第18話 辞令を受ける

「謹んでお受けいたします。」

「ありがとう、こちらこそよろしくね。佐山さん。」


結局、りょうのアドバイス通りに、とりあえずやってみることにした千枝理は、翌日矢代さん経由で辞令を受ける旨を明石さんに伝え、数週間の引き継ぎの後に本社の社長室にて、辞令を受けることになった。


上品な老婦人、と言う形容がぴったりとくるご婦人と向かい合い、薄くて華奢なカップに入った紅茶を頂く。あぁ、とてもいい香り…。うっとりと目を閉じると


「お紅茶、好きなのね、よかったわ。」

 優しく微笑む老婦人。

「あ、はい、とは言っても銘柄とかはよくわからないんですが…。」

「いいのよ。銘柄や伝統が大事なんじゃなくって、いい味か、いい香りか、あわせるお菓子との相性はどうか…んー、あとは…。あ、豊かな時間を過ごせるかどうか。こんなとこかしら。」

「豊かな時間、ですか…?」


 噂に聞いてる社長と随分違う。千枝理の会社の社長は、創業から数年で50店舗まで美容室店舗を拡大したかなりやり手の社長、と言う巷の評判である。

本社の勤務になると言うことで、きっとかなりスパルタな雰囲気だろうと緊張してきたのだが、目の前には上品な老婦人と、プーさんっぽいおじさんと、美味しい紅茶とお菓子。前日、中々寝付けなかった千枝理は、ちょっと拍子抜けしてしまった。


「この紅茶じゃないけれど、伝統や銘柄が良くて美味しいものもたくさんあるわ。だけど、そうじゃなくても良質なものは私たちが知らないだけでたくさんあると思うわ。ただ、それが知られるまでには時間がかかるし、努力と試行錯誤を続けなくちゃならないの。」


そこまで言うと社長は、紅茶を一口飲み、ニッコリ微笑んだ。


「あなたと明石さんには、例え時間がかかっても良質な美容師を育てる仕組みを作って欲しい。本当なら私も経営者だし、早く結果を出すことを求めたいれど、現場のあなたたちには、急がば回れ、の気持ちで、この業界のあり方を変えるような学校を作って欲しい。美容業界で働く人全てが幸せで充実できる仕組みを。よろしくお願いします。」


「はい、こちらこそ、未熟ですが、よろしくお願いいたします!!」

千枝理は居住まいを正して、深く一礼した。

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好きを仕事と言われても 〜美容師やめたいコンプレックスいっぱいの私がちょっとキラキラするまでの奮闘記〜 石川こよみ @ishikawakoyomi

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