第59話 エピローグ




 

 同日酉の刻。

 志乃と山吹大夫と猿の三吉の一行は、松本の犀川畔に着いた。


「小父さん小母さん。ただいまもどりました」小屋の入口で声を掛けると「本当に志乃さんかい。幻じゃないね、本物だね」「おお、おお。よう帰った、よう帰って来てくれた」わずかな間にまた少し縮んだ伊作と末が、競うように転げ出て来た。


「こちらはお婿さんの山吹大夫さまと、猿の三吉さんですよ」

 志乃が紹介すると、老夫婦は揃って顔をとろけさせた。


「娘ばかりか婿さんや猿どんまで一緒とは、まるで狐狸に化かされたようじゃ」

「お爺さん、わたしらあんまり幸せで、お天道さまの罰が当たりはすまいねぇ」


 元三ツ者の達人同士とは思えない無防備なようすで、くしゃくしゃに相好を崩す老夫婦に「おっかさんの代わりに孝養を尽くそう」志乃はあらためて心に誓った。


 その夜遅くまで、不思議な由縁で結ばれた2組の老若男女と猿の三吉の楽しげな笑い声が、奈良井川と梓川が犀川に収斂しゅうれんする合流点付近まで聞こえていた。

 


 翌朝、さっそく山吹大夫は山葵田わさびだに入り、老夫婦から栽培法を教わった。


 東に王ヶ鼻、西に飛騨山脈を配する明媚な景色がすこぶる気に入ったようすで、「日ノ本広しといえど、かように天晴れな絶景には出会った記憶がございませぬ。いえ、秋津洲あきつしまの端から端まで隈なく歩きまわった拙者が申すのですからまちがいはございませぬ」ドンと太鼓判を押して、当地に骨を埋める老夫婦を喜ばせている。


 村の子ども衆ともすぐ仲良くなり、


 ――猿楽のあんちゃんと猿の三吉つぁん。


 として、たちまち人気者になった。               【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

出奔の顛末――石川教正と徳川家康の因縁 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ