殺されそうな少年は魔法使いに〇〇する
「……なんか身体がぎくしゃくする」
「魔力が馴染んでないんだ。そのうち慣れる」
「いや、お尻も痛いので、これは魔力の問題だけじゃないですよね? 僕の処女なんて煙草一箱分っていったのに、めっちゃがっついてましたよね? 最初の一回だけで儀式終わってたはずですよね?」
「お前、思ったより元気だな」
二人は飛空艇から降りるための列に並んでいる。
こういう時は当たり前だが貴族優先――ようは第一等客室の利用者から降りる。なんだかバタついているようだが、第三等客室のビタールと男のところまでその理由は届いてこない。まあ、王都は即位式のお祭り状態だから、地上が混んでいるんだろう。
ちらりと地上のほうを見たら、ずいぶんご立派な服装の貴族らしき人間たちが多かったから、この飛空艇に偉い人でも乗っているのかもしれない。
「普通はあの儀式の後はまともに歩くこともできないはずなんだが……ちょっと手ぇ見せろ」
神経質そうな手袋にはめられた男の手がぐいっとビタールの手をひっぱる。
「……ちゃんと紋ははいってるな」
ビタールの左手の甲には、雪の結晶のような、十角の華のような白の模様が浮かんでいた。
それは儀式が成功した証らしい。まるで生まれたときからある体の一部のように、肌に刻まれている。
「これなんの花なんですか」
「花じゃない、星だ。儀式のときに、導きのある星が契約の証として肉体に宿るんだ。だから名前なんて知らん」
「へえー。永続所有奴隷にこういう紋がはいるってのは聞いたことあったんですけど、こんな綺麗なんですね。導きの星っていうのも、なんか思ってたのと違うなあ」
「それは、お前」
男は話を続けられなかった。
飛空艇からのギャラップを降りて、地上にたどり着いたところで罵声が響いたからだ。
「貴様ッ! 何故、生きているッ!」
そこには金とか銀とかそういうので装飾された外套と、赤とか青とか緑とか混ざった重量限界まで詰め込んだ羽飾りが大量についた帽子をかぶった銀髪の貴族――オニイサマが、怒りをあらわにやってきたからだ。
「クソホモ野郎って思ってはいたけど、服のセンスもクソだった」
「同感だ」
オニイサマは貴族の一団から抜けて二人の元へとやってくる。
「貴様、何故無事でいるんだ? 貴様は殺し屋にこの船で殺されているはずでは――」
「えーっと、昔はまあアレだったけど、最近はお貴族様でも平民を殺すって簡単に言わないほうがいいんじゃないの? 後ろにいるの、お家のお付き合いとか、職場のおかたがたじゃないの?」
「ぐっ…う、うるさい、平民ごときに言われなくてもわかっている、それよりっ」
「ていうかなんでここにいるの? 暇なの? それともわざわざ殺し屋さんから僕を殺したかどうか聞くためにここまで来たの? 暇なの?」
「違うッ! 私は本日、この世界でも尊い方をお迎えするお役目を預かってここにきており――おい、なんだその隣の男は」
「え、依頼したのに顔は知らないの? あ、でも大丈夫だよオニイサマ、僕、この人の永続所有奴隷になったから!」
えへん、と胸を張るようにビタールは左手の甲の星の紋章を掲げる。
それを見て、オニイサマは『子供が描いた落書きのようなものが美術館に飾られている』のを目撃したときのような、不可思議な顔をした。
「コレで僕は相続権を放棄したことになるし、そっちの家には関わらない。この人も、えーっと、僕の生命はとってないけど、実質殺したのと同じようなもんだから、お仕事達成でしょ? だからちゃんと成功報酬払ってね」
「いや、だからこいつは誰なんだと……大体、お前は何を言っている? 永続所有奴隷の紋章はそんなよくわからん花のようなものじゃないし、紋章は手じゃなくて首にでる」
「へ?」
次はビタールも『階段を降りようとしたら昇り階段だった』時のような豆鉄砲を食らった顔をする。
クズでクソな兄で、まともな会話もいまだしていないが、クズでクソなりに今の発言は本気だったらしく、本当に不思議そうな顔をしている。
ビタールはどういうことかと、隣の男を振り返ろうとした、が、またこれも止められる。
貴族様の中でも、さらにお偉い方々がいそうな一段の中から叫び声のような声がむけられたからだ。
「――こんなところにおられたのですか、賢者プロディライ様!」
「え?」
「は?」
はじめて兄弟らしく行動が揃った瞬間だった。
やってきたのは深緑を貴重とした装いで、高貴さと上品さが両立していて、これこそ貴族の格好のお手本だよね、というシックな服装をした初老の男性だった。
しかし、初老の彼は一目でわかるほど顔に焦りを出していて、ビタールの横にいる男に懇願するような声音で話しかける。
「昨夜、ご用意した客室からいなくなられてからお姿が見つからず、お探ししておりました。王城までの輿は用意しております、どうぞこちらへ――」
「な、宰相殿、このおとこっ……このお方が、賢者プロディライ様だ、と?」
兄がわかりやすく慌てるが、『宰相』と呼ばれた人間は「お前は侯爵家のものか、下がっていろ」と冷徹な声で命じるだけで取り合わない。すぐに男のほうに振り返り、愛想笑いをする。
ビタールはだいぶ混乱していた。
この紋章が永続所有奴隷の証ではない? でも確かに、昨夜、自分の身体は『何か』に作り替えられた。これはペイントでもなんでもなく、確かに『魔法』のような感覚がある。
目の前の初老の男性が宰相? 宰相っていうのは、お城にいる、王様の次にえらいひとのことをいうんじゃなかったか?
そして、先程から『宰相』殿が呼んでいる賢者――魔法使いの中でも、数えるほどしかいない、上位の位置にいる魔法使いにしか与えられない、特別な呼称ではなかったか。
ビタールは賢者、と呼ばれた男を見る。
男の表情筋は相変わらず死んでいるが、どことなくめんどくさそうな顔をしている。
「……お兄さんの名前、ベッドっで聞いたのと違うんだけど、プロディライっていうの?」
「最初に聞くのがそこか。プロディライは通名だ。ベッドで教えたほうがオレの本当の名だ」
「なんだ、ならよかった」
「なにがだ」
「お兄さんが僕に嘘をついたわけじゃないってことが分かったから。やっぱりお兄さんは優しいね」
他にもよくわからないことがたくさんあるけど、まあ、昨夜あれほど熱に翻弄されながら幾度も呼んだ名前が嘘ではないということがわかって安心した。偽の名前であれほど恥ずかしい目にあわされたのなら、さすがに怒りを覚えるところだった。
男――通名プロディライは呆れながら、ほんの少しの笑いを含んだ。
「お前は本当にわけがわからんな」
「賢者殿、あの、そちらの方は」
「ああ、宰相。こいつはオレの伴侶だ。それで、ソコに突っ立っている悪趣味な服装の男はオレの伴侶を害そうとしている男だ。つかまえてくれ」
一瞬、四人の間に沈黙が下りた。
一番早く動いたのは、さすがというべきか、場数をこなしてきただろう宰相殿だった。
「かしこまりました。ただちに。警備兵ッ! シルヴァラ侯爵家嫡男を捕らえよ! 賢者の御意思であられる!」
「なっ、ちが、そんな、私は賢者の伴侶を害すなど、そいつは弟で、賢者の伴侶などでは」
「そのことだが」
おそらくプロディライを見つけた時に護衛として近づいてきていた警備兵たちが、あっという間にビタールの兄――シルヴァラ侯爵家なんていう家名だったかといまさら思い出しながら――は手首に枷をはめられ、連行されそうになっている。
兄も全く事情がわからないのだろう。ビタールにもわからないのだから当然だ。
わからないなりに必死に釈明をしている姿は「まあそう思うよねえ」と命を狙われているはずのビタールもうなずいてしまう。
しかしそこに、殺し屋疑惑の魔法使い――眼鏡をかけ、黒髪を風に揺らしながら、煙草を吸いだした不真面目な賢者が親切にも補足する。
「まず、永続所有奴隷なんていうのは、人間が魔法使いの真似をし始めた紛い物だ。ふざけて舐め腐った単語を使うんじゃねえよ。聞くたびにイライラする。名前どころか、契約内容も違う。コレはもともと魔法使いたちが祝福に使っていた、『
煙草を吸いながら器用に手袋を脱ぎ、さらけだしたプロディライの右手の甲には、ビタールと同じ白の星の紋章が入っている。
「お前ら人間が使っている紛い物は首にでるらしいが、この紋章は対になっている。呼び方は番紋、伴侶痕、それに『人生の墓場に入った男』の証なんかがあるが……」
「ちょっとイイ感じだったのに、最後で台無しだったね」
「とにかく、てめえらが魔道具で似せてるのとは大違いってことだ。魔法使いは人族と習慣は違うが、これはお前らのいう婚姻と同義なんだよ。互いの力を交換しあう、共生能力っていうメリットはあるが、相手が死んだら自分も死ぬっていうおまけはあるけどな」
「……え、待って初耳なんだけど?」
「言ってないからな」
「それすごく大事じゃない?」
「お前は永遠に共にあるってオレに誓っただろうが。心配すんな、さっき言った通り生命力の交換が行えるから、お前が死にそうになってもオレの生命力を――」
「だってそれってお兄さんが死んだら僕も死ぬってことじゃん!」
「……なんでオレのほうがお前より死ぬ確率高いんだよ。心配するのそっちかよ」
とにかく、とプロディライはビタールを無視して驚愕の顔をしている宰相と、青ざめたを通り越して土気色になっているオニイサマを睨む。
「つまり、伴侶であるこいつが死んだらオレも死ぬ。知らないでいても、こいつの命を狙うってことはオレの命を狙うっていうことだ。そんな輩を野放しにする国に長居する気はねえ」
「まこと賢者様の言う通り。我らが隣人の頂点におわす賢者様のお命を狙うなど言語道断――警備兵、さっさとそいつを連れて行け」
そうして二度目の再開を果たしたオニイサマは、警備兵に連れられてどこかへと消えてった。きっと三度目の再会はないだろう。
宰相は自国の貴族が起こした不手際に恐縮しきりの様子だ。どうにか機嫌をうかがおうとしているらしい。しかしそれよりもビタールは自分の混乱を解きたかった。
「えーっと、お兄さんは賢者なの?」
「そう呼ばれている」
「この飛空艇に乗ってたのはなんで?」
「王族の即位式の拍付けと、王位授与の儀式のためだ。魔法使いがいなきゃできねえからな」
「じゃあなんで僕の部屋にいたの?」
「案内された部屋にいたら、この国との専属契約を持ち掛けられた。うっとおしかったから、甲板に行ったら煙くせえ野郎がぶつかってきた。多分、銃か何か持ってたんだろう。邪魔だったから、殺すついでにそいつが持っていた部屋の鍵をもらった。元の部屋に戻りたくなかったからな」
「……つまり、お兄さんにぶつかったのが、僕を狙った殺し屋?」
「だろうな」
「じゃあお兄さんは殺し屋さんじゃなかったの?」
「昔の戦で大勢殺したことはあるが、仕事で殺しを受けてはいない」
『賢者』と呼ばれるほどの魔法使いを殺し屋扱いしていることに宰相の顔色は黄土色になったり真っ白になったり忙しいが、船で不快な目にあわせたこと、賢者の伴侶を殺そうとした貴族がいたことから自分側の不利は悟っているらしく、何も口出しをしてこない。
ビタールは腕を組んで、首を傾げた。
「………お兄さん、僕を殺す気、なかった?」
「少なくともあの時は。うるさいやつだとは思っていたが、そんな所かまわず殺すかよ」
「でも殺し屋さんは殺したじゃん?」
「星を眺めてるのを邪魔されたからな」
「………僕、命の危機を救ってくれた恩人の魔法使いさんを殺し屋さん扱いしたうえで、永続所有奴隷にするように頼んだのかあ」
「そうなるな」
プロディライは手元の煙草の煙をくゆらす。そのさまを見ながらビタールは大きく嘆息した。
「なんだ、今更後悔してるのか? 言っておくが、この契約は――」
「あの時の僕、やっぱり天才的な思いつきをしたんだね!」
煙草を吸おうとしたプロディライの手が止まる。
ビタールは満面の笑みを浮かべた。
「いやあー。恩人さんに恩を返せる機会があるし、これからはお兄さんに養ってもらえるなんて最高に幸運!」
「後半が本音だろ」
「つまりさ、この、えっと、永続所有奴隷契約じゃなくて……『永久ノ共生契約』って、ようは結婚ってことだよね?」
「……そうだ」
「うんうん、殺し屋が本職じゃない魔法使いの伴侶なんて、なかなかなれるもんじゃないよね! 王都で新しい勤め先探すよりめっちゃいい選択肢!」
しかも、多分さっきの話を聞く限り、道具とかそういうのではなく、対等な伴侶として扱われるのだろう。けっこういい生活ができそうだ。
あの時、なんとか生きながらえようとしなければこうはならなかったろう。
「お兄さんを殺し屋さんって勘違いしてよかった!」
「……そりゃよかった」
ビタールはとても満ち足りた気分で自分の手の甲を見つめる。導きの白い星が輝いてるようだ。
プロディライは大きく溜息をついたあと、「仕事はこなす。ただししばらくこの国にはこないからな」と宰相殿に宣言して、用意された最新式の魔導車に乗り込んだ。もちろん、そこにビタールは一緒に乗る。
なぜなら。ビタールは彼の伴侶なのだから。
「あ、でも。この契約って魔法使いにとってはすごく重要なんでしょう?」
「まあ、そうだ。やらないやつも多い」
「じゃあなんでお兄さんは、僕とこの契約をしてくれたの?」
新しい煙草を取り出そうとしたプロディライの手が止まる。それからもう一度懐を探って、「ちっ」と舌打ちをして空っぽになった煙草箱をぐしゃっと握りつぶした。
「オレは、ヘビースモーカーなんだ」
「そうだろうね」
「煙草がないと生きていけない」
「え、お兄さんが死んだら僕も死んじゃうから、そこは生きてよ」
「……だから、オレが死ぬまで、お前がオレの煙草代わりになるんだろうが」
苛立ちを交えた顔で、ビタールの伴侶は睨んできた。
それにポカン、とした後、ビタールは心底嬉しそうに笑った。
「もちろん! 死が二人を分かつまで、僕はお兄さんの煙草だよ」
そして愛しい伴侶の眼鏡をはずして、煙草の代わりにキスをした。
(死が二人を分かつまで、)煙草を吸う コトリノことり(旧こやま ことり) @cottori
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