第3章 第六天魔幼女、撃退す 5

 ロゼリアは、一族を集めて跡目披露の宴を催す、と言った。


 跡目相続の宴。要するに、ロマネスコ本家は自分が継いだから、おまえたちはこれまで同様、忠節を尽くせよ? と念押しするための宴だ。


「儂に対して不平不満を抱いている分家や与力衆は、なんだかんだと理由をつけて欠席するだろう。あとは其奴らを追い詰めるなり焚きつけるなりして、儂に敵対するように仕向ければ、手っ取り早く取り除くことができよう」


 ロゼリアの企てに、宿老たちは唖然としてしまった。


(十に満たぬ小娘の考えることではないぞ?)

(ルクルセギア様でも、そこまではやらなかった)

(行く末が恐ろしいとは、まさにこのことか)


 実態は「行く末が恐ろしい」のではなく、「今のロゼリアが十分に恐ろしい」のだが、ロゼリアの中身を知らない彼らは、彼女の企みに驚愕し、恐怖した。


 レンドヴェリは、かつてルクルセギアの後見人とまで称されたほどで、転んでもただでは起きない強かな男だった。最近ではルクルセギアの膨張主義に嫌気が差して疎遠になっていたが、ずっとロマネスコ一族のナンバーツーは自分であると自負していたのだ。なのに、なんの相談もなくロゼリアが跡を襲ったことに対して、レンドヴェリは不満を抱いていた。


 以前、ロマネスコ家とマッシモ家が激しくやり合っているときに双方の仲介役に立ったこともあるほどで、彼はルクルセギアの強硬路線とは一線を画していたのだ。だからこそマッシモ家の調略の手が伸びたのかもしれない。あるいは彼の方からマッシモ家に接近したのかもしれない。真相は不明だが、ロゼリアの睨んだとおり、レンドヴェリはやまい病と称して跡目披露の宴に出席しなかった。それどころか、盛んに戦の支度をしているという情報まで上がってきた。


「疑う余地はない。レンドヴェリはマッシモ家と通じて儂に反旗を翻そうとしておる」


 宴の後、本家の主立った家臣を集めたロゼリアは、そう断じた。


「直ちにレンドヴェリに使者を送り、儂のところへ顔を出すように伝えろ。三日以内に現れなければ、ロマネスコの一族から追放すると言え」


「そんな性急な」


「いきなり喧嘩腰で迫れば、相手が開き直りますぞ」


「ここは慎重に行動したほうがいいのではありませんか」


 宿老たちは諫めたが、ロゼリアは愉快そうに笑って答えた。


「それでいいのよ」


「あ……はい?」


「レンドヴェリがどうするか迷っているのなら、その背中を押してやるのだ。マッシモ家に付くように、な」


 凄みのある笑いを浮かべたロゼリアにそう言われてしまえば、宿老衆であっても何も言えない。


(宿老様たちは、ルクルセギア様のときよりもご当主様の言うことをよくお聞きになりますね)


 いつもの白と黒を基調にした侍女服を身に纏ってロゼリアの背後に控えているアルルビアンヌは、素知らぬ顔でそんなことを考えていた。


「レンドヴェリは追放、奴の領地は没収する。没収した土地は、手柄を立てた者に分け与えるとしよう」


 というロゼリアの言葉に、宿老衆は敏感に反応した。ロゼリアを見る目があからさまに輝いている。それに気づいたアルルビアンヌは思わず内心で苦笑を漏らしてしまう。


(そして以前よりわかりやすい)


 続けてアルルビアンヌは、やれやれとばかりに内心で首を振り、内心でため息を漏らした。もちろん顔や身体は微動だにさせていない。


(まぁ、わかりやすいほうがロゼリア様もやりやすいでありましょう。といいますか、わかりやすい反応を見せるようにロゼリア様がお上手に操っていらっしゃると言うべきでしょうか)


「レンドヴェリは戦の準備を進めているそうだから、圧力をかければ、兵を挙げるやもしれん。おぬしらも急ぎ戦支度を進めておけ」


「承知してございます」


「さて、レイゼデルよ、他に気になる家、あるいは気になる者はおったか?」


 ロゼリアが抜擢した若手の家臣レイゼデルは、今ではロゼリア直属の情報収集部隊長として、各方面から様々な情報を集めていた。


「は。今のところ他に問題がありそうな家、または人は見当たりません」


「そうか。では次に国王府の方だが、そちらはどうなっておる、ナイアゴルド?」


 宿老衆の中でも筆頭格のナイアゴルドが、ロゼリアに一礼した後に答えた。


「送った使者はまだ戻ってきておりません。以前も、お目見えが叶うのに時間を要しておりました故、いつものことではありますが」


「経済力も軍事力も失って久しいのに、見栄と体面だけはまだお持ちのようだな」


 ロゼリアは皮肉を言うと、宿老たちから同意だとばかりに頷いた。


「そちらは放っておいても問題ないかと思います。使者が何を報告しても、国王様は、よきに計らえ、くらいしか仰りませんので」


 などと、ナイアゴルドもロゼリアに負けないくらいきつい皮肉を言った。



 7


 ロマネスコ本家からの圧力に耐えかねたのか、それとも時期が来たと判断したのか、ついにレンドヴェリはロゼリアに反旗を翻した。

 彼の言い分によれば、


「これはロマネスコ本家への反逆ではない。この地方と一族に混乱と無秩序をもたらす無知なる子供を政治の場から取り除くための義戦である」

 のだそうだ。

 続けてレンドヴェリは、


「この地と一族に平穏を取り戻すため、我はマッシモ家の当主と手を組むことにした。ロマネスコ家とマッシモ家が手を結べば、この地には末永き平和と繁栄がもたらされるだろう」


 という宣言を発し、賛同者を募る使者を各地の有力者に送り始めた。


 レンドヴェリの使者は行く先々で、子供のロゼリアに率いられたままでは近いうちにロマネスコ一族は滅んでしまうだろう、と熱心に説いたという。

 それを知ったロゼリアは、鼻で嗤った。


「御託はいいわ。これでこちらも奴を取り除く大義名分が立ったというものだ」


「しかし、レンドヴェリがマッシモ家と手を組んだとなりますと、マッシモから援軍が送られてくることでしょう。我が方は、まだ先般の戦の傷が癒えておりません。大丈夫でしょうか」


 スメルツォは少し不安そうな顔でそう尋ねたが。


「問題ない。マッシモ家が援軍を送って寄越す前に片を付ける」


「……はい?」


「明日の早朝、レンドヴェリの本拠に向けて出撃する」


「えぇええぇぇ!?」


「そのためにおぬしらには準備をさせていたのではないか。まさか戦支度に手を抜いていたのではないだろうな?」


「あ、いえ、そんなことは……」


「かまわん。準備ができていない者は置いていく。レンドヴェリの領地は出撃した者で分ければよいだけの話よ」


「たっ、ただちに早朝の出撃に備えて準備を調えます!」


 宿老しゅくろうだけでなく、評定に顔を出していた若手の家臣たちも、はじかれたように椅子から立ち上がった。

 8


 予め戦支度を進めていたこともあり、出撃準備はその日のうちに調った。とはいえ、調ったのはロマネスコ本家の軍勢だけで、周辺の小領主たちの兵は集まっていない。 だから兵数は一千だけだったが、ロゼリアは小領主たちを待って兵を増やすことより、早さを重視した。


 大々的に兵を集めれば、レンドヴェリ側に時間的な余裕を与えることになる。マッシモ家に援軍を要請されるだろうし、その援軍が間に合ってしまうだろう。ロゼリアは、それを嫌ったのだ。レンドヴェリが単体で動かせる兵は五百程度だから、一千で急襲すれば抵抗はできない、というのが彼女の読みだ。


 ところが、ここでロゼリアの読みになかった事態が発生した。近隣のヴァルセディ家に嫁いでいるルクルセギアの姉――ロゼリアの伯母――リンダレイ・ヴァルセディまでもが何やら不穏な動きを見せているという情報がもたらされたのだ。この情報は本家に詰めていた幹部連を大いに驚かせた。動揺したと言ってもいいほどだった。


 ヴァルセディ家の家長はリンダレイの夫だが、実際にヴァルセディ家を切り盛りしているのは彼女の方だった。そんな実力者のリンダレイだが、弟のルクルセギアとは以前から仲がよかったし、嫁いだ後も姉弟仲は良好のままで、ヴァルセディ家はロマネスコ一族に準ずる扱いを受けてきた。


 嫁ぐ前はロマネスコ本家を継ぐのはリンダレイだという話もあったほどだが、リンダレイは本家を継ぐことをせず、さっさと家を出てヴァルセディ家に嫁入りしてしまった。政治より自分の恋を優先させたのは如何にもリンダレイ様らしいという評判だったが、ルクルセギア様の才覚をよく知っていたリンダレイ様が敢えて身を引いたのだと噂する者もいた。いずれにせよ事の真相は本人しか知らないわけだが、それでもルクルセギアと共に先々代――ロゼリアの祖父――を助けてロマネスコ一族の運営にも関わっていた人物だけに、宿将や古株の家臣にはリンダレイの世話になった者が何人もいた。だから彼らは驚き、動揺したのだ。


 しかしロゼリアは、きっぱりと言い切った。


「変更はない。明朝、予定どおり出撃し、レンドヴェリの館を急襲する。奴は抵抗することなく逃げていくであろう。おそらく行き先はマッシモ家だろうが、マッシモがレンドヴェリを匿うなら、それで奴らを攻める名分が立つ」


 このロゼリアの判断は少しばかり短兵急だったと言えるかもしれないが、レンドヴェリに時間的な余裕を与えたくないという判断は間違っていなかったとも言える。


 とはいえ、信長が尾張でしてきたように、しばらくはここでも一族内で血生臭い争いが繰り広げられそうな雲行きではあった。

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幼女信長の異世界統一 舞阪 洸/ファミ通文庫 @famitsu

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