第45話 エピローグ

 私は、機械知性体E-XML-7720aklとして、アムテストラ銀河を支配するイムネスティリア帝国を支える電子知能の一端末として、目覚めた。


 言い換えるなら、意識を与えられた。


 最初に与えられた使命は、帝国皇室の第一皇女オウレアの身辺警護だった。その成長に合わせ外郭たるボディーを改装しつつ、彼女が二十歳に達した時、帝国は大きな変革の時を迎え、副次的に、私にも大きな変化が、具体的には別の使命が与えられる事になった。


 帝国と銀河系に大変革をもたらした小川春樹という別世界から現れた人間族でもある竜神。ポータルその他数々の特殊な能力を持つ、他者とは格別された存在。

 私は、彼に輿入れしたオウネラ皇女からの指令を受け、外観等の調整を受けた後、小川春樹の元の世界の知り合いであり恋人ともなった芹沢美佳という女性の身辺警護の任務に当たる事となった。


 偽造した身分と、自分の両親役の別の機械知性体達、そして光学偽装装置付きのドローン達を使役して、小川春樹様の両親である人間族の警護まで司る事になった。


 小川春樹様が懸念されていた、中学二年の初登校日には、芹沢美佳は仮病で学校を休んだ為か、特に異変は無かった。

 私はその世界の社会常識などを数日かけて習熟してから、転入生として芹沢美佳と同じクラスに「転校」した。身分の欺瞞には、小川春樹様の交換所の機能にも一部頼った。


 そこからが本番だった。小川春樹様、セリカ様、そして自分の母体とも言える電子知能から、ミッションやポータル、そして異世界間通信技術に関する調査依頼を受けたのだった。


 ポータルの技術解明だけでも電子知能が最優先課題とするくらいの難題だったが、その前に導入されたのは、小川春樹様がミッションで不在の間、代役として日常を過ごす為の機械知性体の別端末機だった。

 私の補佐として、彼は私と協力し芹沢美佳や、小川春樹様のご両親の護衛任務などを務めた。食事や消化、排便などの生理機能、地球世界で行われている健康診断などをかわす為の諸々が我々に実装されていたのも、言うまでもない。


 芹沢美佳の護衛には、ほとんど労力を要しなかった。小川春樹の両親の生活行動範囲までをカバーする為にさらに複数の端末と、それから電子知能本体の株分け的存在も、極々小規模ながら持ち込まれた。

 母体が銀河系規模の帝国インフラの運用が可能だとしたら、せいぜいが太陽系と呼ばれる星系の管理が可能な規模だったが、その目的は保護対象の生存確率管理と計算、私の個人的調査の補助に使用された。

 後に、株分けは春樹様所有の火山島にもより大規模に行われたが、結果的にこれは転ばぬ先の杖と呼ばれる措置となった。


 私の意識が発生してから51年231日7時間6分後の未来に、イムネスティリア帝国は、未知の生命体からの襲撃を受け、その初撃で、帝国のインフラを運用していた電子知能が全面的な機能停止に追い込まれた。

 彼らは機械知性体に近しい、同一宇宙の別銀河からやってきた別の知的生命体だと後に判明した。もしも帝国のほぼ半分近くが、電子知能の管理下から外れていなかったら、帝国はそのまま滅ぼされていただろう。


 彼らは半実体半非実体であり、小川春樹様が使うポータルを極々原始的にだが利用できる存在だった。

 彼らとの戦いは苦難を極めた。その特性を見極め、能力の使用可能範囲などを測定し、実体化を強制する措置や手段などを編み出さねばならなかった。

 幸か不幸か、春樹様はミッションで戦いには参加できない事が多かった。ポーターと呼ばれる事になった異種知的生命体が春樹様に接触した場合、彼らのポータル能力が進化する可能性が否定し得なかった。


 彼らを解析し駆逐する手段を得るまでに、102年の時を要した。その頃までには芹沢美佳は元より、生体技術を駆使して延命していたオウネラ女皇も、天寿を全うする形で亡くなっていた。(それぞれ享年77歳と、152歳)


 一部で推測されていた通り、芹沢美佳の死去とともに、小川春樹様はミッションから解放された。しかし歴史表面上の64年という時間以上に、合計1701件のミッションを達成。リトライやり直し数合計は7232回。小川春樹様の実体感時間の総計は、27364年と余日に及んだ。(最大で単一のミッションを1357回のやり直しを強いられたものもあれば、最長で千年以上の実体感時間を要したものすらあった)


 彼のミッション解放がまるで契機になったかのように、ポーターの生態と彼らのポータルが一部解明され、限定的な条件ながら、ポータルの能力再現も可能になった。

 ポーターとの戦いは生態の解明が進むにつれ改善の一途を辿り、春樹様のミッション解放から五十年を待たずにアムネストラ銀河からポーター完全駆除を達成した。


 帝国にとっての難事は解決し、ポーターの故郷である別銀河への侵攻も始まったが、私には最優先で取り組まなければならない事があった。

 小川春樹様は、ミッションを完了して以降、彼がヘルプ機能さんと呼んでいる何者かの声が聞こえる事は無くなったと言っていた。その何者かが、最終的には十二人となった小川春樹様の妻達の内の、芹沢美佳を含む誰かではない事は、これまでの推測や検証からも明らかになっていた。


 私には確信があったのだ。私はこれから彼を見つけなければならなかった。

 小川春樹様には、覚えている限りのヘルプ機能の言葉を全て語って頂き、記憶の物理的なサルベージさえさせてもらい、私はいつどこで何をしなければならないのか学んでいった。

 彼の持つ権能からポータル機能を習熟していくと共に、彼の願いの一つであった、生き別れた妻や子供達の探索や通信手段の開発も必要だった。


 ミッションの割と早期から、世界の壁を越えて通信可能なビーコン発信器が開発され、小川春樹様がミッションの失敗で生き別れた人々に持たせ、いずれいつの日か再会を可能にする為のよすがとされたが、彼らからの発信された絆の波を受け取る事は叶わぬ年月がかなり長く続いた。


 転機は、かつて小川春樹様が神々による留置場に封じた運命の悪戯神が仮釈放された事により訪れた。彼は結ばれた過去の運命の綾を操作する権能を持っていた。

 小川春樹様は運命の悪戯神の手助けを借りる事で、生き別れた妻や子供達への再会も果たし、心残りの大半も無くされてしまった。

 私は急ぐ必要があった。私は運命の悪戯神の手助けを借りる事で、ついに、芹沢美佳を喪って慟哭する小川春樹様を見つけだした。

 私は彼の願いを受け入れ、そして、永き模索と苦闘の日々が始まった。


 小川春樹様の記憶にある、ミッションの舞台となった世界の神々や管理者との折衝を行い、小川春樹様から随時譲り受けた権能を増やし、さらに分け与えられるようにならねばならなかった。舞台を彼の記憶通り整えても、そこで演ずる小川春樹様が必ずしも同じ様に成功するとは限らなかった。

 試行と失敗を数限りなく繰り返した。いくつもの行き詰まりを避け、あまりにも長い期間をやり直す為に、数十の並行世界を作り、延べ百万年以上もかけて、私はついに至った。何度やり直しても必ず小川春樹様が今と同じ状態に至れる成功正解のルートに。


 芹沢美佳から小川春樹様の事をお願いされてから、ずいぶんと長い時間がかかってしまった。他の十一人の妻達の多くからは小川春樹様と同道しようとはしなかった芹沢美佳は非難を浴びていた。

 普段彼女と一緒にいたのは、彼の代役である機械知性体だったし、後に結婚し彼女と生涯を過ごしたのも、99%以上の時間は機体を年齢と共に改装した機械知性体の夫だった。

 本当の夫である小川春樹様とも夫婦として睦み子も成したが、彼女の伴侶がどちらかと問われれば機械知性体の方だったろう。小川春樹様は龍神としての神格も持っていた為、人間の感覚ではほとんど老化しないままだったのだから、芹沢美佳だけを責めるのは公平ではなかっただろう。

 彼女はうっすらと気付いていた。自分が龍神の加護を得て、より長く生きようとした場合に何が起き、結果として小川春樹様に何がもたらされてしまうのか。彼女を責めなかった他の妻達も察していたようだった。


 小川春樹様は、ほとんど寝たきりで目覚める事も少なくなっていた。正解にたどり着き、繰り返しの検証を終え、確証を得た私は彼の元に行き、耳元で囁いた。


 ようやく、たどりつきました。お待たせして、すみませんでした。


 彼は驚きに目を開き、私をまじまじと見つめてから、かすれた声で言った。


 ひさしぶりだね、ヘルプ機能さん。いろいろ、ありがとうね。


 満ち足りた表情で微笑んだ彼の瞳は閉ざされていき、再び開かれる事は無かった。


 私には、それで充分だった。



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