掌編小説・『はんこ』

夢美瑠瑠

掌編小説・『はんこ』


掌編小説・『はんこ』



「はんこ」という、わりとあやふやな個人認証制度を、段階的に全廃しよう、ということが閣議決定されて、速やかに新しいID認証の制度に移行するべく、国家的に色々と協議と事務的な作業がはじめられた。


 現在は「ハンコ行政」という言葉に代表されるように、事務とか行政手続きとか、社会の隅々にまで浸透している「はんこ」、「印章」というものをできるだけより新しくて確実で安全で便利なものに代替することが必要なのである。

 そのためにはどうすれば最も効率的で、コスト安価な方法をASAPに採用できるだろうか?

 内閣府に「ハンコ廃止問題検討特別委員会」というのが設けられて、様々な素案が練られて、アイデアが交換された。


「指紋認証、または網膜の認証の採用」

「声紋の認証」、「マイナンバーとの互換的な生体認証」

「そうした新技術をいかに手軽にいろいろな書類作成の際の汎用的なアイテムとしてハンコと代替しうるか」

「IT機器の技術、スマホやタブレットの応用」、「あるいはICカードの採用」


 討議される議題は大体このようなことだった。


「三文判まで完全に廃止することは民業の圧迫につながらないか」という意見も出た。つまり現にあって、便利なものをわざわざ全て廃止してしまうというのも現実的でないのでは?という考えだった。が、欧米社会ではもともとハンコなどは署名で済ませている。サインである。筆跡というのがあるので、それで済んでいる。簡素な手続きなら、それに倣えばいいのでは、という意見もあった。

 そうして結局議論が尽くされたのちに、大まかな指針が示された。


1.段階的移行としてにハンコ、印章はすべて廃止する。 ただし、印鑑業者、ハンコ文化やセレモニー的な信頼感というものもあり、 しばらくは便宜的に実印制度のみ残す。が、これもいずれ全廃の方向に ソフトランディングさせるものとする。

 

2.役所や銀行の窓口等での個人認証はマイナンバーや生体認証のデータを登録している ICカードで全て代用させる。免許証や保険証の如くに必須のID用のアイテムとして 周知徹底させる。


3.以上の基本ガイドラインに加えて、戸籍謄本や印鑑登録という制度も 廃止させていく。全て再発行可能なICカードに一括して個人の情報は完全に 同定可能とさせて、行政その他の手続きをできるだけ簡素化させていくものとする。


 これは社会の趨勢であると委員会は認識する。


・・・ ・・・


 そうして、「ハンコ」は前世紀の遺物となり、 子供のおもちゃになっていった。

公園では子供がこんな風に遊んでいた。


 「ここにこうおせばいいんでちゅか?ハーッ、ポン」

 「はい、これで書類完成でちゅよ。お疲れ様でちゅ」

 「アッ。書き間違えた。どうしよう。」

 「訂正印でちゅね。こう押してください・・・」

 「牧歌的な風景でちゅね。笑」


・・・テレビでは、「メクラ判」を押している一昔の社長の姿が映されると、人々はげらげら笑う、そういう時代になっていった。



 <終> 


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