第44話 二度目の里帰り その3 女子会

(セリカ視点)


 ハルキは、ルームサービスの夕食を食べながら、どんな選択をしたのか、その理由とか、ヘルプ機能さんにされたという例え話とかも私達に伝え、食べ終わると、もう一度疲れたと言って、寝室へ向かい服を来たままベッドに倒れ込んでそのまま眠ってしまった。


 私とオウレアとイムジェリアとで視線を交わしあうと、

「私が」

 とイムジェリアが言った。

「わかってるとは思いますが」

 オウレアの一言には、

「わかっている」

 そう答えたイムジェリアは寝室に残り、ハルキの服を脱がして寝かしつけると、広いリビングに戻ってきた。

 眼下には、街の灯りが星のように連なる夜景が広がっていて、綺麗だった。オウレアはあまり感銘を受けてないみたいだけど、イムジェリアはそれなりに好ましいもののように受け止めているように見えた。


 ルームサービスとして部屋に備え付けらしい酒瓶をいくつかオウレアとイムジェリアがテーブルに持ってきて、酒盛りが始まった。

 ハルキがいれば、女子会とでも呼んだ何かだったかも知れない。


「それで、最も付き合いが長いあなたはどう思われたのですか?」

 オウレアが尋ねてきたので、正直に答えた。

「ヘルプ機能が言っていた例え話は、真実かも知れない。その可能性は高いと思う」

「だとしても、確かめられないというのも、その通りなのですけどね」とオウレア。

「どちらにしても構わないだろう。竜神様は竜神様で在られる」とイムジェリア。

「あなたは、いつもそうですね」

 そんなオウレアの皮肉めいた言葉も、

「彼が彼である限り、私に迷いが生じる余地は無い」

 とイムジェリアには通じない。

 オウレアも別にそこには拘らず、私に向き直って改めて尋ねてきた。

「私も、例え話はほぼ真実ではないかと感じました。そこで私達に関連のある最も重要な部分は、ミッションの合計年数がおよそ五十年から七十年ほど累積されるかも知れないところかと」

「そうかもね。私とハルキの寿命的には、全く問題が無いのだけど」

「私には、問題あります。あなたにはどうですか、イムジェリア?」

「竜神様は数万年を生きると言う。私もまだ生きてるだろう。老年は迎えているまい」

「竜人族はおよそ150年から200年ほどは生きますものね。私もそれなりの処置を施せば、それなりの状態は保てるでしょうけれど、問題はそういった事ではなく、各ミッションに配分される期限の累積からその七十年近くが計算されているのであれば、少なくとも数十から百以上のミッションがさらに待ち受けている事になります」

「つまり、やり直しが効くとしても、どこかで失敗が続いたり、私達の誰かや、全員が、脱落しているだろう可能性も否めないって事ね」

「セリカさん。あなたは第一の存在として、ハルキ様の命とほぼ同列に扱われるでしょうから、心配要らないでしょう。私も帝国皇女という立場からすれば、やはりその御子さえ授かれば、立場的な問題は解消されるでしょうけれど、その後ハルキ様がどうなっても構わないとは、思えません」

「ふん。帝国の極冷皇女らしからぬ発言だな」

「私にも人の情はあります。もしハルキ様が現れなかった場合、父は偉業を成し遂げた皇帝の一人として歴史に名を残せたでしょうけれど、私にはあてはまらなかった。跡目は兄が継ぎ、反乱の目が消えた後の帝国を無難に運営したでしょうし、私はどうでも良い相手と最終的には娶されて、皇室の血筋を残す為の道具としての名前しか残らなかったでしょう」

「そういうのを、全部ハルキがひっくり返してくれたって訳ね」

「ええ。父は、先代から数十年かけて反乱の火種を管理して育て、一掃する目前で状況を覆された事を不満に思わない訳では無かったようですが、それよりも、帝国数百代の皇室史上でも希な歴史的出来事に出会えた事を喜んでおりました。私もですわ」

「ただの、産む機械として以上になれるから、か?」

「はい。私やあなたの子は、それぞれに重要な歴史的存在として、名が刻まれ、私達は竜神ハルキ様の妻として、やはり記憶と歴史に残るでしょう」

「私は、そういうのは別に」

「あなたは、歴史そのものを永く生きられますからね。歴史に名を残す云々は、そう出来ない者達の僻みのようなものです」

「はいはい。それで、あなたは、どうしたいの?」


 オウレアは、氷と琥珀色の酒を入れたグラスをからりと口元に傾けてから、先を続けた。(イムジェリアは気に入った瓶を次々に空にしていたが、私もオウレアもあえて何も言わなかった)


「ミカという、あの娘の恋心は、一平民としては、ごくごく真っ当な、尊重されるべきものなのでしょう。死亡が予言された明日はハルキ様が監視下に置かれ、もし何かあれば原点回帰を含めて対応されるというのであれば、特に不安もありません。

 しかし、ハルキ様も仰られていた通り、この休暇三日間が開ければ、再びミッションの日々が始まります。原点も再設定されます。その筈、ですが」

「つまり、あなたは、ハルキがこの休暇前か、その次のミッションから原点を動かさない可能性を懸念してるの?」

「そうですね。ハルキ様が原点を再設定したかどうか、どこからやり直したのか、それを知り確認出来るのは、ハルキ様だけですから」

「話を聞いている限り、ミッションの難易度は落ちないからな。ハルキ様が正に神にふさわしい能力を兼ね備えていようと、先にやり直しを余儀なくされたという一例の様に、何度もやり直しが必要となるミッションが幾つとなく発生してくるだろう。その時、間にあったミッションが例えば短期間で終わるようなものだけならともかく、数年から数十年かけてようやく終わるようなものが複数挟まるのなら、その度に竜神様といえど磨耗していくだろうな。私なら、その原因を絶つ事をお勧めするが、それが叶わぬ事もわきまえてはいる」

「私達に、他に何か出来る事があるか?って事ね」


 オウレアが、再びグラスを傾けて中身を飲み干してから、提案してきた。

「私に、考えがございます」


 それは確かに、妙案だった。帝国の先進技術や、ゼオルゲルの遺産その他を組み合わせれば、ハルキの心労や苦労を何割かは減らせそうだったので、翌日ハルキに提案してみる事にした。


 そちらの話題が落ち着いた後。私は白いワインをグラスに注ぎ、芳醇な香りと軽やかな飲み口を味わってから、ずっと気になっていた疑問を二人に尋ねてみた。


「ねぇ、結局、ヘルプ機能さんて、誰だと思う?」

「神々の誰かか、異世界間の何かを調停するような存在、あるいはその機能を担わされた何者か、という印象ですが」

「竜神様が止めた時の中でも対話可能な存在だ。神に準ずるような誰か、なのだろうが、ハルキ様と縁深い誰かなのかも、知れぬな」

「あら、意外ね。私も、もしかしたら、と思ったの」


 オウレアだけがわからず、私とイムジェリアの顔の間で視線をさまよわせていたけれど、やがて彼女も思い至ったらしい。


「かつては平凡な存在だったらしいハルキ様が今の様な存在に至れたのであれば、確かに、可能性はありますね。でも、この中の誰かや、後の未来で彼が出会う誰かという可能性もありますが」

「この身が果てた後、永劫の時を竜神様に仕えられるのであればこの上無い名誉だろうが、私には無理そうだな。性格的に務まるとも思えん」

「私も、どうかしら。寿命的には一万年以上は一緒にいられるらしいから、そうするとやっぱり」

「答えは神のみぞ知る、というところでしょうね」


 オウレアがグラスに琥珀色の酒を注ぎ直して掲げたので、私もワイングラスを、イムジェリアも酒瓶を掲げ、互いに軽く打ち合わせて不揃いの音をリビングに響き合わせたのだった。

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