第18話 VS館に住む夫婦 瑞希編

 瑞希は大剣を構えたスケルトンへと斬りかかる凛華とは異なって、剣を向け、相手の出方を窺うかのような静かな立ち上がりを見せた。



 そして、互いに相手の出方を窺っていると激しい轟音と共に部屋の一角に大きな穴が空くと彼女たちは館の外へと出て行った。



(凛ちゃんはうまくやったのかな…?)


 瑞希はそのようなことを考えると、もう一体の夫人のスケルトン———イリアは外へと出て行った旦那———アランを追いかけようと初めて動きを見せたが、ここで追わせるわけにはいかないと瑞希も攻撃に出た。



「はっ、はっ、はぁ…!」


 瑞希は構えた剣を大きく振るのではなく、室内ということを考慮して極力隙を晒さないことを意識しながらコンパクトな素早い振りを意識して連続で斬りかかった。



「!?」


 イリアは突然の攻撃に驚いたようだが、口元を覆っていた扇で瑞希の剣を受け止めるとそのまま薙ぎ払ってきた。



(…! 重い…!? この扇の素材は何…? でも、こんなのは何度も受け切れないかも…!)



 瑞希は振るった剣を受け止められた際にそう思わざるを得なかった。見た目はただの扇のようであるし、ヒラヒラとした羽飾りもついているのだが、瑞希の剣で斬り裂くどころか受け止められてしまいそう感じた。どうやら、イリアの持つ扇は見た目よりも遥かに硬く鋭い強度を持っており、何か特別な素材で作られていることが分かった。


 また、イリアは自身がアランを追いかけることを邪魔されるとは思わなかったのか自らの行動を妨げる障害として瑞希を認識し、扇を構え魔法を発動させた。



「…! マナボール!」


 瑞希は剣を構えたままではあるが、連続して飛んできたイリアからのダークボールを同様にボール魔法で相殺しようとしたが、咄嗟のことですべては防ぎきることができず、数発は被弾してしまった。



 そして、その隙をついてイリアはアランを追おうと部屋に空いた穴から飛び出そうとしたが、瑞希はせめて自分の役割を果たそうと部屋から出さないようにマナアローを放った。



「貴女をここからは出しません…! 私は凛ちゃんとそう約束しましたから」



 瑞希は被弾をしてしまったところに手で擦りながらも、イリアを部屋から出すまいと真っすぐと力強い瞳で彼女を見据えた。


 そして、そこでイリアは開いていた扇をパタンと閉じ、同様に真っすぐと瑞希を見据えたかと思うと、初めて臨戦態勢を取った。



「!」


 瑞希はここから戦闘が始まると思うと、ゆっくりと立ち上がり剣を構え直した。



「いきます」



 瑞希がそう言うと、イリアも扇を瑞希に構えて二人の扇と剣が激しくぶつかり合い、戦いの火ぶたが切って落とされた。



「くっ…!」



 互いに攻撃を仕掛けているが、押されているのは瑞希の方だった。瑞希の剣は大きく重さもあるが、彼女だけは剣の特性のおかげで軽々と扱えている。しかし、イリアの扇はそれ以上に難く重いのか剣を振るい、打ち合っていると瑞希の手が痺れてきてしまい徐々に押されてしまったのだ。



「それなら、マナナイフ!」


 瑞希は半透明なナイフを空中に浮かべてイリアに放つが魔法のスキルレベルの高い彼女はそれをダークナイフであっさりと打ち落としてしまい、それどころか撃ち落とした以上にナイフを生成しているので、瑞希に闇のナイフが襲い掛かってきた。



「これもダメなの…かっ!」



 瑞希は構えた剣で魔法を打ち払い、被弾を避けることはできたが、イリアの反撃はそこで終わらず、ダークナイフを囮に真っすぐと接近をしてきており鋭い突きを放ってきた。



「きゃぁっ」



 瑞希は剣ごと吹き飛ばされてしまい、周囲の机を巻き込んで壁に打ち付けられた。



「はぁ…、はぁ…」



 瑞希は完全に自分より上位の人間と相対したことは初めてでどうすればこの状況を打破できるのかと追い込まれていた。


(強い…。私の魔法は防がれちゃうし打ち合いになれば私の方が押されちゃうし…)


 瑞希はどうすれば攻撃が通るのかと思考を巡らせるが、決定打に鍔がりそうな手は思いつかなかった。また、その間もイリアの追撃はやまず、逃げながら思考を巡らせる瑞希に魔法を打ち込んできた。


「はぁ…、はぁ…、マナアロー!」


 瑞希もただ逃げるのではなく、魔法を打ち込むことでどうにか弱点を探ろうとしたが弱点らしい弱点は見つからなかった。しかし、彼女の動きを観察し続け、予測スキルの補助を借りることでようやく弱点とは言い切れないが、彼女の動きに独特な特徴があることが分かった。



(多分、このタイミングなら…)



 瑞希は変わらず、イリアの魔法攻撃を避けているがイリアの魔法を放つ直前を見計らってマナナイフを放ち、イリアの魔法の発動を阻害した。


「やっぱり」



 瑞希はそう呟くと逃げの姿勢から一転してイリアに突進をした。そして、突っ込んでいきながら剣を個人空間にしまい、凛華から受け取ったカーボンのナイフを取り出して構えた。


「…!」



 イリアは瑞希が剣をしまったことにピクっと反応を示したが、その後にカーボンのナイフを構えたことで明らかな驚愕という反応を見せた。



 そして、瑞希の振るったナイフを少し反応が遅れてバランスを崩した体勢で受け止めると、瑞希の持つナイフをまじまじと確認していた。


「このナイフはカーボンさんのものです。入口で私たちの侵入を阻もうとしてきて、最期まであなたたち夫婦のことを気にかけていました」


 瑞希は動揺を誘うつもりもなくただ事実を告げた。すると、イリアは扇で顔を覆いしばらく黙祷をささげるかのように立ち尽くしていた。



 瑞希もその間は攻撃を仕掛けることなく彼女が落ち着くまで待った。



「そろそろ再開してもいいですか?」



 瑞希は10分ほど待つと、そのように声をかけた。イリアもそれに頷くと会釈をして瑞希に礼を述べる姿勢を取り、戦闘の再会の意思を示した。



「やはり戦闘は避けられないのですね…」



 瑞希が確認を取るかのように呟くと彼女は無言で頷き、彼女は首元を指さした。


 瑞希はそれが何を示すのかと気になり彼女の示した部分を観察してみると首元に黒い痣のようなものがあるのが分かった。それを見て瑞希は「これが隷属の…」と理解すると、イリアは頷き俯いてから、扇を構えた。



「戦いは避けられないのですね…。わかりました」



 瑞希は覚悟を決めるとカーボンのナイフ構えてイリアと対峙した。



 数拍の間を置くと、イリアから攻撃を仕掛けてきた。彼女の攻撃は扇を開いて斬り裂いてくる攻撃と、閉じて突きを繰り出してくる攻撃の2パターンに魔法を加えた攻撃だった。


 瑞希の攻撃は、今はまだ慣れていないナイフで戦闘をしているので攻撃は単調になっている。今はスキルの効果のおかげでなんとか扱えているが、時間が経てば瑞希が慣れてよりうまく扱えるようになるか、イリアが慣れてナイフが通用しなくなるかのどちらという綱渡りの状態だ。


 また、瑞希も魔法で応戦はしているが、スキルレベルの差と言っていいのか経験の差なのか、魔法の発動を抑えられてしまいほとんどすべて相殺されてしまっていた。



「くっ…、はぁ…、はぁ…、攻撃の軌道は予測できるけど、こっちに攻め手がない…」



 瑞希はイリアの攻撃の癖についてはスキルの効果と観察力である程度把握しつつあった。



 彼女の魔法攻撃は以前の瑞希と同じで対人戦の経験がないのですべて素直な軌道なのだ。魔物を相手にするのであれば十分問題がないと言えるような技術ではあるが、対人となっては話が違った。彼女の魔法も遠距離から殲滅したり、確実に仕留めたりするようなものであるため、回避されることを想定しているような魔法攻撃ではなかった。


 また、近接においても同様のことが言えて、裏をかいたりフェイントをかけたりということがないので動きを観察していれば回避が難しいものではなかった。



(それならイチかバチかかけるしかないかな…!)



 瑞希はここで賭けに出ることにした。



 決め手がないのであればそれを今から手に入れようと考えたのだ。


 瑞希はそう決心すると、一度イリアの視界から逃れようと館の天井に向かって魔法を放った。


「マナボール!」


 瑞希の魔法は部屋の天井に煌煌と輝いていた照明に当てることができ、シャンデリアを打ち落としイリアの目の前に土埃が舞った。


(スキル承継…!)


 瑞希はその隙をついて部屋の隅に駆け込むとスキル承継を使用した。



『魔銀のナイフからスキルを承継しますか?』


 瑞希の頭にそのような声が響くので「はい」と念じると瑞希の頭の中にはカーボンがこの館に勤め始めて1年経ったときに、アランとイリアの夫婦からこのナイフを受け取る光景が視えた。そして、そのナイフを毎日丁寧に磨いて、使用したらしっかりと刃を研いだり、手入れをしていたりする光景も見えた。


(このナイフは本当にカーボンさんにとっても大切なものなんですね…)



 瑞希がそう感じていると、


『魔銀のナイフから〈短剣〉を承継しました』


 というアナウンスが聞こえた。そして、瑞希は〈剣〉スキルの汎用的な動きからナイフのような短剣を扱うための動きについての知識や経験を一瞬で得ることができた。そして、土埃が消えたタイミングでイリアが飛び出すように扇で突きを繰り出してきたのだが、瑞希はそれをナイフで軽く弾いた。


「すみませんが、もう先程までの私ではないんです」



 瑞希はそう言うと、弾かれて仰け反っているイリアの首元目掛けてナイフで一閃した。


 イリアはその太刀筋に驚きを隠せず、動揺してしまったのか回避が間に合わず、そのまま首を刎ねられてしまった。



「貴女の動揺はわかります。これはカーボンさんの最も得意とするナイフの使い方です」


 瑞希がこの動きを再現できたのは一度自身が直接体験しているのと、カーボンの短剣の使い方を引き継いでいるからだ。カーボンとは直接剣を交えているので、探検の動きを再現するのは難しくなく、スキルの補助も働くことで自身の動きとして昇華させるのも難しくはなかった。



 首を刎ねられたイリアはまだ体力が0になっていないからなのか、スケルトンというアンデット種なのか、理由はわからなかったがまだ消滅しておらず、その言葉を聞いて切り離された胴体の手を結んで祈りをささげるポーズを取った。



「………」



 瑞希はそのポーズを見て何をしろと言っているのかを察し、静かに目を伏せて胴体へと近づくとイリアは手を広げた。



「ありがとうございました。きっとあなたの主人は私の親友があなたと同じところへと連れて行ってくれるでしょう」


 瑞希がそう言うとイリアは歯をコツコツと鳴らして笑うと、「それはどうかしら」と言わんばかりに手を振ると、「早くとどめを」と目を向けてきた。


「今度はゆっくりとお休みください」



 瑞希はそう言うと、人体の胸に当たるところにあるところに向かってナイフを突き立てた。すると、イリアの体は光と共に消滅し、その場にはイリアの指輪と扇、それと魔石だけがその場に残っていた。



「ふぅ~…」


 瑞希は戦闘が終わったことを改めて認識をすると、体の力がすっと抜けてしまったのかその場に座り込んだ。



(明らかに私よりも高レベルの相手だった…。隷属をさせられているからなのか、スケルトンになってしまったからなのかはわからないけど、あれは多分本気ではないというかイリアさん本来の動きではなかったんだろうな…)



 瑞希は先ほどまでの戦闘についてそのような感想を抱いていた。魔法のスキルレベルにほとんど差はなくとも、扱い方や技術も上であるにもかかわらず単調な使い方しかしてこなかったことに救われていたと感じていた。


 近接戦もおそらく他のスキルと組み合わせることで真価を発揮するのではないかとも思えた。そうでなければ一定のリズムを刻むような舞のようなステップを踏んだり、フェイントや裏をかくようなこともせずに突っ込んできたりはしてこなかっただろうと思うのだ。



(そう言えば凛ちゃんは…)



 瑞希がそのように親友がどうなったのか気になり、外の様子を館の窓から確認しようとすると大きな音が外から聞こえてきた。



(まだあの2人は戦っているんだ…)



 瑞希は加勢に行くべきか考えようとすると、館の1階からイリアを凌ぐような大きな魔力が現れ、驚き立ち上がった。


(なに、この魔力…)



 瑞希は更に強い相手の出現に驚きを隠せず、その場から逃げようとしたが、瑞希がいる地点にめがけて赤黒い槍が飛んできた。


「そこにいるのは誰だ?」


 瑞希は2階の部屋から落とされ何とか1階の部屋に着地はできたものの、イリアとの戦闘で失われた体力と魔力が回復しないまま強敵を相見えることとなった。

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想い出と共に歩む少女たち ~ダンジョンができた世界で生き抜く物語~ 雪風 セツナ @yukikaze_setsuna

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