの手を取り合いました』


「却下。やり直し。恥ずかしがらずにもっとスマートに女の子を誘いなさいよ意気地なし」


『取り合え』


「チッ……!」


『舌打ちせんと王子と踊れ。シンデレラは!心の叫びには逆らえず!王子の手を取りました!取~り~ま~し~た!』


「王子様、それでは食後に一曲踊ってください」

「お前、オレが王子だって知らない設定忘れるな」


『王子はシンデレラの声にうっとりとしながらも、彼女のリードをしてダンスをしました。その姿には誰もが息を呑み、見惚れる人々の中にはあの継母と義姉がいましたがアホなので気づきませんでした』


「「おぉい!?」」


『ダンスを一曲踊り終えると、舞踏会の主役と化していた二人はその余韻に包まれます』


「ラストは包み焼きハンバーグ!」


『しかし、悲しきかな時間というものは残酷でした。十二時を知らせる金が城に鳴り響きます。十二階の鐘の音が終わる前に帰らなければ、真っ裸です』


「クッ、ハンバーグすら食べられないなんて、なんて使えない魔法使い。だけど、このまま裸になるのは避けたい。十一月に裸で外を出歩くのは寒い……。仕方がないさっさと帰りましょう」


『シンデレラの心は王子を思う気持ちでいっぱいでした。それでも彼女は魔法使いとの約束を忘れることなく舞踏会を泣く泣く後にします』


「ま、待ってくれシンデレラ!」


『王子は走り去ろうとするシンデレラに声を掛けます。しかし、シンデレラは』


「あ、これ忘れるところだったわ。はい。落とさないようにね。何度も落として割った事を忘れないように」


『王子の手にはシンデレラから手渡されたガラスの靴のみ。彼女は走り去り、残された王子の心はいきなりの別れに張り裂けそうでした』


「なぁ、ナレーター。情緒ってなんだ?」


『知りません。普通に話しかけんな』




『それから王子は靴を手掛かりにシンデレラを探します。同じサイズの女性こそがシンデレラだと考えた王子は街中の女性に靴を履かせるという頭の悪い方法でシンデレラを探しました』


「お前俺の事キライだな!?っと、クソッ……なんでシンデレラは見つからないんだ」


『すると、一人のみすぼらしい恰好をした少女がパンの入った籠を持って走り去っていきました。その髪は雪のように真っ白で、王子があの日に見た髪の色にそっくりだったのです』


「ま、待ってくれ!」


『王子の制止する声に気づかなかった少女はそのまま一つの民家に入ります』


「ここ……は?」

「ここの家はまだ確認が終わっておりません。順番どおりですと明後日以降となりますが、どういたしましょうか?」

「無論、この家を優先させる」


『王子の硬い意志の下、その家の呼び鈴を鳴らします。そして、家の扉を開けたのは先ほどの白い髪の少女でした。眼は赤く、髪も肌も雪のように真っ白な少女。どことなく儚げで、王子はあの日に見た女性と同一人物だとは思えませんでした』


「キミにこの靴を履いてほしいんだ」


王子がそう言って靴を差し出すと、少女はハッとなって家の中に大声で叫びます。


「…姉様、王子が来ました」


『シンデレラ~、もう少し大きな声で。練習ではもうちょいいけたよね』


「どうしたのシンデレラ?いつも言っているでしょう?お姉ちゃんって呼びなさい」


『家の中から出てきたのは同じように白い髪と赤い瞳を持った少女。こちらは勝気な瞳で王子を睨みつけています。王子は気づきました。この子があの日に僕が出会った少女だと』


「キミは……あの日に舞踏会で会った子だよね?」


『王子~、靴穿かせろや。台本無視して進めんな』


「確かに舞踏会に行ったわ。でもそれは、シンデレラの方よ」

「いや、あの日に見たのは彼女じゃない。キミの方だ」


『王子は確信を持って気の強そうな方を指さします』


「はぁ……バレちゃあしょうがないわね」


『シンデレラ~、悪役顔はやめてくださ~い』


「姉様、一体どういうこと?」

「気にしなくていいのよシンデレラ。貴女は気にせずこの王子と結婚して子供を作って、アタシに姪か甥を見せてくれればそれでいいの」

「姉様はどうするんですか?姉様はこんなみすぼらしい家で小汚い毎日を過ごすというのですか?」

「「誰の家が小汚いって?」」


『継母&義姉登場』


「王子、今決断なさい」

「え?」

「アタシたちを見抜いたアンタにならこの綺麗な体を汚すことを許してあげる。ここにいるアタシとこの子をシンデレラとして妃に迎え入れるか。片方だけを手に入れて残りはこの小汚い女どもの使いっ走りにしたままにするか。どっちも諦めるか。アンタが選ぶのよ」


『王子は彼女の言葉に一瞬だけ言葉を詰まらせます。しかし、すぐに心を決めて己の気持ちを吐き出しました』


「二人とも、僕の妃になって欲しい」

「幸せにして……ね?」

「じゃないとアンタは赤く熱した鉄の下駄を穿かされて、一晩中踊り続ける羽目になるわよ」

「怖ッ!?」


『王子の想いは届き、二人のシンデレラは王子の愛によってみすぼらしい家から出る事が出来ました』


「ねぇ!確か当初の設定、大商人の娘じゃなかった!?」


『義姉の出番は終了してます。さっさとはけて。コホン……そして二人は王となった彼の子を身ごもり、可愛い娘と可愛い息子をもうけた国王は家族とついでに国を守るために国を大きく発展させたのでした。めでたしめでたし』


「ねぇ国王陛下。アタシの名前はシンデレラ」

「わたしの名前も……シンデレラ」

「アタシたちを選び間違ったら、国を焼き払うわ」

「わたしたちを見間違ったら、国民に悪夢を見せる」


「「アンタを幸せにしてあげるから、アタシ(わたし)も幸せにしなさい」」

「ヒィィィィ!!!???」


『はい!めでたしめでたし!ほら、観客席!シンデレラにとってはハッピーエンドなんだから拍手拍手~』

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