第四章 ~『マリアとクレアの一騎打ち』~


 アトラスとホセ、二人が衝突しようとしていた頃、二人の王女もまた闘いの火中にあった。


「お姉様、先ほどの泣き声を聞きましたか。汚らしい平民の女の声。きっと私の策が上手くいったのね」


 クレアは床に這いつくばる姉のマリアを見下ろす。強者と弱者。二人の力量差が見て取れる構図だった。


「わ、私は、諦めません。まだ戦えます……」

「うふふ、初級魔術師のお姉様が上級魔術師である私を倒すと? 蟻が象を倒す方がまだ信憑性がありますわ」

「ま、魔法なんてなくても、私には体術が……」

「あらそう。でも残念ね。這いつくばってもらえるかしら」


 立ち上がろうとしていたマリアは、潰れたカエルのように床に押さえつけられる。


「どうかしら、私の魔術『信頼の声』は。命令に従わないといけないと思い込ませるだけの力しかないのだけれど、お姉様のような初級魔術師相手ならば効果覿面。神の信託のようにさえ聞こえるでしょう」


 クレアの魔術『信頼の声』は自分の言葉に説得力を持たせることができ、従わなければいけないと、相手に思い込ませることができる。


 その効果は大きく二つの要因で左右される。


 一つ目は好感度だ。相手がクレアに対して尊敬や愛情を抱いていると、より強く命令に従わせることができる。


 そしてもう一つが対象の魔力量である。アトラスのような膨大な魔力を保有する相手には効果が薄いが、マリアのような初級魔術師ならば、信頼しないと心で誓っても、身体が無条件に反応してしまうほどの効果を発揮する。


 つまり強者には勝てなくとも、弱者には滅法強いのが彼女の魔術であった。マリアにとって最悪な相性の敵だった。


「諦める気になったかしら?」

「な、仲間が頑張っているのです! 私が諦めるわけにはいきません!」

「威勢だけはいいのね。でもお姉様の実力では逆立ちしても私には敵わないわ。あの時、自害しておけば良かったと後悔するのね」


 自害すればリックを助けるとナイフを渡された瞬間を思い出す。それと同時に疑問が湧いた。


(どうして魔術を使って、私に自害を命じなかったのでしょうか?)


 命じるだけで自害へ追い込めるのならば、リックを人質に取るような小細工も不要なはずである。


「クレア、あなたの魔術の弱点を見抜きました」

「うふふ、負け惜しみね」

「先ほどから這いつくばれと命じるだけで、傷つけるような命令はありませんでした。これは推測ですが、あなたの魔術は一定以上の苦痛を感じると効力が弱まるのではありませんか?」


 マリアの確信を得た表情に、誤魔化せないと判断したのか、クレアは笑い声を漏らす。


「正解ですわ。ですが抓る程度の痛みでは焼け石に水です。状況は変わりませんわ」

「いいえ、変わりますとも!」


 這いつくばりながらも、マリアは自分の小指に手を伸ばす。そして次の瞬間、自らの手で自分の指の骨をへし折った。


 ボキッという音と共に、マリアは苦悶の声をあげて立ち上がる。額には汗が浮かんでいたが、それ以上にクレアは困惑していた。


「お、お姉様は自分が何をしたのか分かっているのですか!?」

「もちろん。自分の指を折ったのですよ」

「へ、平民の娘ならともかく、お姉様は王族なのですよ! そのような野蛮な行い、恥ずかしくはないのですか?」

「ええ。むしろ誇らしくさえあります。私の尊敬する人は私と子供たちを守るために命さえ賭けてくれました。それと比べれば指の一本や二本、喜んで差し出します!」


 フドウ村でアトラスに助けられた記憶がマリアに勇気を与える。間合いを詰めるために彼女は駆けだした。


「ひ、跪きなさ――」

「遅いです!」


 間合いにさえ入ってしまえば、体術がモノを言う。クレアの腕と襟元を掴むと、足を払って投げ落とす。


 床に叩きつけられたクレアは苦悶の声と共に痛みで気を失う。口から泡を吹いて倒れる彼女を、マリアは見下ろした。


「格闘術の訓練をサボってばかりいるから、落ちこぼれの私に敗れるのですよ」


 魔術師としての実力ならばクレアが格上だった。しかし魔法や魔術に頼り切っているからこそ、基礎修行を怠り、それが敗北の結果に繋がったのだった。


「さて、アトラスさんたちは無事でしょうか……」


 マリアは痛んだ指を押さえながら仲間たちの元へと向かう。その表情は皆の役に立てたことを喜ぶように、どこか嬉しげだった。


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