なろう系児―【チャバン】―

@Uncromotch

第1話Q.異世界って何ですか? A.出落ちってことさ

『この世に悪の栄えた試しなし! 正義の鉄槌をおみまいよ!』


 私が大好きなアニメ『魔法少女 ジャスティ☆ファイ』シリーズにおける主人公達の決め台詞。

 正義の女神様からマスコットと変身アイテムを授けられた少女達が魔法少女へと変身し、悪しき魔族と戦うアニメだ。

 悪い人はやっつけられて、正しい人が絶対に勝つ。

 まさに勧善懲悪を体現したような作品。毎回単純明快で、話の捻りはないものの、妙に中毒性のあるキャラの言い回しとカオス展開で人気がある。なんやかんやで、シリーズとしては十年以上も続いていたりもする。

 私『三条さんじょう 烈華れっか』もそんなジャスティ☆ファイの熱狂的なファンの一人。今年で高校二年の十七歳で、一作目から作品を追っている。

 可愛い女の子達が、これまた可愛いドレスに身を包み、テレビを彩る魔法で悪い敵をばったばったと倒していく。見ていて気持ちがいいものだ。

 未だに女児向け作品に夢中な私だが、それはきっとこれからも変わることはないだろう。というか、骨身に染み込みすぎてて矯正しようがないと思うのだ。

 不思議で多彩な魔法で華麗に戦う彼女達に憧れた私は、とにかく正しいことが大好きで、悪いことは大っ嫌い。

 学校でもずっと風紀委員長をやっているし、そこにちょっとした生き甲斐も感じてる。

 だって気分がいいではないか。正しいことをすれば、皆が称賛してくれる。悪いことをすれば、たくさんの人から怒られるし、時には悲しまれる。

 そう、正しいことは皆を笑顔にする。

 現実では魔法が使えない以上、等身大の私が誰かを笑顔にするためには、少しでも憧れの彼女達に近づくためには、正義を為すのが一番なのだ。

 だから、躊躇は一切なかった。

 クラクションが鳴り響き、たくさんのどよめきが聞こえる中、“それ”を見た私に迷いはなかった。

 目の前でトラックに轢かれそうになっている女の子を救う。

 字面だけ見れば、私はきっとヒーローだ。あとは私自身も無事に生き延びれば、ちょっとしたドラマだっただろう。

 だけれど、現実はそう甘くない。

 その子を庇った代わりに、私がトラックに轢かれた。

 でも、後悔はなかった。はずだ。

 最期に見た、あの女の子の泣きそうな顔。

 どうしてだろう。私は正しいことをしたはずなのに。

 なぜ、あの子は笑ってくれなかったんだろう。

 そんなことを思いながら視界が暗転した時、その声は聞こえた。


『素晴らしい。その身を犠牲にいたいげな少女を躊躇なく救う貴女のその高潔な魂。このまま天界へと誘うには惜しい逸材です』


 耳に心地がいい女性の声。

 暗い世界に姿は見えず、頭に直接響き渡る感覚のみ。

 声の主が誰なのか尋ねようにも、自分の声が形にならない。

 すると、そんな私の状態を声の主が言及する。


『ああ、今の貴女は身体を失った魂だけの存在。声など出せるはずもありません』


 なるほど、とは思う。納得はしない。

 というより、今が一体どういう状況なのか軽くパニックだ。

 文面だけでは伝わらないだろうが、パニックが渋滞を起こして一周回って文言だけは冷静になっている。そんな心境です。

 そしてそれを汲み取ってくれる声の主。


『それでは一つ一つ説明していきましょう。まず第一に、貴女は少女を庇って代わりにトラックに轢かれ、見事に死にました』


 やけに明るく言われて少しだけイラッとくる。


『おや、暗い話題はなるべく明るく言った方が良いとの配慮だったのですが』


 そうですか。それじゃあ、ここはさしづめあの世で、声の主は死神と言った具合なんでしょうか。

 心の中でそう呆れたように呟くと、声の主は否定する。


『いいえ。ここは貴女達があの世と呼ぶ領域の一歩手前で、私は死神ではなく異界の女神です』


 異界の女神。勿論、あの世の一歩手前というのも気になるが、そちらのキーワードの方が個人的に気になった。


『そう。私は貴女ほどの高潔な魂を見たことがありません。そして、貴女ならば、きっと私の管理する世界を救えると考えています』


 女神の管理する世界。異界ということは、私が住んでいた世界とは別ということだろうか。


『話が早くて助かります。実は、私の世界では現在、人間と魔族が争っており、魔族への対抗手段を持たない人間は危機的状況にあるのです』


 魔族。その言葉には聞き覚えがある。

 ジャスティ☆ファイに登場する敵の名前も、同様に魔族。彼らは人間のマイナスエネルギーを糧とし、毎回様々な方法で人々を絶望させてマイナスエネルギーを搾取しようと画策している。

 まさか、異世界にも魔族がいて、人間を苦しめているなんて。

 すると、声の主である女神はおかしそうに笑う。


『あはは。……貴女の思っているモノとは少し違うかもしれませんが、まあ、人間の脅威であることには変わりないでしょう』


 女神は「そこで」と前置きを置いてから本題を口にする。


『貴女には私の管理する世界を救済してほしいのです。貴女のような正義を愛し、悪を忌む魂の持ち主ならば、きっと成し遂げられるでしょう』


 世界を、救済?

 それは一体どういうことだろうか。私は魔法少女好きというだけの普通の女の子で、とてもじゃないが人間の脅威である魔族と戦う力なんてあるはずもない。


『心配はいりません。私が貴女にそのための力を授けますから』


 ……ん? 女神が、私に、力を授ける?

 つかぬことをお尋ねしますが、もしかしなくてもマスコット的なものも変身アイテムをくれたりします?


『あら、よくご存知で。マスコット――というよりはガイド役ですが。ええ、私の趣味・・・・ですが、俗に言う変身アイテムというのを渡しますよ』


 こ、この流れは、まさしく魔法少女ジャスティ☆ファイの第一話。主人公達が正義の女神様から魔法少女の力を得るのと同じ!

 え、まさか私、異世界で憧れの魔法少女になれちゃうわけですか?!


私の趣味・・・・ですけどね』


 何か含みのある言い方だったが、この時の私は憧れの魔法少女になれると舞い上がり、信じて疑ってなかったのでそんな細かいことに意識が向かなかった。

 後から思い返せば、この女神様は色々と胡散臭いことだらけなのだが、それらは全て後の祭りというもの。

 さて、それはさておき、女神の中では私が彼女の世界に赴くことは既に決定事項のようで、私が舞い上がっている間に事を進めていた。


『貴女も乗り気なようですし、今から貴女を私の世界へと転生させますね』


 転生。小説とかでよく聞くフレーズだ。

 主に異世界でチート能力でイキるイメージが付随している。……あくまで個人の見解です。


『それでは、女神らしく貴女の門出を祝うとしましょう。貴女の旅路に、幸あらんことを』


 それが、私が聞いた女神の最後の言葉。もっと女神には質問すべきだったと思うが、女神は少しずつ早口気味に事を進め、私に疑問を抱かせないように、何やら慌ててるような気もする。後から思い返せば、だ。




「……で、いきなりこの状況なわけだけど」


 そう溜め息を溢しながら辺りを見渡す。

 目が覚めるとそこは一面、木、木、木、……と森の中。

 鳥のさえずりと虫の羽音が聞こえる。そして……。


〈まあ、なんとかなるってアルジ〉


 喋るブレスレットが一つ。


「うん、アルジじゃなくて烈華ね。いや、そうじゃなくて」


〈うちにとってアルジはアルジさ! さあ、とりあえずここから離れて都市部を目指そうぜ! 諦めずに行こう!〉


「まあ、そうね。うん」


 無駄にポジティブ。というより、熱血。いや、暑苦しい。

 話し相手には困らないが、ずっと聞いてるといい加減煩わしくなってくる。

 とりあえず、水分補給で目の前の湖に手をかざす。

 そこで湖に映る自分の顔。前世の自分とは似ても似つかない。イメージ的には髪をほどいた赤毛のアンのようだ。


「マスコット――いや、女神様はガイド役って言ってたわね。そして変身アイテムとも」


〈そうさ、うちは変身アイテム兼ガイド役の『ドルバース』。よろしくなアルジ!〉


「だからアルジじゃなくて烈華ね」


〈おう、分かったぜアルジ!〉


「全然分かってないし」


 なんか、思い描いていたものと違っていて溜め息が溢れる。

 目が覚めるとそこは人気ひとけのない森の中で、右手に付けられた銀色のブレスレットは流暢に喋りだす始末。

 ドルバースの指示に従って歩けども歩けども人里に出る気配はなく、変わらない景色が続いている。

 幸い、熊などの大型の野生動物に遭遇してないのだけが救いだけど。

 そうやって少し辟易していた時だ。


「だ、誰か助けて!!」


 助けを求める人の声が聞こえた。


「ドルバース、今の声って……」


〈おう、西の方角から人間と魔族の生体反応が一つずつ、こっちに近づいてるぜ〉


「それじゃあ、今の声は魔族に襲われてる人の……。急ぐわよ!」


〈了解したぜ。ここからの安全な回避ルートは……〉


「そうじゃなくて、助けに行くのよ!」


〈あ、そっち? アルジは働き者だなぁ〉


 呑気に笑っているブレスレットにイラッとくる。


「笑い事じゃないでしょ!?」


〈おっと、すまねえ。うちとしたことがアルジの性格を見誤ってたわ。了解だ、ガイディングするぜアルジ!〉


 ブレスレットの液晶に映る現在地とターゲットの位置関係及び目的地へ向かうまでの矢印が表示される。

 それを見ながらひたすら走る。助けを求める声が聞こえるなら、それを救うためにこの身を捧げる。

 それが私が好きな魔法少女ジャスティ☆ファイの在り方だ。

 ちょっと思い描いたスタートとは違ったが、ようやく軌道修正できる気がした。


 だからこの時の私は、正義を愛する心とは別に、魔法少女として戦えることの高揚感もあったのだと思う。



「人間。最早、これ以上は逃げられんぞ」


「そ、そんな……」


「ここはマナの薄い無人の森。貴様の声は誰にも届くはずもない」


 鬼のような醜悪の魔族が、森の奥へ女の子を追い詰め、その巨大な剣を振り上げようとしていた。

 女の子は恐怖のあまり体が震えて動けない様子だ。


「そこまでよ!」


 そこへ私の声が響き渡る。そう、これよこれ。

 この導入部分。テンプレ。


「っ、何者だっ?!」


「私は正義を為し、悪を挫く者。………それで、ドルバース。どうやって変身するの?」


 小声でドルバースに話しかけると、ドルバースは「待ってました!」と言いながら変身のプロセスを説明する。


〈変身はいたって簡単だ。アルジが『溶射』と叫んでうちを天に掲げればいい〉


「え、『溶射』? 『ジャスティスチェンジ・メイクアップ!』じゃなくて?」


〈なにそれ〉


 ジャスティ☆ファイの変身口上ですが何か。

 まあいい、細かい話は後回し。今は目の前の窮地に立たされている女の子を助けるのが先決。


「行くわよ、ドルバース!」


〈おう、アルジ!〉



「“溶射”!!」


 次の瞬間、私の体を光が包み込み、見る見る内に姿が変わっていく。

 その事に魔族と女の子も困惑する。


「な、なんだ。この光は……っ!」


「この、温かい光は、まるで女神様の……?」


 そう。今の私は異界の女神から力を授けられた戦士。

 一瞬の内に変身が完了し、私は名乗り口上をあげる。ちょっと体が重いのは気のせいだと思いたいし、なんか顔の回りも何かに覆われているのもきっと気のせい。


「この世に悪の栄えた試しなし! 正義の鉄槌をおみまいよ! まほ――」


〈異世界戦士、チャバン! アルジカッコいい!!〉


「……は?」


 ドルバースから告げられる名前、そして湖の水面に映る姿。

 私が変身したのは可愛いドレスに身を包んだ魔法少女などではなく。


「……。は?」


 全身を銀色のメタリックなスーツで覆われたどこぞの等身大のヒーローのようであった。

 そして最後に、もう一度女神様の御言葉を思い出す。


――『私の趣味ですけどね』――


 あの女神様、どうやら特オタだったようです。

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