エピローグ ~『死んだことさえカスリ傷』~

『エピローグ:死んだことさえカスリ傷』



 クレア一派との闘いは、マリア陣営の勝利で幕を閉じた。


 アトラスたちはクレアを連れて、屋敷の地下から一階へと場所を移す。暖炉の焚き木がパチパチと燃える談話室で、彼女を椅子に縛り付ける。


 ルカとクロウ、それにメイリスはこの場にいない。リックにかけられた『時計爆弾』の魔術が本当に解除されたか確認するために、学園へと戻ったのだ。


「この縄を外してもらえないかしら?」


 クレアは上目遣いで懇願する。だが彼女の本性を知っているアトラスたちが油断するはずもない。


「駄目だ」

「心が狭いですわね」

「いつ裏切るかもしれない奴を自由にできるはずないだろ」

「私がいまさら裏切るはずありませんわ……なにせ打てる手が何もありませんもの」

「それは……確かにそうかもな」


 求心力の源であったホセを失い、クレアの権力は地に落ちるはずだ。後ろ盾の貴族勢力からも見放す者が現れるだろう。


 逆にクレアを倒したマリアは、勝ち馬に乗ろうとする有力者たちから支援を受け、勢力を加速度的に伸ばせるはずだ。このまま進めば次期女王の座も夢ではない。


「縄を外してあげてください」

「いいのか?」

「揉めたとはいえ姉妹ですから。嘘を吐いているかどうかの区別くらいは付きます」

「マリアがそういうのなら……」


 マリアの縄を外してやり、三人は椅子に座って向かい合う。並べてみると、より一層二人が姉妹なのだと実感する。


「ふぅ、ようやく解放されましたわ」

「マリアの優しさに感謝するんだな」

「縛ったのはあなたたちでしょうに……でもまぁ、私があなた方の立場なら解いたりしませんから。感謝すべきなのでしょうね」


 クレアは小さく頭を下げる。思いの外、素直な態度にアトラスたちは顔を見合わせた。


「でも恨み言も口にさせてもらいますわ。あなたたちのせいで私は破滅。手足となる執行官も失いましたわ」

「まだウシオがいるだろ」

「あの子は駄目ね。王族を殺そうとした容疑があるもの」

「だがそれはお前が洗脳したからだろ」

「ふふふ、証拠でもあるのかしら」

「それはないが……」

「処刑を免れることはできませんわ。被害者であるお姉様が泣き寝入りしない限りね」


 被害を受けたマリアはウシオを処罰する権利を有している。リックを爆弾に変えられた恨みもあるはずだ。


「私は……ウシオさんを許します」

「いいのか?」

「はい。なにせウシオさんを罰すれば、脅迫されていたとはいえ、裏切ったクロウさんも同様に処罰しなければなりませんから」


 クロウの裏切りは厳格に処理するなら、王族に敵対した罪で死刑でもおかしくはない。だが彼は執行官を一時的に停職になるだけで済んでいる。


 クレアの言葉に乗せられている気もするが、ウシオを許す以外の選択肢がなかった。


「へぇー、なら私が使おうかしら。なにせ便利な駒であることに違いはないもの」

「ゲス同士、お似合いだと思うぜ」

「そういうあなたは随分と優しいのね。宿敵だったのでしょ?」

「まぁな。ただ公的な処罰がないだけで、無罪ってわけじゃないさ」


 ウシオの爆破によりマリアの私室はボロボロになった。それを隠蔽することはできるはずもない。彼が王族の暗殺未遂犯だと噂は広がり、評判はさらに地の底へと落ちることだろう。


 彼が再び学年最強の椅子に君臨していた時のような人望を取り戻すためには、長い年月をかけて信頼を取り戻す必要がある。心根を改めない限り、彼の不遇な日々は終わることはないだろう。


「ウシオのことはもういい。それよりもクレアをどうする? 処刑するか?」

「ふふふ、馬鹿を言わないで頂戴。私は王族ですのよ。どんな罰を受けようとも、命まで奪われることはありませんわ」

「いいや、処刑は俺が行う。好都合なことに、マリアを消すために人払いしただろ。今なら目撃者は誰もいない」


 王族が行方不明になっても問題ないお膳立ては終わっている。墓穴を掘ったと彼女は額に汗を浮かべる。


「待って頂戴。私を殺すより、もっと良い使い道がありますわ」

「聞くだけ聞いてやる」

「女王になるためには貴族たちの支援が必要不可欠。私が直接説得すれば、話もスムーズに進む。どうかしら? 私に任せてみない?」

「信じられないな」


 この場を逃れるための口約束の可能性もある。鵜呑みにはできない。


「裏切らない理由付けのために、私にも利益が生まれるようにして欲しいの」

「利益?」

「敗北した姫の末路は酷いモノですわ。隣国の王子に嫁いで、都合の良い政治の道具になるだけ。でもそんなのまっぴらごめんですわ。だから、お姉様が女王になった暁には、私に領地を与えて欲しいの」


 領主となれば結婚相手は自分で選べるし、自由も約束される。自分の幸せは自分で掴み取ると、彼女の提示した条件には力強い意志が込められていた。


「マリアはどうしたい?」

「私は……リックを殺そうとしたことや、村を襲ったことを許していません」

「ならここで処刑するか?」

「ですが、妹ですから……それに何より私の目的は王国を平和にすること。その夢に一歩でも近づけるのなら、私怨なんて呑み込んでみせます」

「それでこそマリアだ」


 マリアとクレアは同盟が成立したと、手をギュッと握り合う。殺し合っていた姉妹の関係が少しだけ修復された瞬間だった。


「ではお姉様、これからのことを話しましょうか」

「なら俺は廊下で待っているよ」

「アトラスさんならここにいても良いのですよ」

「姉妹水入らずで話をしたいこともあるだろ。お邪魔虫は退散するさ」


 執行官を失ったクレアが暴力でマリアを害することはない。護衛役は不要だ。


 それに何より部外者がいては、彼女たちは王族として振舞わなければならない。血の繋がった姉妹として話すためには、第三者はいない方がいい。


 談話室を退室して、赤絨毯の廊下を歩く。飾られた豪華絢爛な美術品は、どれもが国宝級のお宝である。庶民として生まれ育ったアトラスにとって現実離れした空間が広がっていた。


「アトラス様♪」

「メイリス、戻っていたのか」


 リックの元へとクロウたちを送り届けた後、廊下で待機していたのだろう。アトラスと合流できたことを嬉しそうに微笑んでいた。


「計画は上手く進んでいるようですね?」

「計画?」

「もちろんアトラス様の王国征服計画のことです♪」

「王国……征服……はぁ?」


 こいつは何を言っているんだと、ジッと見つめる。その視線にメイリスは柔和な笑みで応えた。


「ふふふ、真の忠臣なれば、主君の望みを察することなど造作もありません。本心では愚民どもを支配したいのでしょ?」

「そんなわけあるかよっ」

「またまたぁ、アトラス様は口ではそう仰いますが、行動が本心を物語っていますよ」

「行動?」

「マリア様の執行官になられたことですよ。私、ビビッと来ちゃいました。アトラス様はマリア様を傀儡として、裏の国王として王国を支配するつもりなのですね」

「妄想が激しすぎるだろ……」

「ではマリア様を女王にしたくないと?」

「それは……したいと思っている」


 マリアは心から信頼できる善人だ。彼女が国を率いるならば、きっと大勢の人が救われる。だからこそ彼女の下で執行官として働いているのだ。


「ふふふ、アトラス様の本心が聞けたことですし、マリア様を女王とするために、私もお力をお貸ししましょう。そのための次の計画も既に用意してあります」

「次の計画?」

「それは――」


 メイリスが語る次なる計画は夢物語に近い無謀な内容だった。保守的な人間ならば、眉を顰めて、一蹴に付すだろう。


 だがアトラスは恐れない。それどころか余裕の笑みさえ浮かべていた。


「面白い。その計画、実行に移す価値ありだ」


 死んだことさえカスリ傷だと、勇気を生み出す魔法の言葉を心の中で唱える。彼は自らの正義の実現のために行動を開始するのだった。


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かすり傷さえ治せないと迫害されていた回復魔術師。実は《死んだことさえカスリ傷》にできる最強魔術師でした! 上下左右 @zyougesayuu

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