第11話 背負うモノの違い
ルイスの操る鎧騎士の剣はアンネの魔法陣を突き刺した。どんな効果の術式なのかはわからないけれど、取りあえず乱せば壊れるのではないかという考えからの行動だった。突き刺した瞬間、鎧騎士の身体は弾かれて床に大きな音を立てて転がった。
「これは……攻撃を弾く術式?いやでもそれにしては弾かれる向きが不自然だ。」
ルイスが無意識に呟く声はいつもより低い。もう一度、鎧騎士は立ち上がって剣を振りかざすが、アンネは魔法陣をそれに合わせて照射してくる。
どうして私は魔法を覚えたての一般人に、こんなに手間取っているのだろう。こんな一回戦はただの通過点で私は必ず、優勝しなければいけないのに。この子にとってはただの練習試合なのかもしれない。でも僕にとっては、いや私にとっては生き方が決まるぐらい大切な試合なのに。ルイスの苛立ちはそのまま判断のミスに繋がる。
今まで後ろに下がって、鎧騎士だけに戦わせていたルイスはアンネの前へと歩み寄る。マントの下から木刀を取り出すと斜めに構えた。
「やっと自分も出てくる気になったんだ。」
アンネは挑発するように口角を上げて言う。ルイスはそれに、召喚式の中から取り出した剣の切っ先を向けることで答えた。
彼女にとってこの試合はただの行事の一つ、ただの試験の一つのはずだ。それなのにどうしてこうも真剣な目をして向かってくるのか、ルイスには理解できなかった。叫んでしまいたい想いはせき止められて、刀身に乗る。しかし、いくらルイスが召喚術に優れていても、木刀の扱いは素人だ。少し前から、スーザンに剣を習っていたアンネはルイスの振りかざす木刀を容易に受け止める。
「どうして、貴方はそんなに一生懸命なの。」
「どうしてって……勝負に真剣にならない人がいる?」
ただ真っ直ぐなだけのアンネの瞳が、ルイスには腹立たしい。私だって純粋にただの演習試合だと思って、闘いたかった。自分が背負いたくなくても、周りはいつも私に役割を押し付ける。それを振り払うためにも、この演習試合は落とせない。
こちらからの攻撃は反転魔法に阻まれて通らない。でもそれは、攻撃が一つの方向からの場合に限られる。ルイスは、木刀を握り締めながら鎧騎士に意識を集中させる。鎧騎士を操りながらルイス自身も攻撃すれば、術式を取得し始めたばかりのアンネは両方の攻撃を防ぐことは出来ない。
一見、無鉄砲に見えるルイスの剣戟に気を取られたアンネは、迫りくる鎧騎士に気づくのが遅れる。アンネの術式の魔法陣はルイスを木刀ごと弾き飛ばした。床に転がりながら、ルイスは鎧騎士を操るのを止めない。
勝敗は喫した。アンネの喉元には鈍く輝く鉛色の刃が突き付けられていた。敗者は毅然と立ち、勝者は地面に這いつくばるという、ぱっと見では勝敗が逆に見える景色でもって、アンネの初の試合は幕を閉じた。
パチパチパチと拍手が響いた。一つの拍手を皮切りに、講堂全体に拍手が広がっていく。最初、アンネはそれは勝者であるルイスに向けられたものだと思っていたが、学生たちの自分を見る目に尊敬の色を見つけて、自分にも向けられたものなのだと知った。一番最初に拍手をしたオズワルトがゆっくりとこっちに歩み寄ってくる。
「今の試合は素晴らしかった、やっと試合らしい試合が見れたって感じだよ。」
「でも、負けました。」
オズワルトに笑顔を向けられたアンネは顔を俯かせて呟く。
「うん、でもそりゃあ術式取得して一週間ちょっとなんだから学校来る前から学んでた人には負けて当然でしょ」
負けるとわかってて教えてくれてたの、という意味を込めて睨めば、それを見透かすかのようにオズワルトは言う。
「負けるとわかってたら努力しなかったって?そんな考え方じゃ進歩は望めないし、進歩がない人間は死んでるのと同じだよ」
至極真っ当なことを言われてアンネは面食らう。いつも雲を掴むような言動をしているオズワルトが急に真剣な顔になると途端に別人のように感じられる。
その時、アンネに吹っ飛ばされてから立ち上がりスカートの皺を伸ばしていたルイスが、オズワルトに近づいて、声をかけた。
「私にも稽古してくださったらよかったのに。」
「え、別に言ってくれたら教えたよ?でも、今回は君は必要なかったでしょ。」
「まぁそうかもしれませんけど。」
ルイスは満更でもない顔をしてから、オズワルトを見上げて好戦的な瞳を向ける。
「じゃあ今度教えてください。」
アンネはその光景を黙って見ていることは出来なかった。魔法の研究に貪欲な気持ちは、ライバルだけが有意義な学びを得ることを見過ごすことを許しはしない。
「私にも、これからも教えてください!」
勢いよく手を上げるとオズワルトは少し苦笑してから、二人を順番に見て言った。
「僕が教えてもいいけど、君たち二人で
「えっ……?」
驚いてアンネがルイスの方を向けば、ルイスも目を丸くしてこっちを見ていた。
「競い合う相手の欠点、長所は目につきやすいからね。」
「ちょっと、オズワルト先輩。私とこの人が競い合っているって言いましたか?」
足元にも及びませんけど、と続けたげなルイスの冷ややかな視線に晒されて、アンネはぐっと唇を噛み締める。
「少なくとも、向上心はね。」
そう言い残して、ひらっと手を振り去っていくオズワルトを二人は言葉もなく見送った。
二時間後の図書室にて。机の上には重そうな魔法陣の本が何冊も広げられていた。それを熱心に覗き込んでいるのは青い髪を肩に垂らして、ベルベット生地の黒のカチューシャをつけた一年の主席少女と、その少女といい試合をした赤い癖っ毛の少女だ。
「貴方は、マルチタスクが得意じゃないでしょう。」
「うっなんでわかるの。」
「だって、私か鎧騎士どっちかしか見れてなかった。だから、自動で迎撃する魔法陣を覚えたらいいわ。」
ルイスは自分で言って、アンネが驚いていないのを見て驚いた顔をした。
「貴方、迎撃魔法がどれだけ難しいかわかっているの?」
「わからない。」
「ちょっと。」
はぁ、とルイスが何度目かもわからないため息をつく。
「自動ってつく魔法は全部、完璧にするのは五年かかっても無理な人もいるくらいの高難易度の術式よ。当たり前よね、無意識でも完璧にやるなんてよっぽど体に染みつけないと無理だもの。」
「頑張ってみる。」
パタン、と本を閉じた後アンネは時計の針に目がいって声を上げた。
「あ、ネロの試合!」
突然そう叫んで、図書室を出ていくアンネにルイスは目を見開いて、背中を追う。廊下に出て、遠ざかっていくアンネの背中を見てルイスは溜め息をついた。
「なんなんだ、あの子。」
ネロと約束したのに、魔法の練習に没頭してしまって忘れていた。アンネは廊下を早歩きしながら、弁明をしていた。本当に行くつもりだった、演習試合が終わるまでは。でも終わったら、今の魔法をもっと上手く出来るようになりたいと思ってしまって、いてもたってもいられなくなった。試合のために、と思っていた術式の勉強が今では試合がなくても勉強したいと思えるほどにアンネは魔法に魅了されていた。
アンネが講堂の重たい扉を開けば、目に飛び込んできたのは青く光る炎を宿した剣。剣の切っ先が動くたびに光の線が宙に描かれて、どこか幻想的だ。優美な見た目とは裏腹に、その剣戟が凄まじいことは、光を目で追うことが大変なことから考えればすぐにわかる。しかし、先ほどから観客に悲鳴を上げさせているのはその剣戟ではなかった。炎の剣が切り裂いているのは対戦者の肉体であるはずはない。そうならば、とっくの昔に失格になって試合は終わっている。剣が切断しているのは大量の腕だった。
ネロは、スーザンに戦闘訓練を受け持っては貰っていたが、素早い斬撃を受け止める技量はまだ持っていなかった。そこで、ネロが選んだ戦法が自分の術式である、白い腕を出しまくって囮に使う作戦だ。それが功を成したのか、さっきから対戦相手は秀麗な顔を歪ませながらばっさばっさと大量の腕を切っては、観客を悲鳴で湧かせていた。しかし、そんな泥仕合も長くは続かない。ネロの出した腕を一太刀で切り落とした青年は、空中で一回転して目を見開いたままのネロの目の前に着地した。そうして、気が付いた時には首元に冷たい刃が当たっていた。
「あの人、すごいね。」
試合が終わって、アンネはネロに水のボトルを手渡しながらも、視線はさっきのネロを負かした対戦相手を追っていた。
「あぁ、ノース君ね。小さい時から剣術仕込まれてたらしいから。」
「仲いいの?」
「まぁ同じ寮だからね。」
こともなげに答えるネロに、アンネは歯に何か挟まった時のような複雑な表情をする。寮が同じだからといって、私は全員と話したことがあるわけではない。なんなら、一言だけでも話したことがある人の方が少ない。それを、ネロはプライベートな話まで、それも特に親しいわけでもない人としているなんて。
「もしかして、ネロって社交性の高い人だったりする?なんか裏切られた気分なんだけど。」
「勝手に裏切られないで。元々人は好きだから。」
「それで、剣術ってことは育ちが良いんだね。貴族とかの家?」
「まぁ半分そうなのかな、大貴族の従者の家系なんだって。この学校に跡継ぎがいるから、その付き添いらしいよ。」
ノースに目を向けると、いかにもお坊ちゃんというような傲慢を絵に描いたような顔の少年と談笑していた。椅子に座っているが、どうやら足を骨折しているようで松葉杖を抱えている。
「あの怪我、どうしたのかな。」
「前に話さなかったっけ?スーザンの話聞いて、術式習得のために真似して階段で飛び降りて骨折した子がいるって。」
「それ!?」
「それ。」
さっきから、アンネの彼に向ける視線には訝し気だったが、それを聞いてさらに冷たくなった。しかしすぐに、アンネの意識はノースが握っていた剣の術式について引っ張られる。
「さっきの炎の剣ってどうやってやってたんだろう。」
「あー、あれは術式というよりは剣に依存する炎だったはずだよ。魔法具ってやつ。」
「魔法具!」
座学の授業で聞いたことはあった。事前に魔力を込めて作っておくことで使う際には術式を練る必要がない道具だ。剣や銃などの武器だったり、鍵やペンダントだったりと多種多様な形、用途がある。ちなみにアシストブレスレットもこれに該当する。今までは知識だけしか教わっていなかったが、後期の授業では魔法具を作る実践授業もするらしい。
「えっ自作したってこと?」
「まぁそうなるだろうね。」
「え、すごい。話聞いてこようかな。」
目を輝かせてノースの方へ向かおうとする、アンネの裾を引いてネロは引き留める。
「まだ話してるみたいだし今はやめとこう。でも、アンネは本当に魔法が好きなんだね。」
微笑まれて、アンネは微かに首を傾げた。
「魔法って面白くない?だって、やろうと思えばどんな魔法でも使えるんだよ。」
「うん、でもやり方に正解がない。それって結構しんどい人もいると思う。」
正解がないってことは間違いがないってことで、それは楽なことなんじゃないのかな、とアンネは思う。わからない、という顔をするアンネに、ネロはわからなくてもいいと思う、と言ってぽんと肩を叩いた。その仕草が何か子ども扱いされているようで気に食わなくて、アンネは眉を下げた。
魔法使いは箱庭で踊る 詩村巴瑠 @utamura51
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