第16話 混血精霊(ハーフエルフ)
子供たちを連れて船室に戻ったクレイートと別れ、セラスもまたダスクとともに己の船室へと戻っていた。別れ際に明日もまたと声を掛けられたので、「起きたらな」と返しておいた。
彼は笑っていたが、本心である。本来、セラスは魔素を取り込み、体内で練成する魔力によって魔法を行使する。それでさえもそこそこの体力を喰うのに、あの大掛かりな魔法を魔素で直接操ったのである。こっそりと疲労軽減魔法を使って彼らに付き合っていたが、本気で限界であった。
人々に知られていないエルフの特徴として、彼ら自身が揶揄する「睡眠属性」というものがある。実際にそんなものがあるのではなく、ただとにかく食事よりも眠ることで体力を回復させるため、自分たちにそれがあるのではないかという疑心暗鬼に駆られたエルフの研究家たちが言い出した世迷い言――ではあるのだが、とにかく眠る。その間は人形も同然なので、何らかの手段で身を守る必要があった。
今のセラスであればダスクに任せることも出来るのだが、……それは少々いやかなり不安があるので、今までどおりに魔法具を稼働させておくことにした。
どうにかこうにか起動させて、安定稼働を確認したところでセラスの意識が飛ぶ。振り回される形になっていたダスクだったが、彼もまた、己に割り当てられた寝台ですぐに眠った。そして翌朝、ダスクは目覚めたのだが。
「……主?」
明るくなった船室で、セラスは目を覚まさなかった。呼吸などを確かめるという手段にダスクが気付くはずもなく、やってきたクレイートにそれを任せた。だが、結界のおかげでクレイートも手出しが出来なかった。幸いにもクレイートはその魔法具を知っていて、「効果がある=術者が生存している」と知っていたので、ことさらに騒ぐことはしなかった。救い主は障壁魔法を使った水夫で、無理をしたから休眠状態に陥ったのだろうと説明し、目覚めるまで騒がないことを提案された。彼自身が
「夕方にまた、様子見に来ますね。誰か来るようなら、私の船室へ寄越して下さい。うまく言っておきますから」
そう言い置いたクレイートに任せることにして、ダスクはとりあえず来客を捌いた。ガルドが来て、子供たちがきたが、扉を開けることはしなかった。更には船長も来たのだが、ダスクに彼の立場がわかるはずもなく、同じようにクレイートへと放り投げた。
日が落ちてきたころには空腹を感じていたが、部屋を出るようなことはしない。時折腹を押さえるその姿は哀愁と笑いを誘うのだが、なかなか見事な番人ぶりである。
その日、セラスは目を覚まさなかった。ダスクは気を利かせたクレイートが持ち込んだ食糧で腹を満たし、翌日も同じようにして過ごした。
結局、セラスが目を覚ましたのは、三日後だ。
普通の人間なら、三日も寝続けると身体のあちこちがおかしくなるものなのだが、エルフである彼は逆に爽快な目覚めを迎えた。ここしばらく、強行軍と睡眠というサイクルが続いていて少々体力が落ちていると自覚はしていたが、それもなくなって万全の体調である。今ならまた統括制御魔法を使ってくれと言われても快諾するだろう。
問題と言えば、クレイートに借りを作ってしまったことくらいだ。ダスクを貸し出すことで帳消しという手もあるが、子供たちは何故かすっかり大人しくなっていて、その必要はなくなっていた。
「いや、借りとは思ってませんよ? 船長が一度来たくらいですし……ああ、目が覚めたら声を掛けて欲しいと仰ってましたが」
ダスクを使うなと笑いつつ、クレイートはそれだけ答えた。船長の用件は先の魔法の礼金だそうだから、まあ行かなくてもいいかとセラスは勝手に決め込んで、誘われるままにクレイートの部屋に居座った。
もてなしに出された酒を一口飲んで、セラスは思わず目を見開いた。上等の
「カルヴァドスです。趣味で買ったものなので、上質ですよ」
「ああ――これは、いいな」
一部の地域で作られたものだけが名乗れる名前、というものがある。カルヴァドスもその一つで、あのころのフランス、ノルマンディー地方で作られる林檎の蒸留酒のみに許された名前だ。今の世界にもその風習は生まれていて、確か同じく、フランツィーアのノルマンディーオが名乗っているはずだ。その近辺でなければ、手に入らない貴重品である。
流石に、こんなものを出されるだけの何かを彼にした覚えはなかったが、下手な話は酒が不味くなる。故に、セラスはまず、それを味わうことに専念した。とは言え1本分の酒である。まして口当たりが軟らかい蒸留酒ともなれば、空になるのは早い。当たり障りのない会話で場を繋ごうにも、限界というものがあった。
「――で? 私に何をさせたい?」
次の酒を用意しようとした彼を引き留めて、セラスは問いかけた。クレイートはちょっとだけ目を瞬かせると薄く笑い、セラスに向き直る。
「釣れましたか」
「話を聞くくらいはな」
如何に貴重な酒とは言え、ただ働きをする気は無い。それ以上に、気に食わない話であれば、この場で代金を渡して縁を切る――その程度の興味だと、セラスは無言で言い放つ。クレイートもそこは心得たもので、それ以上の譲歩があるとは思っていなかった。
「しばらくの間、わたしにお付き合いいただきたいのです。報酬は前金で――」
提示された金額に、セラスは溜息をついた。放浪旅団・
買ってくれるのは有難いが、セラスは姿勢を崩し、肘掛けに頬杖をついて言い放つ。
「非現実的で、興醒めする金額だ。先に内容を言え」
どこか困ったような顔で、クレイートは頷いた。
「行き先は、ストーンヘンジです」
「――ブリティーオ本土の?」
思いがけない地名が出て来て、セラスは聞き返していた。あのころ、先史時代の遺跡として名高かった、環状列石群のことだ。そう言えば、と記憶を掘り起こす。確かに今、この世界にもそのままの名で遺されている。あの地殻変動を乗り越えられるような遺跡などあるはずもなく、それを考えるなら――奴らが関わっている可能性は低く、ない。
「はい。”遺跡”としても有名な場所ですが、わたしたち錬金術師には垂涎の場所でもありまして――どうしても、行きたいんです」
「聞いたことはあるが……別に、危険な場所ではないだろう。ガルドがいれば十分なはずだが」
”遺跡”、とは。
「彼と二人では、子供たちを連れていくことが出来ませんから」
有り得ない発言に、セラスはその目を険しくクレイートを睨み付けた。
「クレイート。お前が
いきなり切り込まれたその内容に、クレイートは目を見開いた。己の見た目は完全に人であり、今までに出会ったことのあるエルフや
だが、セラスにしてみれば、簡単なことだ。
「魔素を見る目は、ハーフエルフにしか宿らない。或いは、その血縁者か。純粋なエルフにも、ハーフエルフ同士の子供にも、魔素は見えないんだ。知らなかったのか?」
「え? そうなんですか?」
そうだよ、とセラスは溜息をつく。気付いたのはもちろん、眠りに就く前、話を聞いていたときだ。恐らくは、遺伝子レベルで何かあるのだろう。エルフの間では広く知られているが、人間にはあまり知られていない。まあ、数世代を遡ったらハーフエルフでした。なんて人間はさほど多くもないので、検証も何もあったものではないから、これもまた、ただの推測と言い切れなくもないのだが。
「”遺跡”では、何が起きるか分からない。ハーフエルフだとしても、あの子たちはあまりに幼い。それ以前に」
その先を続けようとして、セラスは口籠もる。クレイートの驚きと期待、それから――昏迷に満ちた、その目の光に当てられて。
「
反射で張った障壁、それは外へと音を漏らさないための二重構造となった。ここから先は、他者に聞かれていい話ではないだろう。
「
セラスが依頼を受けるかどうか。それは相手の誠実さと、何よりも。
彼の興味を引けるかどうか、そこにかかっているのだ。
アメイジア・ワールド 冬野ゆすら @wizardess
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