幽霊物の話は感動すると聞いて(自分が書けるとは言ってない)

ヘイ

第1話

「死んでるんだってさ……」

「見りゃわかる」

 フワフワと浮かぶセーラー服を着た少女を学ランの少年は見上げていた。

 浮かぶ彼女のパンツの色は黒。

 生前、最後に彼女が履いていた下着の色だろう。

「見えるし、話せるんだね」

「昔っから言ってたろ」

「そうだったね」

「で、成仏すんのか?」

「したらどうなるの?」

「俺にゃ死後のことなんて分からねぇよ」

「逆にしなかったら?」

「……今までの人生のこと、忘れたくなかったら成仏しろ」

 物ボケした高齢幽霊はそこら中に沢山いて、長い間揺蕩うと人の悪意に当てられのぼせて呪霊となる。

 昔はそんな呪霊を強制的に退去させる役職もいたが、今となってはそんなオカルト職業など詐欺師紛いの行いと中傷を受け、なくなってしまったそうだ。

 かく言う、少年、飛鳥あすか兵悟ひょうごの祖父がその一人であった。今となってはもう既にこの世に居ないが。

「ちょっとだけ、この世界を見てみたいな」

「止めとけ。早く成仏しろ」

「そんなに早く居なくなって欲しいの?」

「ああ、早く消えてくれ。頼むから」

「嫌なこった」

 舌を出して、悪戯娘のような顔をして少女は飛び去っていった。兵悟の二つ年上の幼馴染みの彼女は童心に帰ったのだろうか。

「待て!」

 そう言っても掴めない。

 掴み損ねた彼女は宙へ舞い、不安げな顔を一瞬だけ兵悟に向けた後、振り払うように顔を背けて飛び去って行ってしまった。

「くそ、バカ皐月さつき……!」

 それを追いかける。

 空を駆ける彼女を追うには人混みは邪魔で仕方がない。

「すみません! 退いてください!」

 掻き分けて、進もうとする。

「待て! おい!」

 振り返らない皐月に苛立ちが募っていく。見えるのは制服を纏った金髪の彼女の後ろ姿だけ。

「いってぇ……。おい、クソガキ……!」

 兵悟が無理やりに進もうとした中で、ガラの悪い一人の男とぶつかった。

「前見て歩けよ!」

「すみません、急いでるんで!」

 そう言って、横を通り過ぎて行こうとする。

「おい! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 しかし、男は兵悟の胸ぐらを掴み上げて、引き摺っていってしまう。連れて行かれたのは裏路地で壁に向けて投げられる。

 こんな事をしている場合じゃないのに。

 そう思いながら、兵悟は男を見上げた。

「何だよ」

 それが男には生意気に見えたのだろうか。兵悟が背にしている壁に右足を蹴り当てた。

「あの、急いでるんで、話は後でしますから」

 面倒な事になる。

 時間が取られる。

 なら、それは避けねばならない。下手に出れば何とかなる。

 そんな態度が男の神経を逆撫でする。

「おい、舐めてんのか!」

 恫喝。

 とは言え、それを気にしている余裕が兵悟にはなかった。怯えることもない。頭の中は皐月がどこに向かったのか、それで一杯だった。

「何が急いでる、だ。彼女との初デートかぁ?」

「そんなんじゃないです」

「あっそ。でもなぁ、お前は俺にぶつかったんだよ。謝罪の一言もねぇのはなぁ」

「すみませんでした」

 そう言って謝ると、男は調子づいて要求をエスカレートさせる。

「おいおい、態度が悪いんじゃねぇのか? それ相応の態度があんだろ?」

 ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「謝りましたので、失礼します」

 そう言って兵悟が立ち去ろうとすると右肩が掴まれる。

「何、調子乗ってんだよ」

 兵悟は肩を掴む腕を握る。

 その瞬間に男は兵悟と目が合う。

「うるせぇな。離せよ」

 怒りに満ちた瞳。

 そこらの不良とは比べ物にならない。それは死を知るものだからこそできる目とも言える。

「は……」

「ちっ」

 一瞬、男は力が抜けた。

 その瞬間に兵悟は抜け出していた。

「くそっ! マジで面倒くせぇ。呪霊になっちまったら殴るしかねぇってのに!」

 見失ってしまった皐月はどこに向かったのか。

 それが分からない。

 どこに行ったのか。必死に頭を回して考える。

「どこ行きやがった……」

 思い当たる場所などない。

 幽霊と言うものが何処かへ向かうとしたら、それはきっと彼らにとって思い入れの深い場所。

 そんな場所など。

「行ってみる価値はあるか……」

 見てみたい、そう言っていた。

 彼女のお気に入りの場所が、確か。

 そう思い、足を動かしていた。迷う暇などもうなかった。

 夕日が差す山の中、彼女の姿はなかった。

「いない、か……」

「だぁれだ!」

「何してんだ……、皐月」

「せいかーい! 驚いた?」

「んな話してねぇだろ、馬鹿が」

 酷く、苛立たしげな顔を見せる。

「ここ、見てみたかったんだよね」

「そうかよ、早く成仏しちまえ」

「綺麗だよね……」

「ああ、綺麗だな。苦労かけやがって」

 夕日が街を赤く照らす。

 その景色は美しく、映えて見える。

「ああ、これも最後かぁ」

「泣いてんのか?」

 物悲しい雰囲気を兵悟は察して、顔も見ずにそう尋ねた。

「別に」

 意地を張って、皐月がそう答えれば、

「そうか」

 兵悟も気にした素振りを見せない。

「兵悟は私が死んでどう思った?」

 そんな質問、誰が聞くことがあるのだろうか。

「別に」

 まるで興味もなさげに答えられて、皐月は少しばかり悔しかったのか、兵悟の顔を自らの胸に閉じ込めた。

「うぶっ……!」

「正直に言いなさい!」

「ま、待て! 分かったから」

 腕を叩きながら、兵悟が言うと皐月も腕を離した。

「あー、悲しかったよ」

 これが最後になるから。

 正直に言わなければならないような気がした。そうしなければ最後まで伝わらないのだから。

「こんな事にならなきゃ話せもしなかったしな」

「あ、あはは……」

 生前、反抗期を拗らせた皐月は不良集団と良く絡むようになった。そのとばっちりに巻き込まれてか彼女は死んでしまった。

「あんだけ止めたのにな。で、どうだったんだよ、不良になってみて」

「楽しかったよ。勉強だけの退屈な世界から、刺激的な楽しい世界に飛び込めたような気がして」

「それで死んじまったら、世話ねぇよ」

「でもさ、兵悟が私のこと見えて、話せて、触れてよかったよ」

「ああ?」

「だって、最後にこうやって話せた」

「……下らねぇ」

「見えなかったら、私の未練は晴らせなかったかも」

「未練ね」

 それが晴らせたのか。

「楽しかったよ、追いかけっこも、この山から見る夕日も。全部、兵悟のお陰で」

 どこか満足したようで、彼女は嬉しそうに、それでもどこか寂しげに笑う。

 涙は流さない。

「お前が一人で遊んでただけだろ」

 兵悟としてはただの苦労だった。追いかけるのも地に足をつく生者にとっては幽霊以上の苦労で、この山に来ても皐月が見当たらなかった時は諦めかけた。

 呪霊になる事も、なった後の対処も思考に入れていたのだから。

「あはは、ごめんね。一人で楽しんで」

「もっと反省しろ」

「ーーねぇ、成仏したら、天国に行けるかな?」

「知らねぇよ。地獄に落ちるんじゃないか?」

 不良になった親不孝。

 最後の最後に兵悟にかけた迷惑。

「うっ」

「そもそも、天国とか地獄とか俺にはわかんねぇよ」

「言ってたね」

「で、もう思い残すことはねぇんだな?」

 確かめるように尋ねた。

「ああ、最後に一個だけーー」

 チュッ。

 兵悟の唇に柔らかなものが触れた。

「ーーうん。これで満足かな」

 夕日の中に彼女の影は消えて行った。

「勝ち逃げかよ」

 思い出すにも影がない。

 追い縋ろうにも形がない。

 思いを告げようにも彼女はいない。

 堰き止めていた感情が溢れ出る。それは止めることなどできない。

「死ぬなよ、バカ皐月ぃ……」

 彼は涙を流しながら、その場に膝をついてへたり込んでしまった。

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幽霊物の話は感動すると聞いて(自分が書けるとは言ってない) ヘイ @Hei767

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