第四章 ~『ホセとアトラスの決戦』~


 対峙するアトラスとホセ。二人は互いに敵意を込めた視線を向ける中、メイリスが声をかける。


「アトラス様、お耳に入れておきたいことがあります。ホセ様はおそらく回復系の魔術師です」

「やはりそうか」


 クレアかホセ。そのどちらかが回復系の魔法を扱えると予想していたため驚きはない。


「回復系魔術師相手なら攻略法は熟知している」


 自らが使えるからこそ、弱点となり得る戦術はシミュレート済みだ。


「覚悟しろよ、クズ野郎」

「やってみたえ、平民」


 膨大な魔力を放出し、身体能力を底上げする。その魔力量にホセはゴクリと息を呑む。


「ははは、化物じみた魔力量だね」

「その力を今から身を以て味わうのさ」


 ほんの一呼吸の間に、アトラスはホセとの間合いを詰める。高速の連打で徐々に追い詰めるが、致命傷となる一撃には繋がらない。


「君の格闘術は付け焼き刃だ。私の美しい王国格闘術ならば、避けることなど造作もない。そしてカウンターを入れることもね」


 打撃を躱したホセは隙を突くように、反撃の一撃を入れる。カウンターで受けたアトラスの鼻は潰れ、口の端から血が流れた。


 だがアトラスは痛みを感じながらも笑っていた。すべてが彼の想定内だったからだ。


 カウンターを打ち込んだホセは態勢が崩れている。どれほど華麗な格闘術が扱えたとしてもこれでは攻撃を捌くことができない。アトラスの右フックがホセの顔を吹き飛ばした。


「殴り合いの結果は引き分けだな。だがこれは狙い通りだ」


 打撃を受けた両者の傷は既に癒えている。ダメージを受けても治癒できるため、回復系魔術師相手に怪我を負わせることに大きな意味はない。


 だが殴り合いに意味がないわけではない。魔法を発動するためにはエネルギーとなる魔力が必要であり、その力は有限であるからだ。


(格闘術ではホセに敵わないが、魔力量は俺が圧倒している。ならばこのまま引き分けを繰り返せば、最終的には俺が勝つ)


 防御を捨てて、攻撃を当てることだけに集中すれば、たとえ相手が格上でも引き分けに持ち込める。


 そのことをホセも理解したのか、表情から余裕が消える。


「捨て身の一撃か。王族にはない考え方だね」

「持久戦なら俺の勝ちは理解できただろ?」

「持久戦ならね。だから私も本気を出すとしよう」


 ホセの身に纏う空気が変わる。魔術の発動を予感し、全身が硬直する。


「君たちは私の魔法を勘違いしているようだから訂正しておこう。私の魔法は『復元』。壊れたものや、傷ついた身体を元の正常な状態に戻すことができる。だがね、私の『復元』は『回復』と違い、武器としても応用できる。こんな風にねッ」


 ホセが一瞬で間合いを詰めると、アトラスの腕を掴む。


「私の魔術『復元する右手』を発動だ」


 腕に痛みが奔った瞬間、肩から先が消えてなくなる。床にはポタポタと液体が零れており、何が起きたのかを察する。


「次は頭だ」

「させるかよ」


 アトラスはホセと距離を取るために、彼を前蹴りで吹き飛ばす。だが飛ばされる直前、ホセは彼の右足に触れていたのか、膝から先が消え去っていた。


 咄嗟に放った一撃だったこともあり、魔力が乗っていなかった。吹き飛ばされはしたものの、ホセに目立った外傷はない。


 一方、アトラスは右腕と右足を失っていた。《回復魔法》で復元するが、魔力量は削られてしまう。


(俺の魔術は死んだことで発動し、最大魔力量を増やしてくれる。だが死なない程度のダメージだと魔力は削られる)


 膨大な魔力量を有するが故に致命的な弱点ではない。だが同格との闘いでは僅かな優劣が勝敗を分ける。


 このまま殺されない範囲内でダメージを受け続ければ、敗北の可能性も生まれてくる。危機感は強い覚悟を抱かせた。


「どうやら俺も手加減している余裕はなさそうだな」


 アトラスは《回復魔法》以外の手段にも頼ると決めて、手の平に魔力の球体を浮かべる。


「復元が追い付かないほどの炎で焼いてやる」


 魔力の球体が炎に変わり、ホセへと発射される。高速で向かってくる炎弾を、彼は右手を前にして受け止める。


「私の能力はあらゆるものを復元する。そこに例外はない!」


 炎の弾丸がホセの右手に触れた瞬間、炎は魔力へと戻され、塵と化す。必殺の一撃が通じないことに、アトラスの目に驚きが浮かぶ。


「まさか魔法を魔力に戻せるとはな……」


 すべての魔法は魔力を元にして生み出されている。魔力そのものに力はないため、右手にさえ触れられれば、ホセはあらゆる魔法を無力化できるに等しい。


「だが無力化できるのは右手で触れたものだけだ。なら触れる余裕もないほどの数で攻めてやる」


 アトラスは右手を犠牲にすることで、一万本の剣を空中に生み出す。剣の雨をすべて躱しきることは不可能なはずだ。


「これはテロンの魔術……やはり君は他人の魔術をコピーできるようだね」


 《回復魔法》だけでなく《炎魔法》も使っているのだ。人が複数の魔法を習得することができない以上、それは魔術によるコピー能力以外にはありえない。


「だが残念だ。テロンは我々の仲間だった男。弱点も把握している」


 ホセは一気に間合いを詰めると、右手を失ったアトラスの肩に手を置く。すると腕は元通りとなり、空中に浮かんでいた剣が消えた。


「馬鹿なっ」


 驚愕するアトラスの顔にホセが拳を叩きこむ。呆然としていた彼の顔を潰すには十分すぎるほどの一撃だった。


「……ッ――《回復魔法》がなければ死んでいたな」


 顔を復元したアトラスは立ち上がって、なぜホセが敵であるはずの彼の右手を元通りにしたのかを考える。


「なるほど。回復ではなく復元だからか」


 《創剣》の魔術は右手を犠牲にすることで発動する。これがもし回復ならば、新しい腕が生えてくるため、魔術が中断されることもない。


 しかし復元は魔術発動のコストとして支払った腕を元に戻すため、そこから生み出された一万本の剣も維持できなくなるのだ。


「これで実力差は理解できただろ。私は君よりも強い。愚かな仲間たちと共に死ぬがいい」

「愚かな……仲間……」

「毒を飲まされたことに気づかない馬鹿に、人質になるマヌケ。極めつけは親友を裏切るクズだ。否定できまい」

「――っ……するなっ」

「は?」

「俺の友達を馬鹿にするなって言ったんだ!」


 喉が枯れるほど大声で怒りを発する。ウシオに殺された時でさえここまでの怒りは覚えなかった。


「どんな時でも支えになってくれて、どんな時でも俺の味方でいてくれた。そんな優しい親友が無理矢理裏切りを強要されたんだぞ! お前にその気持ちが分かるか!?」

「分かるはずがあるまい」

「なら死を以て分からせてやるよ!」


 両手を合わせて合掌したアトラスは魔術発動のための魔力を練る。だがホセは動けない。彼はアトラスの《斬撃魔法》を知らないが故に、その場に止まることを選んでしまった。


「俺が戦った敵の中で最強の魔術師の技だ。耐えられるものなら耐えてみろ」


 アトラスの魔術『斬撃空間』が発動する。領域内の対象を無限の刃で切り裂く魔術が、ホセの身体を切り刻んでいく。


「うぐぐぐぐっ、わ、私は、まだ……」


 身体を丸めて斬撃による致命傷を耐えようとするが、復元するよりも早く刃が傷を刻む。かつて世界を恐怖に陥れた魔王の力は、腕を、足を、切り落とし、最後には首さえも刎ね飛ばした。


 宙に舞うホセの顔は見えない斬撃で切り刻まれ、塵となって消える。《復元魔法》でさえ復活できないほどのダメージを受け、ホセはこの世から去ったのだった。


「俺の、いや俺たちの勝利だっ!」


 アトラスが勝利を宣言すると、仲間たちが彼の元へと駆け寄る。大切なモノを守り通せたと、彼らは肩を叩きながら、笑い合うのだった。



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